第28回:李斯と韓非
ミニコラムの続きです。
韓非は、生まれつきの吃音でした。「どもり」とも言われますね。三国志の鄧艾もそうでした。どもりというしゃべり方は、別に気にする事でもないのに…と思ったりするのですが本人は気になるようです。
これを克服するために荀子に弟子入りして、学問に没頭します。そして、性悪説の教えを活用して法家としての自分の思想を完成させました。
「君主は口固く考えを悟られるな」「賞罰は自分だけで判断せよ」「家臣に全てをゆだねるな」などという君主論を論じており、厳しく冷たい君主と法律によって縛られた人民で構成された国を理想としています。
後の時代にマキャベリという人も同じような事を論じました。よって、韓非が論じる君主論を「マキャベリズム」とも言います。
この考えは「韓非子」という書物にまとめられました。これを読んだ秦の始皇帝は「そうだ!その通りだ!」と膝を叩いて同感しまくりでした。
「この本の著者に逢えるなら死んでもいい!」とまで言ったそうです。作者冥利に尽きますね。
一方の李斯は、韓非と同門で、荀子の弟子でした。韓非は理論の人でしたが、李斯は実践の人でした。
強大な秦の国に行くと自分の政治理念を実践させてくれる君主候補を探します。ここで公子の趙政、嬴政とも言う人物を見つけます。
彼は人質として鬱屈した少年時代を過ごしており、いわゆる陰キャでした。家族の温もりを知らぬ彼は冷酷な君主になれる素質があると判断します。
そして、趙政が王位につくと法家の考えに基づいた国づくりをサポートします。秦国はメキメキ強大になりましたが、困った事が起きます。
同門の韓非が書いた本を趙政が読んで、めちゃ感動していたのです。しまいには「この本の著者に会えるなら死んでもいい!」とまで言い出しました。
早速、趙政は韓非を秦国に呼び寄せました。李斯は困ります。韓非は吃音だが能力は優れており趙政の信頼と政治の実権は、あっという間に、李斯から韓非に移るだろうな…と、予測したからです。
行動の早い李斯は韓非を罪も無いのに投獄して暗殺します。勘のいい趙政は李斯を疑います。しかし、処罰はしませんでした。
李斯は役に立ちます。そして、韓非子の著書があれば韓非自身は不要だったからです。
その後、趙政と李斯のコンビは冷酷で合理的な政策を次々(つぎつぎ)と策定します。
更に、秦軍を率いる将軍の人選を慎重に検討して他国討伐に向かわせました。
充実した国力と優れた将帥の起用とで連戦連勝します。
特にすごいのが将軍の起用です。当時の秦は「白起、王翦、王賁、蒙恬、李信」などの名将がズラッとそろった状態でした。
そんな中、敵国は7つ存在します。それぞれのライバル国の討伐に「誰を起用すべきか」「前回と今回の起用と今後の起用のバランスをとるためにはどうすればいいのか」「将軍たちに裏切られないようにするためにはどうすればいいのか」という観点での検討が抜群に優れていました。
将軍たちは裏切ることもなく、連戦連勝で結果を出し続けています。
また、各戦場への補給や物資の輸送も破綻する事がありませんでした。
高い国力と優れた官僚組織を運用する事で前線の将兵たちに最大限の力を発揮させる事に成功しています。
こうして、遂に秦は戦国七雄のライバル達を全て滅ぼし天下統一に成功します。
趙政は始皇帝と名乗る様になりました。
順風満帆だった李斯の政治家人生ですが、その権力の源泉は始皇帝からの信頼だけでした。
この為、始皇帝死後、李斯は権力争いに敗れ一気に没落します。
残酷な腰斬の刑で、殺されてしまいます。李斯の死後はあっという間に秦国も滅びました。




