つるっぱげの末姫
長編よりさきに短編あげてすみません…(浮気した気持ち)
現代だったら女性がつるっぱげでもオシャレですけど、時代が違ったら一大事だよなと思いつきました…
私の生まれたアイワン王国は、横長の菱形っぽく見える大陸の中央部分から外へと広がって三角形型になっている大国だ。
というのも、今代の王の手腕により3つの国を吸収して領土が広がったから。
ちなみに戦争準備は互いにあって兵士が戦場に向かったそうだが、圧倒的なアイワン王国の武力と、互いに協力したくない3つの国がそれぞれ降伏したので、無血開国状態だったらしい。
さて、吸収した3つの国から1人ずつ、3つの王家の娘がアイワン王国に嫁いだ。
2人が国王に、1人は王弟に。
ちなみに、国王の正妃は生粋のアイワン王国出身者で既にいたそうだ。
つまり、他国の娘たちは側妃ということになる。
側妃を迎えた当時若かりし国王は、自分だけのハーレムに舞い上がったか、王宮内の『次代はまだか』攻撃に耐えきれなかったのか、後先考えずに後継者作りに励んで子どもを作った。
第一側妃、正妃、第一側妃、第二側妃、正妃、の順番に身籠っては出産したので、王宮内は出産ラッシュ。
ついでに全員男児なので常に贈り物の山。
王家に合わせて貴族も子どもを作るもんだから、王宮内と言わず、あっちこっちがお祝いムードだったそうな。
上は13歳から下が2歳まで、次代もいっぱいできたしもう安泰。これからは内政に力を入れてさらなる発展を。
そういうムードが完璧に出来上がった時に、よりにもよって国王がやらかした。
視察先で出会ったとある少数部族の娘と男女の仲になってしまった。
しかもその娘、族長の娘。
さらにさらに悪いことに、その民族では『一夜、男女が家に帰らなければ夫婦になったものとする』という婚姻文化があり、この『男女』は求婚したい女を男が拐ったとしても成立してしまう誘拐婚に近い面があった。
『夜通し話してただけ』とか言い訳したって通じない。事実、話してるだけじゃなかったので。
気分よく帰ろうとしたらしい国王は、にっこり笑いながら奥さんぶってくる族長の娘に戸惑い、詳しく理由を聞いたら上のようなことを伝えられ、娘の父である族長にも引き合わされて引くに引けなくなった。
一応、その部族でしか扱っていない貴重な素材があったのと、彼らにしか管理できない森があったので表向き『政略結婚』となったけれども、当時31の国王が15の娘を娶ったんだからちぐはぐ具合が半端なく、自然と周囲は察した。
当時の国王がめちゃくちゃ焦っていたそうだから分かりやすかったろう。
で、そんな経緯で王宮入りした族長の娘だが、なんと妊娠していた。押しかけワイフ並びに押しかけベイビーである。
一時期『本当に王家の血が入っているのか?』と囁かれていたものの、生まれた子供はしっかり血で鑑定されて、王家の子であることが証明された。
この押しかけベイビーが私であり、これから王宮で暮らして切磋琢磨していく。ちゃんちゃん。
(それで終わったら良かったのになあ、いや、本当に、)
枝毛だらけの髪に、牛乳をこぼされて気持ち悪いダマがついた黒髪をハサミで短く切りながら鏡の中の自分を見つめる。
将来的に美人になりそうな5才児だ。
今は汚れまくっているけれど綺麗に櫛削れば艶の出そうな黒髪は母親からで、青い瞳は父親から受け継いだものである。
ロイヤルブルーと呼ばれる色を持つ父親はとても綺麗な目だそうだけれど、自分のそれと比べたことはない。
ていうか比べられない。見たことがないので。
会ったことはある。でも見たことはない。
正妃様と側妃様2人から、国王の前ではずっと頭を下げ、視線を合わせてはならないと言われているもので。
それを怠れば鞭か扇が飛んできて、体のあちこちに赤い筋を作るから徹底して守っている。
ちなみにこれは王子と妃たちにも適用されるルール。
王子たちの顔もうっすらとしか分からない。『なんか見たことあるなー?キラキラしてるから王子かなー?』ぐらいのぼんやりさだ。
お妃様たちもぼんやりとしか分からない。彼女たちぐらいの立場になれば直接ではなく人を介するので。
ご飯抜かれたり減らされたり。これはいつもされてるけども。
お妃様たちの『こっち見んな』な気持ちは仕方がないと思う。自分たちのいないところで、国王が若い子に手を出したんだから。
母親?
