私こと、ポンコツ見習い召喚士は、間違って精霊王を呼び出しました。反省してます。次は気を付けます。帰って欲しいけれど、溺愛&スパルタ教育コース確定らしいので、頑張りたいと思います。
――――私にもきっと出来る!
だって、召喚陣の描き方は今日、先生に教わったばっかりだし、見本を見て描いた。魔力は人よりある。目の前の人を助けるんだ! という思いだけで動いてしまった。
その時、私は召喚士養成学院の帰りで、友人と買い食いをしていた。
「モナー、そっちのクレープ美味しそう……一口ちょうだい?」
「はぁ? シュラは食べ終わってんじゃん! 等価交換くらい守りなさいよ」
「今度ちゃんとあげるからぁー」
「信用ならないね」
モナが金色の髪を揺らしてそっぽを向いてしまった。ミックスベリーチョコクレープを分けてもらえなかった。そもそも最初に一口いるか聞いたのに『ゲテモノはいらない』と言われた。交換のしようが無い。
――――パクチーバニラアイスクレープ美味しいのになぁ。
「誰かー! 召喚士を呼んでくれ、火事だ!」
「中級を何体か呼び出してくれ! 延焼が早いぞ」
屋台が立ち並ぶ広場の奥にある住居区からゴウゴウと唸るような騒音と真っ黒な煙が揚がっていた。
「モナ行こう!」
「ちょっと、私達の魔力じゃまだ下級しか呼べないじゃん」
「でも今日、中級の召喚陣は習ったでしょ! 試そうよ。失敗しても下級の子が来てくれるし!」
そう言って火事場へ向かって走った。
火事場は凄惨な事になっていた。
隙間なく建て増しされた木造家屋が連なる下町だ、延焼しないわけがない。何十人と火傷や怪我をして倒れ込んでいた。
建物に近付けないほど熱い。召喚士はまだ一人しかいなかった。
「私、水と木の下級を呼び出して治療をする!」
緑の瞳に強い意志を感じた。
モナは複合召喚陣が得意で三属性まで同時に呼び出せる。この状況では的確な判断だと思う。
対して私は、召喚陣のセンスが『皆無すぎて逆に笑える』と先生たちに爆笑される。呼び出したい属性と違う属性の子が現れ『どっちか、わかんなかったから、おうさまから、じゃんけんして、いけっていわれた』と精霊に言われてしまう。
だが今日の私は違う!
授業中に、真面目に・本気で・集中して、描いた『中級召喚陣・水』を持っているのだ!
ふはははは!
「私、授業で書いたやつがあるから、それで呼び出す!」
掌に魔力を集中させ描いていた召喚陣に魔力をムラなく流す。そして召喚陣にイメージと気持ちを込める。実はこれが難しい。
暖炉に火を点けたい時は、薪に火が点るイメージと精霊に『手伝って下さい』や『こうして欲しいの』とお願いするのだ。そしてそれを叶えると精霊界に帰っていく。
慌てていたり集中できないと精霊にイメージが届かず、召喚しても叶えられない事があるのだ。また階級にそぐわないお願いは、そもそも叶えられないので、出てきてさえくれない。
『お願いします、天から水を降らせ火事の炎を弱めるのを手伝っ――――』
「シュラ! それ描き間違えた方の召喚じ――――」
ドバァァァァンと爆発したかに思える音と、洪水のような水。
『我、ヴェルネーティスである。お前の願いは叶えた……が……我は、迷惑だと抗議する』
「え? 私?」
ヴェルネーティス? と名乗る、完全人型の精霊が静かにこちらを見据え、そう言った。
真っ白い肌に、黄緑の長髪。極彩色に輝く瞳。唇は薄く、艶やかな桃色。薄い緑と白を基調にしたスタンドカラーで長袖のロングドレスのような上着。下にはズボンを履いている。そして裸足だった。
「何じゃ今のはー!」
「誰だゴラァァ! アッホみたいな水球落としやがって! 周りの家まで破壊されたじゃねーか!」
――――ヤバい。
何が起こったのかというと、私が犯人な気がするわけで、間違いなく説教コースな気がする。どうしよう。
『我はヴェルネーティス。今、召喚主に抗議している。我は破壊は望まない。この者が望んだ』
「あぁぁん? んーだとぉ? その赤い髪の嬢ちゃんか!」
――――うぉっほい! 精霊に売られた!
