八歳で死ぬと予言されたそうで。オマケ
「お兄様っ。執事、侍女、みんな、報告ですっ」
レッセルと共に帰還して早々、エントランスホールで待っていた出迎えの者たちに対して挨拶もそこそこに、テネシスは胸を張って、このワクワクを皆に報告しようと声を張り上げた。
兄のロディを含め、執事やテネシスの専属侍女などは、テネシスのこの張り切り具合に嫌な予感がしてならない。
「シス、その、良い報告かな?」
皆を代表してロディが確認する。もちろんです! と息巻いているテネシス。だがロディは思う。テネシスの良い報告は、おそらく皆とは意見が違うだろう、ということを。
執事などは既に胃痛と頭痛がしている。
そんな執事の様子など気にも止めずにテネシスはドヤ顔で宣った。
「国王陛下から王城の地下牢に一泊ご招待されましたっ!」
嫌な予感的中。
やっぱりかぁあああ!
という執事の声無き叫びをロディは聞き取った気がした。チラリと執事を見れば、虚な目をして胃を押さえている。叫ぶ気力すら最早無いようだ。テネシスの宣告を聞いた家令は、弟である執事が胃を押さえているのを後で胃薬を差し入れよう、と思いながら、自分の主に視線をやる。
父親ですよね? なぜ、こんなことになっているんですか?
という家令の無言の抗議に、レッセルは視線を逸らす。
五歳の公爵令嬢が牢屋に泊まるなんて前代未聞の出来事を止められなかったのは確かだが、ここまで予想外の子に育っているなんて思わなかったんだ、とレッセルは内心で言い訳する。
全くテネシスに関わって来なかったレッセルの自業自得である。
「シス、牢屋にお泊りなんて何をして来たの……」
尋ねるロディも最早テネシスがやらかしたこと前提である。まぁ間違ってない。
問われたテネシスは嬉々として、予言者の問題は解決したこと、事情があって全ては話せないが、国王陛下がきちんとそれを知っていること、その過程で牢屋にお泊りすることになった理由を述べた。
「うん、そっか。シス、それは不敬罪が適用されてしまったんだね……」
哀愁を帯びた顔でロディは牢屋にお泊りの理由を悟る。可愛い妹が八歳で死ぬことは無くなりそうだ、ということを喜ぶべきなのか、五歳の子が、公爵令嬢が、牢屋にお泊りすることになった事実を嘆くべきなのか、ロディは何とも言えない顔を見せた。
「うんっ、お兄様っ。そうだと思う! それでね、これからお泊まりセットを準備して、お城の地下牢に行ってお泊まりしてくるから、お泊まりセットの準備をするね!」
満面の笑みを浮かべる妹にロディは了承の返事をする以外、言葉が出てこなかった。
テネシスよ、不敬罪は罪である。罪人扱いされているのに満面の笑みで肯定はしてはいけない。
さらに言えば、牢屋はお泊り会場では無い。お泊りセットの準備を喜んで行う楽しい場所では、決して無い。
ロディの目がそれらのことを雄弁に物語っているが、もちろんそれがテネシスに届くことは無く。
煤けた表情のロディを執事が「坊ちゃま……」と慰める。気持ちは分かる、というやつである。
「侍女、お泊まりセットの準備するよ」
テネシスの専属侍女である彼女は、もうテネシスのアグレッシブさに耐性が付いた、どころか感化されているので、それはそれは楽しそうに「分かりました、お嬢様っ。気合いを入れて準備しましょう」とか言っている。
違う、そうじゃない。
誰の内心のツッコミだろう。
さておき。
斯くして、テネシスと専属侍女は嬉々として準備を始めた。
曰く。
「お嬢様、パジャマは何になさいます?」
「牢屋って石で出来てるらしいから、寒いかな」
「左様でございますね。冷えるかと存じます」
「それなら、この生地がフワフワモコモコのパジャマが良い」
「お嬢様、そちらはダメです」
「えー、なんで?」