自分だけが妻だと思ったらこの国の王様で、さらには奥さん3人もいるって知って激怒、のちに『自分だけ愛されればそれでよし』になって着飾ったり肌を手入れしたりするのに心血を注いでいるらしく、私を産んだ後はあんまり会ってない。
王のお渡りがない日でも自分を磨くことをしているので、娘には興味ないらしい。
『今夜も来なかった!』と叫んでいる声を聞きながら寝るのが夜のルーティンである。
(それにしても今日は散々だった)
庭に咲いている花と植物図鑑を見比べていただけなのに、年が近い方の兄王子たち用の遊び相手?だか話し相手?の同じ年ぐらいの子供たち3人がやってきて、『遊び』が始まった。
いつも『遊び』という名で蹴り飛ばされたり叩かれたり押されたりして、悪口プラスでいじめられている。
仮にも王の娘なのに反抗しないのかって?してた。
してたけども無いこと無いこと報告されて、罰を受けたのは私だったので諦めた。
部屋に水なし監禁二日は流石にきつい。
けれどほとんど同じ年の子どもが考えつく悪口とか暴力なんだからワンパターンである。
地味な痛みに耐えてさっさと退散しようと考えていたら、あんまり効いていないのがバレたんだろう。
腰ぐらいまであった長い髪を掴まれて、順番に引きずり回された。
子どもの足幅だから引きずる範囲は狭かろうとも、こちとら満足にご飯を食べれてないので細いわ軽いわ持ち上がるわで男の子たちは楽しくなったらしく、私より成長している体格の良さを活かしていた。
ようやく髪から手が離された時には額が何かでぬるぬるしていたし、地面には黒い筋が点々と浮かんでいた。
途中ぶちぶち聞こえたから何本か抜けたんだと思う。
その後どこから持って来たのか牛乳を頭からぶっかけられて、臭い臭いと言いながら立ち去ってようやく。
「髪切ろう」
◾️
逃げようとして長い髪を掴まれた。
髪は掴まれたら頭が痛くなる。
ぬるぬるしている赤いのは血。
牛乳を落としたくて水を被ったら肌の奥まで痛い。なんなら頭の奥がぐらぐら揺れている気がする。
これはあれだ『死ぬやつ』だ。
監禁された時に感じた恐怖を思い出し、頭は怪我しちゃいけないところなのだと理解したので、掴まれないほど短くしようと思った。
短く切っては自分で掴んでみて、まだ掴めるからまだ『長い』と思ってどんどん短くしていく。
そうしたら黒い髪が駆り立ての芝生の長さになってしまった。
しかもところどころ短すぎて、ところどころ指でつまめる不恰好さ。
「無い方が良いのでは」
確か毛を剃るための道具が母親の部屋にあったな。いつもあれで腕とか足とか剃ってるって聞こえてくるし。
道具があるのならさっさとやってしまおうと、お茶会とやらに出かけている母親の部屋にお邪魔してその道具を拝借した。
うっかり自分の頭も切ってしまいそうな鋭さの道具に手が震えたけれども、手伝ってくれる人なんていないのでゆっくりゆっくり手を動かした。
何時間経ったろうか。
空が暗くなって来ているというのに、なけなしの太陽の光が私に降り注いで自分の頭だけ輝いている。
我ながら上手くできた。
男の子たちに遊ばれたせいか、髪がなくなった肌は赤い点々があっちこっちにあったけれども、触ったりしなければ痛くないので治るのを待つしかない。
短い毛と長い毛が部屋に散らばっている。これはまずい。
手早く箒で掃き掃除をして、出たゴミをゴミ捨て場へ。
ゴミの中に髪の毛があったら怖い話間違いなしなので、厳重にシーツに包んだ。
すっかり夜が来てしまったので、すうすうする頭を手で撫でながら自分の部屋に駆け込む。
もうこれで髪を掴まれなくて済む、と安心しながら
次の日、いつものように自分で着替えようとクローゼットを開けていつものワンピースを着てみたものの、鏡の中にいる自分がなんだかおかしい。
おかしいというか、変。
おしゃれに縁のない私でも流石に、まんまるの頭にフリフリしたワンピースが似合わないのはわかる。
ワンピースの色がくすんでるからかな?いや、フリルの端っこがほつれてるからかな?と鏡の前で悩むことしばし。
「髪がないからか!」
ようやく腑に落ちて、大人に頼ることにした。子どもの服は大人が用意するものなのだそうなので。
久しぶりに訪れる母親がいる母親の部屋に入って『服が欲しいです』と言えば、母親は返事をしないまま一つ頷き、こちらを見ないまま食事を食べ続け、代わりに母親の『侍女』が私を見た。
この人は優しい人だ。いつも商人を呼んでくれるので、私の買い物がある時はちょっとしたものを贈っている。