顔が厳ついおじさん達がジリジリと近付いて来てるんだけどぉぉ。どどどどどうしたら……。
「きゃぁぁぁ! 何で? アナタ、両足共折れてたのに……何で立ってるの? 治ってるの?」
「俺もだ! 火傷が全部治ってる!」
「顔が、顔が熱くない。髪の毛も戻ってる……ありがとう、ありがとうございます……」
誰か上級の人を召喚してくれたのかな? なんてのんびりそっちを見つつ、さっきのことは皆忘れてくんないかなぁとか思っていた。
『召喚主が望んだので治療した』
「「えっ」」
「女神じゃ!」
周りがワーワーと叫び出した。何だか良く分からない。
――――私、望んだっけ?
『女神ではない、ヴェルネーティスである。我は破壊を望まない。召喚主よ、望め、修復と』
「「えぇ?」」
『望まぬのか?』
「召喚主って私だよね?」
『お前だと、先、述べたが』
「えっと、元通りにお願いします?」
『聞き届けた』
シュロロロロロと一瞬で木が伸びてゆき、なにやらスパスパと切られて木材になって、新品の家が出来た。
『風化させた方が元通りだが』
「止めてくだせぇ! このままで! 女神さま!」
『我は女神で――――』
「あー、ヴェル……ネーティスさん? 様? 今のままで大丈夫」
『うむ』
――――で、誰なんだろう?
上級の精霊は名前持ちがいるらしいけれど、この人の属性もよく解らない。そもそも何で中級の召喚陣で完全な人型の精霊が呼び出せたんだろう?
「ちょっと! シュラ、どうなってんの? この上級の精霊どーやって呼び出したの? あと何で帰らないの?」
『娘、我は上級ではない。ヴェル――――』
「あー、お名前はわかったから」
「ちょっと! 上級じゃないってなん――――」
ピィー! ピピピピィー! と笛の音が辺りに響き渡り、軍服みたいな服を着た人達が走って現れた。凄いスピードなので、風属性の精霊に手伝ってもらっているっぽい。
「召喚省、監査だ! 召喚士、状況の説明を速やかに行え!」
「あの学生が呼び出した精霊が消火し、建物を壊し、全員を治療し、最後に建物を修復と言いますか……新築いたしました」
「学生が? 上級を呼び出せたのか? お前達、名前と学年と担当教師は誰だ!」
「は、はい! シュラ、一年で、ウリーゲル先生です」
「モナ、同じく一年、ウリーゲル先生です」
「チッ。ウリーゲル……か。一年の癖によくもまぁ。その精霊はまだ使役中か?」
「はい…………たぶん」
――――怒られる予感マーックス!
「とりあえず学院に向かうぞ」
召喚省の監査官が部下に現場復旧の指示を出して移動を始めた。
「風の精霊で走れるか?」
「はい!」
モナがすぐさま召喚しようとしていたが、ヴェルネーティス様が手で止めていた。
『召喚主、連れていく者を選び、目的地を思い浮かべよ』
「え、学院長室に行きたいです、私達と召喚省の人たちですけど……?」
『聞き届けた』
瞬きをした瞬間、学院長室に全員がいた。
「なんだと? 一瞬で移動した? 風の上級……いや、多属性の?」
『我は上級でも、多属性でもない』
「なっ、誰……え? その……そちらの精霊様は……まさか」
学院長が震えながら立ち上がった。
『む、我が名はヴェルネーティスである』
「ヴェル…………」
学院長と召喚省の監査官が白目を剥いてバタバタと倒れてしまった。
「がくいんちょー!」
「監査、しっかりしてください! 監査ーっ!」
「おまたー……何これ。カオス?」
ウリーゲル先生がそっとドアを閉めようとしたので、慌ててドアに足を挟み学院長室内に引きずり込んだ。逃さんぞ! 助けろ!
