第十話 時は流れて
大騒ぎだった最初の訓練は、何とか終わりを告げる。
それから俺は、箒に乗って定期的にやってくるクルピアちゃんと、お泊まり会を楽しみながら、魔術の訓練や勉強を続けていた。
楽しい時が過ぎるのは早いものである。
俺は義務学校、日本でいうところの小学校へ通い始めても、学校が休みにあたる土曜日の夜から日曜日の夕方までに当たる時にはクルピアちゃんの家へ行き続けていたのだ。
その甲斐あってか、合計で六年半くらい続けたことになるのだろうか、魔術を習い続け、気付いた時には、独学で学んだ三つの他にも、更に三つの魔術を覚えていた。
その三つとは、「強化」、「音」、「光」である。
一つ目の「強化」は、自分を含む触れているものの素粒子に魔力を纏わせて強化する魔術である。
応用は比較的利かないが、纏わせる魔力の性質を変えることで身体能力を増したり、表面を硬くしたりなど、使い勝手は悪くない。
二つ目の「音」は、魔力を用いて特定の音を出したり、逆に特定の音を消したりできる魔術である。
原理としては音を出すことも消すことも同じであり、魔力を用いて極めて小さな爆発を起こすことで空気の流れを変え、特定の音を出したり、あるいは音を相殺したりする仕組みらしい。
これを極めた者は、数百メートルもの距離における音を自在に操るらしいが……俺はせいぜい五十メートルにも満たない程度であり、出すことができる音も、何種類かの「足音」がせいぜいだ。
そして三つ目の「光」は、魔力を用いて光を出すことができる魔術である。
メカニズムとしては、魔力を光エネルギーとやらに変換するだけの簡単なものであり、ほとんど魔力そのものが持つ「不思議パワー」だけで成り立っている魔術であろうと、クルピアちゃんは言っていた。
これらは勿論、正規の魔術師としても有用なものではあるが、特に暗殺者として食べていくにはマストな魔術であり、クルピアちゃんもよく使うのだそうである。
真理を目指している以上、辿り着くところを間違えれば、クルピアちゃんのように、すなわち暗殺者である「闇魔術師」として生きていくことになるリスクがある。
ちょっとしたケンカから、最悪の事態に至るまで、様々なピンチに備えて一通り教えてくれたのだそうだ。
勿論、独学で覚えていた「炎」、「水」、「浮遊」についても鍛えてもらい、今では自らの干渉力を持て余すことなく、自由自在に操ることができるようになっていた。
そして日は、半年前に願書を出してから、待ちに待った魔術学院受験の前日へ。
「じゃあ、頑張ってなー!」
「まずは夢の第一歩を踏み出してきなさい!それと行く前に、クルピア先生にお礼を忘れずにね!」
十二歳になっていた俺は、夕日が沈む中、玄関扉から見送る両親へ手を振り返し、クルピアちゃんの家へ向かった。
「クルピアちゃん!ご挨拶に来ました」
「……むぅ、いよいよかの、忌まわしき学院へ行くのじゃろ」
玄関扉をノックすると、ボサボサになった髪を左手でかき上げながら、右手で目を擦っているクルピアちゃんが現れる。
「忌まわしきって……ま、クルピアちゃんにとってはそうですよねー。ごめんなさい、心配かけちゃって」
魔術界の中枢を担っているのは、何を隠そう俺がこれから受験しようとしている「パルグレフ魔術学院」。
最も規模が大きく、最も学者と学生の数が多く、そして最も真理に近づいた者が多い魔術の研究組織である。
「構わん。……妾も師匠として同行できれば良かったのじゃがな。見つかったら其方の受験資格が無くなるやもしれぬ」
「デスヨネー。でも大丈夫ですよ。俺、クルピアちゃんからいろいろ教えてもらいましたから。自分の弟子と、教える腕を信じてください」
「そうさせてもらうかのう。……どれ、折角顔を出してくれたんじゃ。餞別をくれてやるとしようかの」
クルピアちゃんは家の中へ戻ると、おもむろにガサゴソとタンスを漁り始め、玄関の前に立ち尽くす俺の手元に、キラリと輝く腕輪を投げてきた。
「何ですか、腕輪?」
「うむ。其方、現代魔杖どころか魔導具すら上手く使えておらんじゃろ?」