そんな優しい侍女が私を見るなり目をまん丸にして、手にしていたお盆を床に落として私を指差した。
「ひっ、ひめさっ、かっ、かっ、かっ、かみが!!!!!姫様!!!!!!!髪が!!!!!!」
「そう。髪がなくなったから服が似合わないの。だから新しい服が欲しくて」
「なくなった!!!???なんでですか!!!???」
「切ったの」
「見ればわかります!!!!切るっていうか剃ってます!!??なんで剃ったんです!!!???」
「痛かったから」
「はあ!!!???」
実は頭から被るワンピースを着る時もちょっと痛いし、今も歩けば頭がぐらぐらするのだけれど。
はあふうと息切れしてきた胸を落ち着かせながら、詰め寄ってきた上に珍しく膝をついて視線を合わせた侍女を見つめる。
「髪を掴まれて痛かったから、切ったの」
「掴まれて?え?掴まれて?」
「うん。掴まれてね、ズルズルって」
「ズルズル?……もしや引きずられ…?まさか!誰にやられました!?」
「知らない」
「いつ!どこで!?」
「昨日。お城のお庭で」
「庭!?周りは、誰も止めなかったのですか!?」
「いないよ?」
「そんなはずないでしょう!」
「そうなの?私を助ける人っているの?」
「っ、、!!!」
うっ、と苦しそうな声が部屋のあちこちから聞こえて思わず肩が跳ねた。
いきなりお化けのような声を出すのはやめていただきたい。
そして泣きそうな顔になっている侍女の向こう側、肩の上の方から見える母親は私を見て…というか私の頭を見てため息をつき、立ち上がって『誰かあの子の手当てを』とだけ言い残して部屋を出ていく。
食べかけなのに、もったいない。
あ、やばい。目の前がぐるぐる回ってきた。こいつはまずい。今すぐ寝ないとまずい。
「今日は休むからね、明日、新しい服買ってね。それじゃ」
簡単にそれだけ言い残して自分のベッドにダイブする。
目を閉じた暗い世界も回っている気がして気持ち悪かったが、ゆっくりゆっくり息をすればマシになる気がした。
◾️
末の姫様が熱を出された。
しかも髪という髪を無くして、いや、自ら剃ったようで、つるっぱげの状態になって。
剃刀のせいではない傷がまる見えになった皮膚は赤黒く縞模様を作り、小さく細い体を高熱によって真っ赤にしながら、荒い息を立てて眠っている。
そうすることで治るのだ、と知っているかのように眠ったままなので、もし熱が出ていなければ『死んだように』と形容できただろう。
症状は重いもののただの風邪だ、とだけ診断して頭の怪我を手当てした医師は、薬を出してすぐに出て行った。
ついているのは第三側妃ジータ様付きの侍女である私だけ。
ジータ様の娘で、王家唯一の姫であるオリヴィア様にはメイドも侍女もいない。
手配した人員は全てジータ様のためのものであるのでオリヴィア様には関係ない、と言われたけれど、子どもの面倒を見るのは大人の仕事だと思うので、女官長の意図だろう。
それでも、雇い主に逆らえないのが雇われ者の身だ。王宮勤めをできるなど名誉であり、給金だって破格なのだから。
たとえ少数部族の妃の子だろうと、雇い主はもっと上。
命令されたからには従わねば。
けどこれは違うだろうと、思う。
王家の意向なんてわからないけれど、これは絶対、違うだろうと思う。
たった5歳の子供が髪を無くして泣かないなんてあるだろうか。
髪を掴まれて引きずられるなんてあるだろうか。しかも女の子が。
熱を出しているのに薬を求めず、自分で着替えをしていて、『自分を助ける人はいない』なんていうだろうか。少数部族とはいえ族長の娘なら王女のようなもの、その血筋の姫が。
ジータ様もジータ様である。
いつまでも国王陛下の寵愛を狙ってあれこれされているけれど、娘のことを心配する素振りもなく、なんなら見苦しそうにしているなんて。
事実、見舞いの一つもない。
(…うん。姫様の侍女になろう)
そう思った。もし姫様の侍女になったことがバレたらクビになるかもしれないが、どうせ平民に近い男爵家出身だし、働けば生きていけるのだ。
今心苦しいのなら、ずっと心苦しいに決まっている。
赤く火照る額にタオルを起きながら、違うタオルでそっと汗を拭った。
青い瞳が大きな、可愛らしい姫君。
髪が伸びたらどんな髪型にしよう。いや、まず明日から着る服だ。
確かにフリルいっぱいのワンピースは髪がない姫には合わない。これから生えてくるだろうけども。
どんな服が似合うだろう。どうせなら上質なものに変えてもっと………もっと?