「せんせー! 助けて! 何か知らないけどヴェル様は出てくるわ、学院長と監査官は白目剥くわで、ワケ解んないよ!」
「ヴェ……ヴェル様?」
『召喚主、我はヴェル様では――――』
「分かってるってー。ヴェルネーティスって名前が長いの!」
『ふむ。そうか、ではヴェル様でよい』
名前を言った瞬間、ウリーゲル先生に頭を殴られた。
「いだぁぁぁ! 先生、今グーだったよね?」
「先生、生徒に暴力は!」
「黙りなさい。総員、跪け!」
私とモナはウリーゲル先生に頭を抑え込まれ、完全に地べたに這いつくばる形になっていた。パンツ見えてないといいが。
「ヴェルネーティス様でございますね、精霊王が人間界にどのようなご用件でしょうか?」
――――せ、精霊王ぉぉぉ!?
私が『中級召喚陣・水(失敗)』で呼び出したのは、精霊王だったらしい。
「ヴェル様って精霊王なんですか?」
『先から言っておる。我はヴェルネーティスであると』
「いや、名前しか言ってないじゃん」
「バカ者! 授業で教えただろ。千年王だ!」
「あー、それ? どんなおじーちゃんかと思ってた」
「いーだぁぁい!」
またもや拳骨された。
「口を慎め」
『其の方、召喚主を殴るのは何故だ?』
「し、召喚主ぃぃぃ?」
『うむ』
ウリーゲル先生も白目を剥きそうになっていた。
「落ち着け俺。……精霊についての勉学が足りず、精霊王を認識しておりませんでしたもので」
『……もう何発か許可しよう』
「ちょ、ヴェル様! 許可しないでぇ」
『む。召喚主の希望が優先か。殴るでない』
――――セーフ。一命は取り止めた!
「しかし、ヴェルネーティス様は何故に召喚に応じられたのですか?」
――――あ、聞いてなかった! それ気になる。
『召喚主、我を呼び出した陣を出すがよい』
「はいはい」
学院長の机に、ぐちゃぐちゃにたたんでしまっていた召喚陣のシワを伸ばしつつ置いた。
『教師、上級は召喚できるか? 陣の精霊文字は完璧に読めるか?』
「はい、どちらも出来ます。完璧かは何とも言えませんが」
――――え?
上級が呼べて精霊文字が読めるならもっといい仕事につけたはずじゃ?
精霊文字は難解過ぎて、テンプレートの召喚陣が一般使用されている。精霊文字が読める人はオリジナルの召喚陣を作れる、使い勝手が良ければ莫大な資産を築ける。そして国の上層部にもなれる、一生安泰だ! と噂されている。
ポカーンとした私とモナにウリーゲル先生が気付いてウインクしてきた。
なかなかに気持ち悪いのは置いておこう。
『まず、ここ。強い・方陣と書いて召喚陣を安定させる所のはずだ――――』
『強い・精霊』と、描いてあるらしい。また、別の所では水属性を『山ほど属性』、一回を『一生』、そして何より酷いと言われたのが、希うを『長髪願う』と書いていたらしい。
「長髪願う! ぶわはははは! ちょ、ちょうはつ!」
物凄く恥ずかしい。どんな希望だ!
