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青春だった高2

 姉が合格して、すぐにコロナ禍になった。合格が遅く、慌てて新居を探したので、新築で大学近くだがリビングは四畳しかなかった。引っ越したいとずっと言っていた姉だが、結局卒業するまでその部屋にいることになる。姉の新居探しが私にとって久しぶりの家族旅行だった。ホテルで姉と気兼ねなくお喋りして、初めての地域を散策した。とても楽しい時間だった。

姉の入学は一カ月程遅れ、私も学校がずっと休みだったので、実家で一緒に過ごした。毎日が幸せだった。勉強もせず、Swichを持っていなかった私達は埃を被ったwiiを引っ張り出したり、流行っていたHand Clapを踊ったりした。母が病気になる前に戻ったように童心に帰れた日々だった。

5月から学校が始まり、生徒会の図書委員長だった私はずっと計画していた図書室改革をコロナ禍が明けたら行おうと考えた。

学校の図書室はほぼ自習室として使われており、いつも人気が無かった。私はそんな秘密基地のような図書室が好きだったが、もっと活気立たせたい!という謎の熱意で図書委員長になった。

意気込んで、学校初日に副委員長と図書室に向かうと、あんなに沢山本があった部屋はもぬけの殻だった。驚いて職員室に向かうと、先生から本は地下室に移したと言われた。コロナになりオンライン授業を優先した学校はIT化に目覚め、図書室をパソコンルームに変えてしまったのだ。図書室がない学校とは?と今でも思う。

急いで新しい図書室に向かうとそこはゴミ捨て場のようだった。分類番号はめちゃくちゃに積み上げられ、一番下の本は直で地面に置かれていた。真っ暗で2カ月放置されたその部屋は、埃まみれで、地下にあるため光も入らなかった。

それでも私達はめげずに新しい図書室を良い機会だと考えた。自分達の思いのままの図書室を作れる。だから逆に良かった。副委員長とそんな戯言を言い合っていた。しかし馬鹿な教頭は言った。地下室の天井が低すぎて、本棚が入らないからどうしようもできない。え? 

頭が真っ白になった。教頭なのにそんなことも分からずに移動させたのかと、怒りでもなく呆れてしまった。

こうして、私の好きだった図書室は無くなった。挙句の果てに、高2の終わりに元の図書室の半分を新図書室に改造することになったから、やってもらえないかと言われた。もう受験期だよ、正気か?この時はカチンと来て、教頭に話し合いの機会を設けさせた。私は柄にもなく怒った。自分の感情を出すことは小さい頃から我慢してきたので、怒り方が分からず、同時に泣いてしまった。しゃくりあげながら訴え、体が暑かった。何故、大人は自分がしでかした失敗を何も分からないと高を括って、子供に尻拭いさせるのだろう。子供は大人が思っているより見ているし、考えている。むしろ大人より透明な目で見ている。きっと両親にもどこかで思っていたことをその時思った。

図書委員が暇になったので、私は学校の演劇部に入った。母の介護は無くなったので、放課後は2日に1回夜ご飯を作るだけで良くなったからだ。演劇は姉が演っていたのを観て、漠然と憧れてたので、挑戦してみた。演じる部員は6人。少ない部員で1時間半舞台をしなければならなかった。長編は持たないだろうと考えた監督は、短編2つ、長編1つの劇をすることにした。私は意外にも演技の才能を発揮し、トリの主人公を務めることになった。演劇では生徒がピンスポや音響、脚本、演出までを考えるので、毎年振り幅が大きい。そのため、生徒の期待は高くはない。寝てしまう人もいる。

練習中に窓から乗り出した男子生徒にモノマネされるなどからかわれたが、私達は本番で見返せば良いと練習した。

演劇部は私が味わえていなかった青春を味わせてくれた。放課後に皆で集まって練習するのも私には新鮮で、今までのコンプレックスを埋めるように一分一秒が色濃かった。こんな煌めく世界があったのか。夢中になれるってこんなに面白いのか。私の人生は八年間家族に消耗されていたため、忘れていた。私の中に眠っていた私を少しだけ取り戻せた気がした。

練習はグラウンドで発声練習から始まる。サッカー部や野球部が部活している隅で私達は叫んだ。秋だったので緑が生い茂るグラウンドの隅には蚊が多く、私は汗かきだったので1人だけ数十か所噛まれた。「人間蚊取り線香」と呼ばれた。ひどいあだ名だ。今でもバスに蚊が乗ってきたら私の周りを彷徨う。そのことをとうの昔に知っている私は通学カバンに虫除けを常備している。

演劇本番、私は緊張した。震えて、声は裏返った。いつも人前で何かする時、ほぼ過呼吸だった私が全校生徒の前で失敗しないはずがないと思っていたが、自分じゃコントロールできない体に悔しさが滲んだ。しかしどれだけ緊張しても積み上げてきた練習は裏切らない。毎日父と練習したそのセリフは一切飛ぶことは無かった。映像も取り入れていた劇は本番になって急な変更も多かった。仲間も緊張していたのか、練習ではなかったミスがあった。咄嗟に台詞を変更した私はきっと別人になっていた。その役にのめり込み、誰かの人生を生きる。誰かになりきれるなら、自分のことを変えられる気がした。自分がなりたい誰かになれる気がした。

カーテンコールでは盛大な拍手を浴びた。私にスポットライトが当たる日が来るなんて。

今までの努力が報われた気がした。

授業に来る先生達は来る日も来る日も演劇について言及した。学生でやったとは思えない。演技力も構成も良かった。耳触りの良い言葉と達成感はやれば何でもできると私に新たな目標に向かわせた。医学部受験。演劇が終わったのは10月だった。もう受験生だ。何かに打ち込む情熱という灯火が私の曇った未来を照らし始めた。

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