第十一話 入学試験 前編
仮宿舎で一晩を過ごした俺は翌朝、試験会場である教室棟へと向かった。
「プラティエ・ノルンさんですね!教室は二年G組です!」
受付で願書の控えを見せると、教室へ案内される。
ここは魔術学院であるものの、現代の魔術は科学的な理論を魔術で処理するような過程が含まれているため、いわゆる児童書やゲームで見るような、「ザ・異世界の魔法学校」といったような見た目ではなく、むしろ日本の都市にそびえ立つビルのようであった。
俺が席に着くと、まさにその機会をうかがっていたかのように、美少女がストンと、右隣の席に座った。
「よう!アンタも魔術師を目指してるのかい?」
「え?あっ、はい」
突然話しかけられて、俺は動揺してしまった。
クルピアちゃんとは違う、ボーイッシュな風貌。
ウルフカットの茶髪に、薄い褐色の肌。
冬だというのに随分と薄着であり、肩や腿の肌を露出している、クラスに一人はいる子供といった具合である。
何ヶ所か、肌が露出している部分に傷跡が見られるが、それは名誉の負傷だろうか。
いかにも戦士の卵といった風貌だが、この娘も魔術師になろうとしているとは。
魔術師も様々ということだろうか。
「そうかいそうかい!アタシもそうさ!お互い頑張ろうな!」
「ハイ、そうすね」
「なんだい、緊張してんのかい?目を見りゃ判るぜ。アンタ、相当な腕前だろ!」
「いやぁ、何だかんだ苦手じゃなくなりましたけど……ちょっとワケアリなんですよ」
「ほほーう?ワケアリ、ねぇ」
目の前にいるボーイッシュな少女は、右手の人差し指を自らの顎へ持って来て、少しオーバーに反応した。
「実技試験のタイミングで見れると思います」
「へぇ。楽しみにしとくよ。……ま、これから筆記試験する時は隣なんだからさ!敬語、取ってくれよ!」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「おうおう!そうじゃなくっちゃなぁ!……ああ、名乗りがまだだったね!アタシの名前は『ベルリナ・ミカゴ』!戦魔術師を目指す女さ!」
ベルリナは少し膨れた胸をポンと叩く。
可愛い。
クルピアちゃんとはまた違った方向性ではあるが、間違いなく美少女である。
「俺は『プラティエ・ノルン』って言うんだ。よろしく」
それから、俺とベルリナちゃんは少し話をして、試験に臨んだ。
彼女に気を取られていたが、もう片方、左隣には、目すら合わせようとしない、何かイライラとしたように歯を食いしばる少年がおり、彼もまた、同じ土俵で、筆を手に戦いを開始する。
筆記試験については、楽勝の一言であった。
幼少期に本を読んで学んでいた内容が大半、それ以外もクルピアちゃんから教わったもので事足りない、なんてことは無かった。
魔術は魔力を消費して干渉力を用いることによって使うものであるとか、戦闘特化の魔術師を戦魔術師と呼ぶであるとか、答えはそんなものである。
また一般教養として、小学生レベルにしても簡単な国語算数理科社会も出題された。
しかし、教育レベルが高いとされる日本で大学生を、肉体の死亡によって中退するまで経験し、再びこの世界の小学校を経験した俺にとって、休憩時間に勉強する意味も無く、本当に休憩時間となってしまう程度には、生ヌルいものだ。
唯一分からなかったのは、否、上手く答えようが無かったのは、現代魔杖の詳しい使い方くらいだろうか。
……国家試験にみられるという「禁忌肢」とやらが、この試験に、せめて魔術の科目には無いことを祈るとしよう。
「ハイ、そこまでね!答案を回収しますよ!」
声が妙に高い中年男性魔術師が、右手を挙げて静止する。
左隣の少年は、つい数時間前まで歯ぎしりを堪えていたような顔が嘘のように、腕を組んで一安心といった様子。
そして右の少女、ベルリナはというと。
「あああああマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたぁぁぁぁ……」