「ヒィー! やべぇ、この召喚陣、お前が描いた中で一番面白すぎる!」
『召喚主は他にも変なものを描くのか……最近、下級がよく争う。召喚主の仕業か?』
「あー、シュラの所に来る精霊が毎回『じゃんけんしてた』と言うのでそれでしょうか?」
『やはりか!』
「酷いよ、モナ! 時々何も言われないもん!」
『ふむ。迷惑だな。精霊文字を教え込むか……』
――――あうぅぅ。迷惑なんですね。すみませんでした。
「ヴェルネーティス様、しかしこの召喚陣、無視出来たはずでは?」
『うむ、ここが最後の文にあたるのだが、見てみろ』
「は? 『食事を用意する』とも読める? ここは、我の魔力を捧ぐ……いやでも同じ意味ではあるか?」
『人間界の食事を用意すると全精霊が判断した』
「「はいぃ?」」
ヴェル様曰く、精霊は霊体で顕現し人間の願いを叶え、願いの等価量魔力をもらう。人間の魔力はいわゆる甘味料らしい。
ところが、私が描いた召喚陣に『食事を用意する』とあった。霊体では食べれない。実体で人間界に顕現出来る。人間の食事を食べれる。
ヴェル様史上、一度も実体で人間界に顕現した精霊はいないとの事だ。
結果、全精霊による抽選会となったそうだ。
まず、『強い精霊』は自己申告、『山ほど属性』は、六から全十一属性とし、その中で召喚主の一生の間、顕現して構わない者……そして『長髪』だ。ここで三十柱まで減ったそうだ。
その後はじゃんけん大会を行っていたとのこと。
「その割には早かったですね?」
『召喚主よ。人間界と精霊界では時間の概念が違う。そもそも時間を止めてやるに決まっておろう』
そんなこと出来るんだ? この人……精霊? 怖っ!
『そして、我が勝ったのでな。実体で顕現したということだ』
「そんな……食事だけで皆釣られるのですか……」
『此度は、召喚陣が滑稽すぎて皆が見に来たせいもあろうがな』
――――あっ!
「召喚陣を破棄すれば強制解除が――――」
召喚陣を取ろうとしたら、ヴェル様が物凄い速さで召喚陣を懐に隠し、物凄い形相で怒鳴った。
『馬鹿者! 召喚主はこの召喚陣に一生涯を掛けておるのだぞ! 解除の反動を考えぬか!』
「あ……最悪どうなります?」
『魔力量が足りず粉々だろう』
――――マジですか。
『幸い召喚主は妙に魔力量が多い。人生を半分もすれば事足りるかもしれん。……我は人間の一生ぐらいは休暇を楽しみたいがな』
「休暇しに来たの!?」
『うむ。食事付きだ。来ずにどうする』
精霊王のくせに、悪魔のような妖艶な笑みを湛えていた。
これからどうするか話し合おうとしていると、学院長と監査官が目を覚ました。
建国以来の大惨事だと怒られた。召喚陣に関してはウリーゲル先生に絶対に喋るなと言われたので知らぬ存ぜぬで通し、ヴェル様も『我、休暇がしたく、たまたま来た』と言ってくれた。
今後の私の扱いで意見が割れた。
私は家族の元で普通に生活したい。
学院長は学院の寮に入れて精霊王の身辺を守るべきだと。私じゃないらしい。
召喚省は国、人の為に今すぐ召喚省所属になるべきだ。
ウリーゲル先生は憲兵や軍も戦力として欲しがりそうだと言う。
ヴェル様はどこでもいいから、ちゃんと飯を出せ。と一貫してご飯の心配だけだった。
とりあえず、お偉いさん達が話し合うので暫く通常生活をしているようにと言われた。
「ヴェル様はどうするんですか?」
『どうとは?』
「帰る場所?」
『召喚主の家であるが? 役目を果たせ』
――――これを連れて帰るのかぁ。
両親が気絶しそうな気がするなぁ。考えても仕方ない。気絶したら起こそう!
