雨天決行
はじめまして、音広 真央(17)です。
初投稿です。
お手柔らかにお願いします。
キーンコーンカーンコーン……。
気がつくと、6限の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。だが依然として社会科担当の雨宮先生はチョークの音を響かせる。
なんてマイペースな……
いつものように授業をしれっと4、5分は延ばすつもりなんだろう。
「(いや……しれっと、なのか?)」
だがそれも珍しいことではない。悔しいことに他のクラスメイトは雨宮先生に適応してしまった。
その度に僕は、休み時間を返して……と思うのだが、このクラスには果たして同志はいるだろうか……?
「起立!」
ぼーっとしてたら授業が終わりを迎えていた。号令係のやけにでかい声に僕はびびった。
「これで6時間目の授業を終わります!礼!」
そして、やけに嬉しそうな声だ。
「ありがとうございましたー」
「……がとーざいあしたー」
僕はやる気のない礼をした。
授業終了と同時に教室内の体感温度が上がった。
騒がしくなった2年3組の面々は喜怒哀楽そのものを体現する。
部活がなくなって喜ぶサッカー部員。
室内練習への変更に怒るテニス部員。
傘を忘れて哀しそうな後ろの席の女子。
外の惨状を見て楽しそうな窓際の男子。
何がそんなに生徒を動かしたのか。
それは、ゲリラ豪雨だった。
僕はどうだろうか。
「(楽しそーだなー)」
いつも通り、平常運転、傍観者だった。
なぜなら、帰宅部だからだ。
どんな鬼門だろうと終点はただ一つ。帰るところだ。
ついでに言うと、折りたたみ傘は学生鞄に常備している。
「……想定内、ですとも」
ゲリラ豪雨如きで動かされる僕ではないのだから。
「えー、これから帰りの会を始めます……」
日直の声で一瞬にしてクラスは静まりかえる。
色々荒れがちな中学2年生にしては、こういうやけに素直なところがこのクラスの良いところである。だから、僕はこのクラスが好きだ。
でも……だからこそ気になる。
果たして僕はクラスに馴染めてるだろうか。部活も委員会もやらず、少し多く給食を食べて、そこそこに授業を受ける……特別仲の深い友人もいる訳ではなく、特にクラスでも目立たない……そんな些細かもしれないことでただ一人、悩んでしまう。
……でも……まあ、誰も何も言わないし、誰も気にしてなければいいんじゃないか?
むしろそっちの方が気楽かもしれない。
「葛西先生のお話。先生、お願いします」
希望も絶望もないことを考えていると、既に帰りの会は終わりに差し掛かっていた。先生のお話だ。
担任、葛西先生はとにかく言葉の一つずつが優しい。これが巡り巡ってクラスの素直さに繋がっているのだろうか?
「……はい、じゃあ皆さん雨なので、体に気をつけて帰ってくださいねー。あっあと慌てて滑ってケガとかしないように……」
「はーい」
担任が話の終わりに注意を促すと、クラス全員が律儀に返事をする。
「さようなら」
帰りの挨拶をしてまもなく、一目散に教室を飛び出す生徒、落ち込みながらスポーツバッグを持ち上げる生徒、呼び出しを受けて葛西先生と話す男子生徒、のろのろと歩き出しながら話している女子3人組……と一瞬にして解散していった。
予報にもない豪雨だったのか、雨具を着る生徒は少ない。その中から、
「ゲリラ豪雨とか誰がわかんねん……」
と聞こえた。
部活がなくなったらしい隣の席の晴人に
「傘なぁぁい!その傘くれ!」
と声をかけられた。
……あげなかった。
晴人は希望と哀愁が入り交じった変な顔で帰っていった。面白いやつだ。
帰宅部の僕はすることがないので、そのまま帰ることにした。教室を出る際に、葛西先生と目が合った。
「あっ」
「ん、南雲くん。折りたたみ傘あるんだ、偉いぞー。じゃ、雨気をつけて。さよーならー」
「はい……さようなら」
簡潔ながら優しいお言葉に自然と嬉しい気持ちになる。良い担任の先生をもったものだ。そう感じるままに僕は教室を後にした。
昇降口を雨の匂いに釣られるように外に出た後、すでに雨は弱まっていた。思ったより弱い。杞憂だったか。
無意識に飛び出したせいで少し濡れてしまい、遅れて折りたたみ傘を広げる。
……さすがに濡れたくはない。
だが外通路は靴底が沈むほどには深く大きな水溜まりができていた。少なくともこれを通らずして校門を出ることは出来ないだろう。
僕はスニーカーのままだったが、構わず校門に向かい歩き出した。靴下まで濡らす覚悟などとうにしている。
だがその覚悟も潰えてしまった。足元はすでに泥だらけで、スニーカーの中まで侵攻している。これは洗うのに手間取るだろうな……
僕の覚悟はこんなあっさりと書き換えられる、その程度のものだった。
ふと水溜まりに映った自分の顔を見る。
なんか浮かない、そんな顔をしていた。
同時に、何故かさっき考えていたことが履歴のように流れ込む。
そして今度は絶望に近いことで悩んでしまう。
……まともな役職にもつかず、目立った成績も出せず、その癖給食はたくさん食べる。そんな、なんで何も無い僕にも葛西先生は親身に接してくれるのか。何か裏があるのだろうか?
「僕はここに本当にいていいのか?」
そんなことを、背中を雨に濡らしながら考える。
また水溜まりの顔を覗き込むと、さっきの沈んだ顔のままだった。
だが、水溜まりの顔に傘から零れた雨の雫が落ちて波紋ができそれが揺られると、どういうわけか昔やっていたゲーム機で遊んだことを思い出す。
幼稚園児のときゲーム機で撮った真顔の自撮りをエフェクトを使って表情を作って遊んでいた。それを友達に見せて楽しんでいた。あれは本当に楽しかった。
今の顔でやったらどうなるだろうか。
絶対変な顔になるだろうな……そんなことを考えながら、自然とニヤける。
「んっふっふ……」
そのまま水溜まりに映った顔と目が合うと、ついに声をあげて笑ってしまった。
「久々にDSやるかー」
さっき考えてたことは意識から消え去った。しまい込んであるDS──ゲーム機を掘り出すことを決めた。今はそれで頭がいっぱいになっている。
水溜まりの顔は幸せそうだった。顔に親指を立ててキメ顔をすると吹き出した。
それを見ていた1年生に笑われた。
とうとう僕は吹っ切れた。
悩みとか、濡れた靴とかどうでもいい。
雨も全然気にしていない。
むしろ、雨のおかげで新しい目的ができたので感謝している。
笑われてもいい。
むしろ、僕の笑いで人を笑わせられるのなら本望だ。
昔、友達に顔歪み写真を見せた時のように。
僕は百面相で、滑稽で、でも希望があふれてきた。
「雨にも負けずってか……」
折りたたみ傘の雫を払い鞄にしまう。
気分が高揚して駆け足になる。
きっと帰るところに着くまで、止まらない。
────たとえこの先に、
どんな雨が待っていても────
僕の帰宅部活動は……
「雨天決行だ」
初投稿でした。
お時間くださってありがとうございました。
皆さんはお家は好きですか?
私はそうでもないかもです。
ちなみに私自身も帰宅部です。