第六話 三種の神器
ユールは真理衣を神の領域に呼び寄せた。
キラキラと光を纏って現れた真理衣を見て満足そうに頷くユールに、彼女は飛び掛からんばかりに詰め寄る。
「悠と引き離されたの!どうしたら…!」
「見ていたから知っている。其方の子にも加護を授けたから命の危険は無いだろう」
「でも、あの人たちが悠をまともに扱うとは思えない…助けて下さい…私だけでは何もできない…」
真理衣の必死な訴えに、ユールは暫し思案顔で琥珀色の瞳を伏せる。尤も顔面を覆う布がある為、真理衣に彼の表情は見えないが。
「…我も駒を欲していたからな…丁度よかろう」
ユールはそう囁くと、にんまりと満面の笑みを浮かべ、腕を大きく広げ人には解せぬ言語で呪文を口にした。
キィィィンと硬質な物が擦れる様な甲高い音と共に、彼の手元に強烈な光源が現れる。目を開けていられない程の光に、真理衣は目を守る様に手で覆った。
光が弱まり真理衣は目をそっと開ける。
ユールの前に三つの光り輝くモノが浮いていた。
《金色に輝く宝玉》《虹色魔石の王笏》《ユール神のツノから創られし王冠》
この世界の三大宗教の一つであるユール教。その起源は1000年前に遡る。
約1000年前、エルトニア国とサグドラ国は神聖ポルタニア帝国という一つの国であった。そこで生まれたのがユール教である。
ユール聖典という書物がその時代に造られた。ユール神に纏わる神話が記録されたものである。現在は廃れてしまった古代語で書かれているため古代語学者や一部の聖職者のみが読むことができる。1000年前はユール聖典が広く流布されていた為、現在でも数多くの聖典が遺物として残っている。
そのユール聖典に記されている、最も有名な神器である。真理衣がこの世界の人間ならば畏れ慄く代物であったが、当然彼女は知る由もない。
「これを其方に貸与する」
「なんですかコレ」
「我が昔創った便利な道具だ。魔力の無い人間にも扱えるよう創った物だから其方でも使いこなせるだろう」
真理衣はその三つをまじまじと観察した。
宝玉は一見つるりとした球体に見えるが、それを這うように蔦のレリーフが緻密に施されている。王笏は持ち手の部分に宝玉と同様のレリーフが施され、先端には虹色に輝く拳大の結晶が飾られている。王冠は花冠の様に様々な花や葉の形が彫刻されている。
「宝玉は治癒の力、王笏は結界の力、王冠は災いを退け勝利に導く力が付与してある」
「いや、何か凄い装備を貸して頂けるのは有難いんですけど…めちゃくちゃ目立ちますね?!」
「注文が多いな。…これに収納すればよかろう」
ユールが指先を真理衣の手に向けると、右手の中指に指輪が現れた。それに向かって、三種の神器がシュルリと吸い込まれる。凄まじい勢いで飛んでくる神器に真理衣は驚く。
「ヴァッ?!」
「どれでも良いから出てくる様、念じるが良い」
真理衣が宝玉出てこい、と心の中で呟くとそれだけが再びシュルリと姿を現した。
「そなたの意思で自在に収納できる。瀕死の状態以外の治癒なら宝玉を指輪に入れたまま使用可能なはずだ。他の二つは身に付けて使用せよ。王笏は地面に突けば守護結界が拡がる」
「注文付けといてアレですけど、何でこんな凄いアイテムを私に…??」
「其方に託す方が上手く事が運びそうだからだ。暫く我の駒になって貰う」
「…私何に巻き込まれるんですか?」
「至れ分かる」
ユールはそれ以上を語る事無く、真理衣に背を向けて去って行く。彼の背が消えた瞬間真理衣は再び教会の中に立っていたのだった。
「マリーさん、大丈夫ですかな?お子が心配なのでしょうな…ずいぶんと長い時間祈られていた」
「え、あ…すみません色々と考えてしまって」
ユールとの会話中真理衣の身体はここに留まっていたらしいと、彼女は不思議な心地でディートハルトに返事をした。そこにツカツカとヨシュアが近寄って行った。
「いやぁ、ここに居たんですね」
「あ、ヨシュアさん…何も言わずに移動しちゃってごめんなさい」
「ヨシュア殿、私に少し名案があるのですが聞いて貰えますかな?」
ヨシュアに向かってディートハルトが目配せをし、手招きした。
真理衣は二人が会話している間に、こっそりと右手の中指を確認した。そこには確かに指輪が嵌っている。これで悠を取り戻す力を手に入れる事が出来た。後は侵入方法を考えるだけである。
真理衣から少し離れた所でディートハルトはヨシュアに囁く。
「子供を助けてやれるかもしれん」
「宮殿に侵入するのか?リスクが大き過ぎる。そこまでの命令は受けていないぞ」
「考えがある。毎月一度、宮殿に教会から数名派遣されるだろう?それに彼女を混ぜてしまえば良い」
「…確かにそれならば厳しいチェックも無く入れるが…何処にいるかも分からない子供をどう探す?」
「それは彼女の運次第だろう…もし見つけられなければ、そのまま共に宮殿から出れば問題はあるまいて」
「だが…」
「子供が戻れば、彼女の信頼を得て情報が貰える可能性もある」
黙りこくってしまったヨシュアに向け、ディートハルトは後悔の色をのせた声で呟く。
「私はもう老い先短い…任務でたくさんの命を奪って来た…もう遅いかもしれんが、幼き子を助けられれば少しは救われる気がするんだ…」
「…分かった…上司に報告しておく」
「君の上司の彼ならば、きっと許可を出すだろう」
仕方がないな、という風にヨシュアはため息をつき、
「ちなみに月に一度の派遣は明日だ」
ディートハルトがそう付け加えると、くふくふと笑う。それにヨシュアは引き攣り笑いを浮かべ、上司に報告しようと物陰に走って行くのだった。
暫くして、げっそりとした様子のヨシュアは真理衣に告げる。
「お子さんを助けに行きましょう」
***
悪しき神からの侵攻により大地は枯れ果て、戦が何百年と続いていた。人も動物もみな血を流しやがてそれは赤い川となって大地を染めあげた。
人々は神に祈る。どうか我らに光を、癒しを、希望を与え賜え。
ユール神はそれに応え、三種の神器を一人の若者に貸与した。
《金色に輝く宝玉》《虹色魔石の王笏》《ユール神のツノから創られし王冠》
宝玉は光り輝き人々を癒し、王笏を地面に突くと人々は守護され、人々はみな彼に希望を見い出した。男は先頭に立って戦い悪しき神を退け、そして王となる。
____ユール聖典第七章より一部抜粋