ヴェル様を連れてモナと帰路についたのはいいけど、これからどうしよう。
『――――主、召喚主!』
「はいはい、何ですか?」
『あれは何だ? 何をしておる』
「あー、あれはクレープですよ。丸く焼いた薄い生地に色々入れて食べるんです」
『ふむ。あれを所望する』
「えー! お小遣いあんまりないのにぃ」
『契約を果たせ』
「はーい」
屋台の前に行って具材の説明をしていると、屋台のおじさんが話しかけてきた。
「あれ、パクチーの嬢ちゃん、また食べるのかい?」
「んーん。ヴェル様が食べたいんだって」
「おう、兄ちゃん何にするんだい?」
『兄ちゃんではない、我は――――』
「ヴェル様、そのくだりを次したらご飯お預けにしますよ?」
『むっ。承知した』
ヴェル様がメニューを見て悩んでいる。長い。
「ヴェル様、ヴェル様! 果物は何が好き?」
『我はリンゴが好ましいな』
「じゃ、おじさん、アップルシナモンとバニラアイスね」
『むっ。何を勝手に!』
「食べてから怒って下さいよ」
『……承知した』
ヴェル様はクレープが出来上がるのをワクワクと見ているので放置して相談する。
「ねぇ、どうしよう? 連れて帰らないといけないんだよね?」
「そりゃそうでしょう。食費の心配?」
「や、そこの心配もだけど、うち部屋が無いし。私と同じ部屋になるの? それとも父さんとヴェル様、母さんと私? どのみち狭いけど……」
『召喚主、もらったぞ。どう食べればよい』
「あー、あの人見て。ああやって齧り付くんです」
ちょうどベンチでクレープ食べている人を見付けて指差した。
『ふむ。こうか……ん!』
「どう?」
『非常に美味である。ふむ……これは……素晴らしい』
「へー。良かったね」
――――グスン。私の五百ソル。
「ヴェル様、鼻にホイップ付いてますよ」
『む、どこであるか?』
「はぁ、屈んでー」
ヴェル様の鼻の頭をハンカチで拭う。
『うむ、ご苦労』
「あはは! シュラの方が使役されてるし!」
それはちょっと思った。
ヴェル様に飛べばいいと言われながらも真面目に歩いた。
「じゃーね! シュラ、ヴェル様。おやすみー」
「おやすみー」
『アレはどこへ行く?』
「モナだよ。モナの家に帰るんですよー」
『ふむ、モナがいたから飛ばなかったのか』
「いえ? ヴェル様、しばらくここにいるなら道とか覚えないと」
『? そういうものなのか?』
「はい、そーゆーものですよー。あ、あれが私の家です」
『小屋?』
――――失敬な!
確かに小さいけど。ボロボロだけど。一応、一軒家だし。
「ただいまー」
「お帰り、今日は遅かったわね。で、誰?」
『我はヴェルネーティスである』
「ヴェルネーティスさん? って?」
――――んあー。説明するのかぁ。
「ちょっと座ろう」
四人でテーブルに着いてヴェル様の説明をすることにした。
「父さん、母さん、ちょっとややこしいんだけど、こちらヴェルネーティス様。精霊王です」
「…………またまたぁ。で、どちらさん?」
「だから精霊王なんだって!」
「シュラ、そんな伝説の精霊さんを呼べるほど勉強出来ないでしょ」
そんな方向からツッコミ入れられるとは思わなかった。地味に痛い。
「はっはっはっ。精霊王とか言うならこの家を豪邸にしてもらいたいなぁ!」
「ははは。そーですよね……」
『ふむ、聞き届けた』
「「えっ」」
シュルルル。シュロロロ。バサバサバサ。と変な効果音が辺りに響き渡った。
『土地の大きさと、この地区の一番豪華そうな家を参考に建てたが。これで良いか?』
「何しとんのじゃー! 荷物は!?」
急に全員が家の外に移動しているわ、家が無くなって、二階建ての立派な木造のお屋敷が出来上がるわで、ガチでパニックだ。いつ参考にした。また時間を止めていたのか? 私の十八年間の思い出は消えたの? ヴェル様の胸倉を掴んで揺すったら、飄々と答えられた。
『保護しておる』
「え、そんなことも出来るんだ」
『気に入らぬなら元に戻すが』
「「このままでお願いします!」」
声がした方を振り向くと、両親が土下座していた。何か見てはいけないものを見た気がする。
段々と周りに人が集まって来てしまった。
「とりあえず、中に入ろう」
「そうだな! ささ、ヴェルネーティス様、どうぞ」
父親がヴェル様にドアを開けた。さっきからこの家のヒエラルキーの頂点がヴェル様になっている気がする。