両手で頭を抱え、ガタガタと小刻みに震えているのであった。
「だ、大丈夫……?」
「ヒッ……。や、やめてくれ、アタシを見るなぁ……」
「あ、えと……ごめん」
「ひぃぃぃ……ぁぁぁぁ……」
慌てて何も答えが出てこなくなってしまったのか、はたまた単純に成績が残念なのか、或いはここまで追い詰められる事情があるのか……。
とにかく、異常なまでに口角と眉が下がった彼女は、つい数時間前まで元気な顔で喋っていたことが嘘のようであった。
数時間の試験で、ここまで人は変わるものだと、俺は高校受験ぶりに実感する。
筆記試験の結果は、一時間後に発表される。
マークシートと記述による二段構えの問題を数時間かけて蹴散らしたか、或いはそれに蹴飛ばされたかの受験生とは対照的に、魔術による擬似的な採点者、つまりは魔術版の人工知能により、全員の回答は、当然ながら発表までに費やす一時間よりも早く済んでしまうのだ。
わざわざ日を跨ぐ必要が無い便利なシステムだと片付けてしまえば、所詮は人工知能の価値などその程度なのだろう。
しかし、数多の受験生から「合否を待つ時間を奪った」と考えれば、それはまさに、希望と絶望を奪う怪物ではなかろうか。
そして特に待たされたつもりも無く、筆記試験よりも懸念点を抱えている実技試験に備えて、後半戦からは空腹アウト縁起インとするべく、カツ丼を胃袋へ投入するのであった。
ベルリナちゃんもご飯に誘いはしたが、心ここに在らずといった様子であり、流石にそんな状態の彼女を食堂へ引っ張ってくることはできない。
ましてや、イェスロリータノータッチな俺は、震えるベルリナちゃんに、触ることさえ出来ず、しかしそのまま食堂へ行くのも後味が悪かったためら空腹を紛らわせようと用意していたエナジーバーを机に置くことにしたのであった。
少なくない受験生には「既に手遅れである」として見捨てられたのか、学食でハーフタイムを持て余していたカツ丼は、久しぶりに食べる日本の味がする。
やけに日本と近しい文化を持っていることが偶然でないのだとすれば、俺以外にも、この世界にやって来た日本人が存在していたのだろうか。
そうなのであれば、この世界にカツ丼の存在を植え付けてくれたことには感謝しなければならないだろう。
そして、俺の中で「空腹」と「縁起」の選手交代が済んだ時には、筆記試験の結果発表時間は、残り三分にまで迫っていた。
それからの三分は、インスタントラーメンを作っている時よりも長く感じない内に過ぎ去ってしまう。
教室棟を囲うように貼り出された紙の中に、俺の受験番号を見つけるまで、そう長くはかからなかった。
「……あった」
現代魔杖関連の問題は少し不安だったが、それ以外の成績でカバーできたのだろう。
ひとまず、ファーストステージはクリアである。
そして隣には、青ざめてガタガタと震えるベルリナちゃん。
「あっ、た。あった、あった……?本当、に……あったのか、アタシ、大丈夫だったのか……!?」
彼女はかなり不安がっていたが、ベルリナちゃんの受験番号もしっかりと載っていた。
「おめでとう、お互いに」
「そう、だな……そうだな!安心したぜー……。これで二人とも、実技試験に進出ってことだな!一緒に頑張ろう、な!プラティエ!」
間違いが無いことを確認した彼女は、実感が湧かないのか、まさに上の空といった表情であったが、徐々に元気なベルリナちゃんへ戻り、右側から俺に肩を組んできた。
妙な真似はやめて頂きたい。
刺激が強過ぎる。
クルピアちゃんも大概だが、ベルリナちゃんも相当だ。
これを無邪気にやっているのだとすれば、明るく元気な雰囲気とは裏腹に、その実態は魔性の女も良いところである。
俺は必死にベルリナちゃんの温かい手と肩から意識を逸らし、実技試験の会場へ、半ばベルリナちゃんを引っ張っていくように向かうのだった。




