八歳で死ぬと予言されたそうで。5
執事は自分の愚かな言動を振り返り、テネシスに視線を合わせて頭を下げた。
「お嬢様、誠に申し訳ないことをいたしました。八歳で死ぬからあなたを軽んじて良い、という私の判断は間違いでございます。如何様にも罰を受けます」
言い訳などしない。自分の非を謝るだけ。
「いいよー。ばつなんて分からないし。でも、よげんのひとがただしいのなら、あたしはっしゃいまでしなないから。なにしてもへいきだよ」
執事がきちんと謝ってくれたことを理解したように、テネシスは軽く頷き、予言者が正しいなら八歳までは死なないから何をしても平気だよ、と言う。
「いえ、さすがに屋根から落ちたら死にます」
執事はすかさず突っ込んだ。
「なんで? だって、お父しゃまもお母しゃまもお兄ちゃまもみんなも、あたしがはっしゃいでしぬって言うよげんのひとをしんじてるでちょ? しょれなら、はっしゃいまではなにをしてもぉ、しなないよね? はっしゃいじゃないもの」
心底不思議そうにテネシスは首を傾げて言う。皆が八歳で死ぬということを信じてるなら、八歳までは何をしても死なないってことになるでしょう、と。何故なら八歳ではないから。
この言葉に、ロディも執事も見習い三人衆も絶句するが、言っている意味は分かる。
予言者が予言を外したことがなく、絶対当たるのであれば、それはつまり、テネシスは八歳で死ぬのであって、それより前に死ぬようなことをしても死なないということになる。
「びょうきでも、やねからおちてもはっしゃいじゃないからしなない。よげんのひとをしんじるならそういうことでちょ?」
死ぬような病に罹ろうと屋根から落ちようと八歳じゃないから死なない。予言者の言うことを信じるならそういうことになる。
全くもってその通りである。
執事は、予言者の言葉を信じるのなら、と言う三歳の令嬢の頭の良さに感心する。きちんと本質を理解している発言。
この発想で言うのなら、予言者が予言したことは一度も外したことが無い、という証明がなされていない限り、八歳で死ぬという予言も信じられない、ということになる。
たった三歳の子が言葉に惑わされず、本質を理解している。執事はとても賢いお嬢様であることを理解する。
嘆き悲しんでばかりの奥様や仕事ばかりの旦那様にも、お嬢様の発想を聞いてもらえば、空気がギスギスとして冷たい公爵家から立ち直るかもしれない、と執事は考えた。
取り敢えずは、両親に顧みられることなく、跡取り教育を詰め込まれているだけの、不貞腐れ気分で爆発寸前の坊ちゃまの気持ちが解れるかもしれない、と執事はテネシスの好きなようにさせてみることにした。
「お嬢様、予言者を信じるのなら、お嬢様は八歳までは死にません。どうぞお好きになさいませ」
「ありがとうっ。しつじ! お兄ちゃま、あそびまちょう! かいだんからとびますよっ」
執事が、許可を出した途端、ロディに遊ぶように誘う。微笑ましい、と思うより早く、テネシスは階段から飛ぶことを諦めてない発言をする。
「お、お嬢様っ、坊ちゃまが死んでしまいます!」
執事が慌てて言えば、テネシスは「あ、そうね。そうだわ」と納得する。
「じゃあ、お兄ちゃま、なにをしますか!」
「ちょ、ちょっと待ってシス。これからお兄様はお勉強があって」
テネシスが持ち前のアグレッシブさを発揮して、ロディの顔に自分の顔を近づけて遊ぼう、と誘う。ロディは、ハッとして勉強しなくては、と口にしたが。
「じゃ、あたしもべんきょうします。お兄ちゃまといっしょです」
興奮して鼻息荒く宣言するテネシス。遊べない、と断ろうとしたら一緒に勉強するとか言い出した。勉強であって遊びでは無いのだが。というロディの気持ちをガン無視で、テネシスはロディの手をギュムっと握って、勉強、勉強と口にした。
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