「えー、とりあえず、ヴェル様は精霊王という事でいいでしょうか?」
「「はい!」」
見た事も無いリビングで座った事も無いフカフカのソファに座って家族会議だ。
「ヴェル様は人間のご飯を毎食用意してほしいんだって。母さんお願いできる?」
「そうねぇ、食費がかさむけど……家が新築になったし、家具付きだし! 今まで使ってたもの売れば纏まったお金になるから、いいわ。ヴェル様の分も作るわよ!」
「ありがとー母さん! ヴェル様良かったね。ご飯確保出来たよ」
『ふむ、ご苦労』
「あー、でもさっき作ったご飯が無くなったから……」
母親が悲しそうに溜息を吐いた。
『我、保護しておると言ったが』
「そうだったね。出してくれます?」
『うむ。そのまま出すと、元あった場所に出てしまうがよいか?』
「良くないです!」
『では、母さんはあった荷物をどこに置くか想像しろ』
――――母さんって。
あ、私の呼び方で覚えちゃったのか。
ヴェル様は考える母さんの額に手を当て読み取っているらしい。
『ふむ。これでいいか?』
「きゃぁ! 完璧よ! ヴェル様ありがとうございます!」
『他の荷物も同じ様に出すか』
それは後回しにして、先にご飯を食べましょうと母親が言うとヴェル様が笑顔になった。
なかなかの破壊力だった。
今日はパン、ミネストローネスープ、ポテトサラダ、アスパラとベーコンのガーリック炒め、ハンバーグが夕飯だ。
メインのおかずは人数分しか無かったので母親と私が半分こする事になった。
またもや、見た事も無い豪華なダイニングで夕飯を食べる。
『ふむ。召喚主、これは何だ?』
「お豆とトマトが入ったスープですよ」
『ふむぅ……うむ。美味である』
そんな調子で話しながらご飯の説明を続けた。
『これがハンバーグか。ふむ、面白い肉料理だ。人間は屑肉までも食べるのだな』
「ん? ん、まぁ。余すところなく食べないと食材に失礼ですからね」
『なるほど』
「ごちそうさまでした」
『召喚主、何の呪文だ?』
「呪文……ご飯作ってくれた人と、食材にありがとうございましたってお礼を言ってるんです」
『ほう。では我も、ごちそうさまでした』
今度は父さんの額に手を当て荷物を配置していく。
寝室と別に部屋が出来たので小躍りしていた。家中を見回って自分の部屋を決める。二階の北窓がある部屋にした。北窓からは王城が小さくだけど見えるから気に入ったのだ。
部屋の荷物を思い出し、配置を考える。ヴェル様が読み取り収納空間から出してくれた。
「ヴェル様は部屋決めた?」
『ここであろう?』
「へ?」
『召喚主と我の部屋であろう』
そう言いながら私の新しいベッドの横に天蓋付きフカフカお布団のベッドを出した。
「狭いし、部屋余ったんだから――――」
『それもそうであるな』
シュルルルル。メリメリ。とまたもや聞き慣れない音がしたと思ったら、隣の部屋と合体させられた。
『ふむ、これでよかろう』
「良くない! 何で同じ部屋なんですか?」
『何故と言われても。召喚主といるべきであろう』
「え、そうなの?」
『うむ。それよりも、余った荷物はどうする?』
「余ってるんですか?」
『うむ。結構あるぞ』
「じゃあリビングで確認しましょう」
リビングに集まり、開けた場所に荷物を出してもらった。
余った家具、全く使っていないもの、忘れていたコザコザの荷物、そして私の教科書類。それらがヴェル様の収納空間に取り残されていた。
「シュラちゃん? どういうことかしら?」
「か……母さん、これは……まだ授業で使わないから忘れてただけだよ?」
「ふぅん? 自分で部屋まで持って行きなさいよ?」
「……はい」
厚さ十センチの教科書五冊、三センチの教科書十冊、黙々と運ぶ。
「ヴェル様、ついて歩くなら手伝って下さいよー」
『これは召喚主の任務であろう?』
「そーですけどぉ」
『ふむ。では頑張るがよい』
結局、三往復したがヴェル様は手伝ってくれなかった。ケチ。
家がなぜか新築豪邸に変わったので、荷物の整理を余儀なくされた。
「必要なものは運び終わったな? 明日はガレージセールでもするか」
「そうね、ヴェル様の食事代稼がなきゃいけないしね」
「お世話かけます」
『召喚主、ガレージセールとは何だ』
「いらなくなったものを、家の前で売るんです」
『ふむ。人間とは面白いな』
「精霊界ではいらなくなったものはどうしているんですか?」
『消すが早かろう』
――――デストロイヤーがいます!
