俯瞰の景色
六階建ての、この学校の屋上から見る俯瞰の景色は、素晴らしいものだった。
まさに芸術。世界から乖離したような錯覚を与える景色だ。
私は、鉄柵を越えて、もっと、もっと間近で見ようと、鉄柵に足を掛ける。
「奈瀬さん、死ぬ気なのかい?」
不意に、背後から私の名前を呼ばれた。
後ろを振り向くと、強引に肩を後ろに引っ張られ、私は地に落ちる。
地面に落ちると、左腕に衝撃が走って、私は「痛っ!」と叫んでしまった。
叫んだものの、痛みを抑えながら、ぎごちなく立ち上がる。
苦渋の表情を浮かべながら、奈瀬或奈こと私は、私の”飛行計画”を邪魔した少年を睨んだ。
少年は、フ、と微笑して、鉄柵から景色を眺める。
私に視線は移さず、淡々と言葉を紡いだ。
「君。ここから落ちたら、死ぬのは理解出来てる?」
至極単純な事実。普通の人間ならば、ここから落ちれば死ぬだろう。
私も含めて。私は人間じゃないから、みたいな漫画染みてることは言わない。
あの俯瞰風景を見ると、正気が失せた。
そう少年に告げ、少年は考える人のように、右肘をついて沈思した。
「なるほどね、確かに俯瞰の景色は妖しい程に素晴らしい」
「高い場所から見える世界は、地面に立つ人間の視界より広い。それ故に、ここから見える景色が信じられなくなるんだね。本当にこんなに綺麗なのか、と」
そして、自身の眼球から見える視界の正否を確かめようと、地面に近づいて、世界を確認する。
それが彼の、飛び降り自殺に対する見解だった。
私は、違う。と彼の意見を否定した。
違う。と告げて、さっさと鉄柵に足を掛け、越える。
鉄柵の先には、三十センチもない幅の足場しかなく、彼とは、見つめ合う形となった。
意外と端整な顔つきをしている。
「全然違うよ」
「私達”飛行者”が落ちるのは、紛れも無く、”飛びたいから”」
私の真剣な眼差しが効果を発揮したのか、彼は焦ったように目を回している。
そして、私は右足を後ろにずらして、背後に体重を掛けた。
「え……」
彼の、呆けた声と共に、私の身体が浮遊する。
正確に言えば、地面に近づく。落ちる。
翌日、私が所属するクラスに存在する、私の机に、花が入れてある花瓶が置かれることになった。