「お兄様であらせられるロディ様が、テネシスお嬢様のために可愛いこのパジャマを、と仰いました。ロディ様のご用意してくださったパジャマを牢屋のお泊まりに使用することは良くありません。ロディ様のお気持ちを考えると、牢屋のお泊まりに使用することを前提でロディ様は選んでいないと思います。こちら、ロディ様の予算から購入されたお嬢様へのプレゼントですから。そちらでは無く、こちらのお嬢様予算で購入したパジャマが良いと思います」
「おー、なるほど。じゃあそっちにするー」
などという楽しそうな会話を、テネシスの専属侍従と専属護衛が室内の片隅で聞いている。この二人もだいぶテネシスのアグレッシブさに耐性が付いたが、侍女よりは感化されていないので、テネシスと侍女に聞こえないように会話を交わしていた。
「なぁ、ロディ坊ちゃまからのプレゼントを牢屋のお泊まりに着ないという選択は分かるけどさ」
「抑々の話、牢屋にお泊まりすることがオカシイことに気づいて欲しいよなぁ」
全くもってその通りである。
だが、彼らは元々長いものに巻かれろ精神で、主人であるテネシスのアグレッシブさに対抗する気などさらさらない。常識的な発言はしても、テネシスの暴走を止められるのなら、最初から忠告している。
暴走を止めるなど無駄なことに体力も気力も時間も割く気が無いので、彼らはそんなことをコソコソと話しながらも、結論として、まぁお嬢様が楽しいのならそれで良いということになって放置した。
彼らがそんな内緒話をしていた間に、パジャマに布団に、いつも一緒に寝るぬいぐるみを準備したテネシスは、着替えちゃえばいっか、とパジャマに着替えて公爵家の馬車に勇んで乗り込み、王城へ再び赴き、国王から命じられた国王付きの執事の案内で牢屋へ向かった。
「お嬢様、怖くありませんか」
国王から経緯を聞かされた執事ですら、そんな幼い子が牢屋なんて……と思った。五歳の、それも令嬢なのだから泣いて恐怖で震えている、と思っていたのに、国王付きの執事は、まさかのパジャマ姿で登場してきたテネシスに動揺した。
公爵家の執事と違うのは、その動揺を完全に悟らせないところだろう。
取り敢えず、内心の動揺を立て直した執事は、テネシスが怯えているかもしれない、と声をかけたわけだが。キョトンとして首を傾げるテネシスを見て、自分の心配が丸っ切り不要なものであることに気づいた。
「なんで怖いの? もしかして、囚人がいるの?」
「いえ、今はおりません」
「じゃあ怖いことってないよね?」
この一言で執事は悟った。
この子の胆力は本物だ、と。
地下牢の一つの鍵を開け、公爵家の馬車から寝具一式を持ち込んで護衛に運ばせパジャマ姿で牢の中を見回す五歳の公爵令嬢。
見目麗しい王子殿下たちを見るかのように、ぐるりと牢内を見渡して「これが、牢屋っ。素敵っ。面白いっ」と歓声を上げている五歳の公爵令嬢。
同情とか憐れみとか絶対掛けることが失礼にあたると思い、国王付きの執事はテネシスに対してのみ、正しい声かけを行った。
「どうぞ、お嬢様。素敵な牢屋ライフを」
「ありがとう! あなたはとても良い人ね!」
満面の笑みで応えたテネシスをみて、執事は自分の声かけが間違っていないことを悟ると共に、将来この令嬢はどんな女性に育つのだろうか、と思いを馳せる。
おそらく、歴史上に出てくる女傑と呼ばれる女性たちは、幼い頃からこの令嬢のようにその片鱗を見せていたに違いない。
などと歴史上の人物と肩を並べるような凄い令嬢だ、と国王付きの執事の中では認識された。
その予見が正しいのかどうかは遥か未来のことである。
現状のテネシスは、一晩一人で牢屋にお泊りし、明日の朝、元気いっぱいに公爵家へ帰還して、胃を痛めて胃に穴が開きかけている執事たち使用人と、心配で髪が禿げてしまいそうなロディに「楽しかった」と報告するに違いない。
(了)
これにて本作は完結です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