返答のしようもなく「そうですか」と言うに止めた。
「さぁ、片付けも終わったし、もう十一時よ! お風呂に入って寝なさい」
「はーい」
『湯あみか』
ヴェル様が堂々とついてくる。嫌な予感しかしない。
「ヴェル様、男の人ですよね? お風呂は流石に別ですよ!」
部屋を一緒にするらしいと両親に伝えると『いんじゃない?』と雑に言われた。婚前の娘が……とかの心配はしてくれないらしい。
『人ではない。そして、我に性別はない。男型をとっているだけである』
「……男型だから来ないで下さい」
『ふむ』
ヴェル様が眩く光りだし、数秒すると黄緑色のゆるふわウェーブの女の人が現れた。
「え? 誰?」
『我はヴェルネーティスである』
――――それ、決め台詞なの?
「えっと、女の人になったから一緒に入ると?」
『うむ』
「うむ、じゃない! 絶対嫌です!」
『む。これは……抗えぬか。仕方ない、ここで待つ』
どうにか止めることに成功した。
お風呂も凄い事になっていた。お金持ちの家にあると聞いていたシャワー。蛇口のハンドルに召喚陣が組み込まれ、少量の魔力でお湯が出るようになっているもの。召喚士でなくとも一般の魔力でお湯が出せる超最新式だ。下級以下の微力な精霊を指定して呼び出すので魔力が少ない人にも負担にならない。
お風呂から上がり、ヴェル様にお風呂の使い方を説明する。と言っても私も今覚えたばっかりだったが。
ヴェル様は男型に戻っていたので、こっちのほうが生活しやすいのだろう。
『なかなか楽しい湯あみであった。いつもは泉でするが、湯ぶねとはいいものだな』
「良かったですね」
――――人間界を楽しんでるな。
「父さん、母さん、おやすみなさい」
『ふむ、父さん、母さん、おやすみなさい』
「「お、おやすみ」」
部屋で明日の準備をして、ヴェル様に「おやすみ」と言って電気を消そうとした。
ちなみに、電気も最新型になっていた。多少の魔力は必要だが、雷属性の召喚陣で蓄電出来る機械に二日使える程度の電気を蓄電してもらい、スイッチで入り切り出来るようになっていた。
『待て、召喚主。今日の分の魔力をもらっておらん』
「え、今日の分?」
『うむ。魔力は毎日、納めよ』
「毎日? 納めないとどうなります?」
『……我が困る』
「はぁー、わかりました。どうやって納めるんですか?」
『どこからでも良い』
ならばと、電気を消すため立っていた壁際で、いつも通り召喚陣に流すように右手に魔力を集め差し出した。
ヴェル様が手首を掴み、掌に口を吸い付けた。
「ひあっ」
『む? 雑味が多いな。心の臓の上から納めよ』
「はぁ? 嫌ですよ! 何言ってるんですか! 変態ですか!」
『むぅ、言葉に魔力を込めるな! 出来なくなるではないか!』
――――ほほぅ。そういう事か! いいこと聞いた!