「そうですね。今装着してる指輪も、ほぼただの指輪ですし」
「そうじゃろう。じゃから、作ってやったのじゃ。其方でも使える、ピッタリの触媒をのぅ」
「え!?作ったんですか!?俺のために!?てか作れるんですか!?」
「勿論じゃ。六年以上も魔術を教えていたのじゃからな。どんな素材で、どんな構造のものが良いかを考えて、一から作った特別製じゃぞ」
「わぁ……!」
「苦労したんじゃからな、魔導具音痴に合わせた触媒を作るのは。おそらくじゃが、其方に合う触媒はその素材の、その形をしたものだけじゃ。大事にするんじゃぞ」
「ありがとうございます!クルピアちゃんお手製の触媒なんて……!受験で早速使ってきます!」
素材は銀に……スピネラをはじめとした、魔術に絡む宝石を絶妙なバランスで埋め込んでいるのだろうか。
早速着けてみると、今までの指輪を使っていた時のことが嘘のように、魔力が全身を循環する感覚を覚えた。
「うむうむ、喜んでもらえて嬉しいのう。どれ、試しに何か使うてみぃ」
「勿論です!」
俺は腕輪に魔力を込め、呪文を唱え始める。
「炎よ、不死鳥の姿を以て敵を葬り去れ!【火の鳥】!」
今までのぎこちない魔術はどこへやら。
初心者向けの指輪を使っていた時と比べて数倍の威力を持つであろう、鳥の形をした炎は、クルピアちゃんの家を綺麗に避け、その奥にあった小さな丘を吹き飛ばしてしまった。
「おお……これは……想定外じゃ……」
「す、すげぇー!!!これが、俺の力!?」
触媒で人はここまで変わるのかと、引き出された自分の力に驚きつつも、俺は今までの成果を実感する。
「そうじゃ。妾もここまでとは思っとらんかったが、相性の良い魔導具が引くほど少なすぎる其方でも、満足に使えるものができたようで良かったわい。……って」
「な、何ですか?」
「これは……魔導具音痴で誤魔化されとったが、妾は其方を鍛え過ぎてしまったのかもしれんのう」
「はい!?」
「うむ、やり過ぎじゃ。こんなの、学生どころか大人でも使える魔術師は限られる程じゃ。学院では加減せい、裏に妾という師がいることがバレてしまいかねん」
どうやら皆が皆、週一回の個別指導を六年も続ければ、この規模にあたる魔術を使えるものではないらしい。
「えーっと……。と、とにかく、今まで、お世話になりました!学院では上手いことやります!」
「う、うむ!頑張るんじゃぞー!?たまに顔見せるなり便りを寄越すなり、待っておるからのう!」
「はーい!」
「妾が、また他人の心配をすることになろうとはのぅ。……良いことを考えたのじゃ」
夜。
俺は魔箒に乗り、飛行と「光」の基本形を使って、擬似的なフロントライト付きのバイクを再現する。
国土の東端にあたるマルデア島から、中央にあたる学都パルグレフ、そしてそのまた中央付近に構えるパルグレフ魔術学院までは、全速力で飛ばし続けても四時間はかかる。
長い道のりにはなるが、魔箒があれば、しっかりと朝まで睡眠時間を確保できるだろう。
幸い、学院には受験者のために用意された仮の宿舎があるのだそうで、宿を急いで探す必要も無い。
六年前に母からもらった現代魔杖で魔術を使わず、ただの通信機として使っている俺だが、勿論、魔力ネットワーク上におけるサイトでの予約もチンプンカンプンである。
そんな俺からしてみれば、宿が学院で用意されているのは非常にありがたい話である。
わざわざ地図を買って右往左往する必要も、何十分もかけて予約サイトを探す必要も無いのだから。
前世とは打って変わって、生きにくい情報社会である。
俺は魔導具音痴なせいではあるのだが、これは少なくとも現世においては生来のものだと諦めるほか無いだろう。
スマートフォンを持っているのに、連絡手段以外の使い方をしていないような、そもそもできないような、そんな気分である。
俺は言いようのない文明への怒りを乗せた魔力を、クルピアちゃんの腕輪経由で魔箒へ回し、そして日付が変わる前に、パルグレフ魔術学院へと到着するのであった。