「……………つるっぱげって何が似合うのかしら?」
頭の中で描く姫様の姿と、着せたい服がどうしても噛み合わなくて早速決意が折れてきた。
◾️
全ての髪を剃って自身の窮状を訴えた(本人に自覚なし)アイワン王国の末姫に、母以外の妃たちは『そこまで酷くしたつもりはなかった』と頭を下げて謝罪し、反省し、自らも髪を剃った。
なんでも一人一人似たような嫌がらせを別に通達したため、一つ一つの指示が重なったものが末姫を襲っていたそうだ。
兄王子たちは、あまりにもあんまりな唯一の妹のボロボロの姿が何かに触れ、今まで関わらなかったことを謝罪した後、これでもかと可愛がっている。
その可愛がり方が鬱陶しい上に暑苦しいとは、末姫だけの愚痴である。
ちなみに髪を剃った原因である『髪を掴んで引きずった』子息たちとその家は王子たちの怒りを買って奴隷落ちし、開拓地へと送り込まれた。
『つるっぱげの末姫』
そんな噂を報告された国王は流石に何事かと末姫を見舞ったけれども、本当に『つるっぱげ』な上に非常に痩せていて、髪がなければ男児にも見える自分の娘に『どちら様?』と首を傾げられたのが相当応えたらしく『ちゃんとした父』になろうと奮闘したけれども…
正妃と第一、第二側妃からの『そもそもあなたがよそ様に手を出さなければ!』と怒られまくり、兄王子たちによって『妹に寄るな。汚れる』と締め出され、末姫本人からの『いっぱい兄がいるので(これ以上の猫可愛がりは)いらないです』と釘を刺されて、すごすご仕事に戻った。
なんとか関われないだろうかと、親友でもある将軍に相談してみたものの『王子たちにもろくに関わってないんだろ?今さら姫を可愛がりたいとか、無駄無駄』と王手をかけられたのだとか。
末姫の母である第三側妃は、誰が誰だかわからなくなっている、という心の病を患っていることが分かったため、療養のため王宮を離れることになった。
今は故郷近くに用意された離宮で静かに暮らし、たまに、末姫へ押し花だけの手紙が届いている。
「オリヴィア、オリー、そろそろ髪を伸ばそう?」
「頼むよオリヴィア、せめて肩まで…!」
「今も似合っているよ?似合っているんだけどね?どうしてもさ、ドレスには長い方が似合うんだ」
「オリー、髪を伸ばしたらお揃いの髪型ができるよ?」
「もうすぐ王族のお披露目式なんだ。だから髪を…」
「私にできるお仕事なんてありませんよ。それに、髪を伸ばしたら『つるっぱげの末姫』じゃなくなります」
末姫オリヴィアはあと半年で8歳になる。
王族が公務を始める年齢の8歳。それを記念して行われる『お披露目式』のパーティー。
『髪がないから姫として扱われている』となぜか勘違いしているオリヴィアへ、なんとか髪を伸ばそうとしてくる王子たちによって勘違いを正され、『それでも髪が軽いって楽』と開き直ってベリーショートの長さに落ち着いたのは、ギリギリなんとかお披露目式の前だった。
『つるっぱげの末姫』がお披露目式でまとった衣装は、王家の威信と新たな文化を感じさせるものであったため、女性でも髪を短くしても無作法ではない、となった。
「兄様方、そろそろ夏なので『つるっぱげ』にしたいです」
【ダメ!!!!!!!!!】
「なぜ!!!」
『髪の重要性』それをコンコンと説明していく兄王子たちと、『髪の有無で何が変わるのか』をつっついていく末姫の攻防が、今日も続いている。
ここまで読んでいただきありがとうございました!!
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オリヴィア姫様、5歳なのに自分の生まれを理解しているのは賢いのと、色んな人から説教みたいな感じで言われてきたから。
顔を覚えていない人たちなので実質他人。
そんなことされたら嫌だわな、という受け入れ方です。
母親は、放置状態なので姫様も放置している感じ。
将来距離が縮むかは分からないです。
お披露目式で着たのは母方の衣装を豪華にしたもの。
アオザイ風の衣装に細かい刺繍がされています。
とりあえず言いたい。
国王がお盛んすぎてひく。