「手からで我慢してくださいよ」
『承服しかねる。不味い!』
そう言って、グイっと手を引っ張ってくる。腰から抱き寄せられた次の瞬間、首筋を甘咬みされた。
「うひゃぁ……んっ」
『ん……っ。うむ、首筋からの方が甘い。此方でよかろう』
「……変態」
いきなり首筋に吸い付かれて、魔力をごっそり持って行かれた。
腰が抜けて立てないのは、魔力が減ったせい……だと思う。
『どうした? 召喚主』
「っ――――何でもないです!」
『立てぬのか? 仕方ない運んでやろう』
そっとお姫様抱っこされベッドに寝かされた。
ヴェル様が電気を消すと、ヴェル様のベッドの小さなランプが淡く虹色に光った。
「キレー」
『うむ。これは魔力の性質に合わせて光る精霊界のランプだ。我は虹色に光る』
「へぇ、面白いですね。炎属性の人だと赤く、水属性の人だと青くなるんですか?」
『うむ、その通りだ』
「じゃあ、多属性は?」
『持っている属性を順に光っていく。このように……』
ヴェル様がランプを人差し指でツンと触ると、赤・黄・緑・青、と五秒ほどで四色を繰り返し光りだした。
「え? 魔力の属性を操作できるんですか?」
『出来ぬと属性魔法が使えぬだろう……召喚主、もしや本当に学業が……』
「ち、違いますよ! 授業ではその属性の精霊さんを呼ぶよう習うので、多属性の精霊さんが属性を操作出来るとは習ってないです! 今は四属性だけですし」
『ふむ。明日、教師に確認すべきであるな。召喚主の学力が心配である』
「失敬な!」
『それから、召喚主もこれに魔力を流してみよ。ふふっ』
なんだか、凄くあくどい顔に見える。が、気にはなるのでそっと魔力を流してみた。
ベッドがくっ付けてあるので、寝たままでも余裕で手が届いた。
――――近すぎなんだけど。
「白?」
『うむ。召喚主は聖属性だ。人間では珍しいぞ』
「聖属性?」
『人間で言うと同じ属性の精霊を呼びやすい、少量の魔力で済む、効果が通常より大きい・高いなどであろう。精霊で言うと、治癒魔法や浄化が出来る。まぁ、他にもあるが、召喚主は……ゆくゆくの方が良かろうな』
――――あれ? 何か本気でアホ扱いされてないかな?
「むー。もー寝ますよ! おやすみなさい」
『うむ。おやすみなさい』
そう言って目を瞑るが他人の気配がして落ち着かない。十数分経っても寝れない。ふと目を開けると、肘を付き横向きに寝そべったヴェル様が、こちらを見て微笑んでいた。
「ひぎゃっ。寝ないんですか?」
『うむ。眠れるが睡眠の必要は無いのでな、今は召喚主を見ておる』
――――何の罰ゲームだ!
「あの、見られていると眠れません」
『何故だ?』
――――聞かれても! 知らないよ。
「……さぁ? 落ち着かない?」
『ふむ……』
ヴェル様が一瞬何かを考えて、人差し指をフイッと振るった。次の瞬間、天井が星空に変わり、ベッドの周りを淡い光がフワフワと飛び交う。とても幻想的でいて感動的でもあった。
「――――綺麗」
『落ち着くか?』
「はい。ありがとうございます」
『ゆるり眠れ』
「……はい」
ぼーっと天井を眺めていると自然と睡魔が襲ってきた。なんとなく今日はいい夢が見れそうだ。
「召喚主は少し頭が弱いな。そこは可愛いが、明日から召喚術の教育をみっちりするのも楽しそうだ」
目を瞑る直前、ちょっとだけ見えた黒い笑みと、恐ろしい言葉は、見えなかったし、聞こえなかったことにしたい。
―― fin? ――