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第五話 教会

真理衣はすっかり薄暗くなった空の下、息を弾ませながら走っていく。時折り振り返っては、追っ手の確認をした。

疲れ切った彼女は建物の影に隠れ、息を整える為に一度座り込んだ。足元には宮殿の敷地内と同じ石畳みが続いている。


「教会っぽい建物見つからない…」


宮殿の周辺はレンガや石で建てられた似たような建物ばかりが立ち並んでいる。その多くが宮殿に出仕している魔法使いや騎士の寮、そして高位貴族の邸宅であった。教会は宮殿からだいぶ離れた場所にあるのだが、そんな事を真理衣が知るわけもない。

土地勘の無い彼女は宛もなく彷徨っていた。


「取り敢えずもっと離れるか」


真理衣は立ち上がると、建物伝いに歩みを進めた。



約2時間後。

すっかり暗くなってしまった、と真理衣は疲れた足を必死に動かす。

宮殿から離れれば離れるほど、街の雰囲気は変わっっていく。いつの間にか地面は石畳みではなく剥き出しの土になっており、建物も木でできているものが多くなった。

そして暗い路地裏に座り込む人々の姿。子供も大人も痩せこけ、誰もが覇気のない顔をしていた。

周辺のどの家も窓から光が漏れているものの、窓はカーテンで覆われ、扉は硬く閉ざされている。中には窓が開かないように、板が打ち付けられている家もあった。レストランらしき店も灯りは無く、営業していない。飢餓に苦しむ人間の中にも稀に食料を強奪する者もいるからこその対策だった。


「ねぇ、何か食べ物ちょうだい」


小さな女の子が真理衣のTシャツの裾を弱々しく掴んで引き留めた。目元は落ち込み、髪に艶はない。

真理衣は心臓を握り潰された様な心待ちになった。


「ごめんね…何も持っていないの…」

「……そうなの」


真理衣が健康的だった為、何か食べ物を恵んでくれると思った少女は残念そうに俯いた。


「ねぇ、教会って何処にあるか分かるかな?」

「あっちだよ。真っ白な建物。でも教会に行ってももうご飯は貰えないよ。施し用のパンが無くなっちゃったんだって」

「ううん、教会に行ければそれで良いの。ありがとう」


ふと、真理衣はジーパンのポケットに飴が入っているのに気づいた。随分前に出かけた際に入れっぱなしにしてあったのだ。真理衣は周りに聞こえないやうに少女に囁いた。


「一つだけあった。包み紙は食べられないからね」

「ありがとうっ!」


少女の手に苺味の飴玉をコロンと乗せ、真理衣は教えられた方角へと向かった。たった一つの飴玉だが、何もしないのは心苦しかった。たとえ偽善者と罵られようが、偽善すら持ち合わせない人間よりはマシだと彼女は思っている。




第一アナテマ騎士団に所属するヨシュア・グレッツナーは、サグドラ国の宮殿から逃げ出した真理衣の後をつけていた。


「東方の国の人間と思われます。ただ、奴隷には見えません」

[何か知っている可能性もある。引き続き調査するように]

「はっ」


ヨシュアは総司令官であるアルベルトに魔道具の通信機を使って報告し終えると、真理衣と一定の距離を保ったまま追跡を再開した。

暫くして少女と真理衣が接触したのを見たヨシュアは盗聴の魔法を使う。手のひらからヒラリと蝶が飛び、真理衣の背中にとまった。


「教会を探しているのか…保護を求めるつもりか?先回りしておくか」


物陰で移転陣を発動させ、ヨシュアは真理衣を待ち構える事にした。




夜空を背景にした教会は厳かな雰囲気を醸し出していた。真理衣が想像していた教会とは違い真っ白な石を積み上げて造られた、大きな円柱型の塔であった。大きな円柱の周りをぐるりと囲むようにやや小さな塔が12基並んでいる。

真理衣は真っ白な扉を力強く押し開けた。

軋んだ音を立てて開かれた向こうの光景はとても美しいものだった。

天窓から降り注ぐ月明かりが祭壇と思われる迫り上がった円形の床を照らし出している。その中央にユール神の像が光を纏って輝いていた。縦長の窓にはステンドグラスの装飾が施されている。

ユール神の像の近くで経典を読む神官、像へ向かって礼拝している者が数人いた。


「おや、貴女も礼拝ですか?」


淡い茶髪とブルーの瞳の穏やかそうな男が真理衣へと近づいて声を掛けた。商人に扮したヨシュアである。真理衣は何と言えば良いか暫し考え、取り敢えず首を横に振った。


「では、保護をお求めで?」

「保護?」

「稀に逃げ出した奴隷や訳ありの方が教会へ逃げ込むんですよ」

「…その話、詳しく聞きたいです」


悠を取り戻せたら隠れる場所が必要になる、と真理衣は真剣な表情を浮かべてヨシュアを見つめた。このまま情報を得る事が可能だろう、とヨシュアは微笑んだ。


「では神官も交えて、お話ししましょうか」



知り合いの神官が居る、とヨシュアが真理衣を連れて行ったのはメインの聖塔を取り囲む小さな塔のひとつだった。12基の塔は教会に仕える神官が住む場所である。ヨシュアと真理衣を出迎えたのは白く長い髭をたくわえた男性であった。


「名乗っていませんでしたね…僕はヨシュア、商人です。こちらが知り合いの神官殿です」

「私は真理衣です」

「マリーさんはじめまして、ディートハルトと申します。何か聞きたい事があるとか?」


真理衣はひとつ頷くと、異世界から呼び出されたという部分を除いた全てを話す。異世界から来たと言っては何かに利用されないとも限らない、と考えての事だった。彼らを信じ切るにはまだ早い。

人がたくさん死んでいる部屋から宮殿へと飛ばされた事、そして我が子に利用価値があるとして引き離された事。


「_____という訳で、私はあそこから逃げ出しました。私の国にどう帰れば良いのかも分からないので…もし、私の子を取り戻す事が出来たらここに匿って頂きたいんです」

「…それは大変な思いをされましたね。しかし、どうやってお子を取り戻すつもりです?」

「そうですなぁ…貴女が逃げられたのも奇跡ですぞ」


ヨシュアとディートハルトはそっとアイコンタクトを取る。ディートハルトはヨシュアの協力者であり、かつてアナテマ騎士団に所属していたエルトニアの人間である。退役してからもこの教会を拠点としてエルトニアに情報を流していた。

真理衣が敢えて何かを伝えなかった、と感じ取った二人は暫し思案した。


「取り敢えず僕と一緒に隣国のエルトニアへ渡ってみるのも手だと思いますがねぇ。教会で匿うにしても、今は食料が充分にある訳ではないですし…」

「で、でも!私は自分の子を見捨てて逃げるなんて!」

「…まぁ、彼女が落ち着くまで暫し匿う事もできます。心が落ち着いてからまた考えては?」

「そうですね。もし気が変わったら言ってください。検問を潜るのは得意なので」

「…ありがとうございます。子供を取り返したらお願いするかもしれません」


真理衣自信がエルトニアに行く気がなくとも無理矢理連れて行く事は可能であるが、ヨシュアは上司の判断を仰ぐ事にした。少し手洗いに、と彼は席を外した。




[成程、大勢死者かいたと。例の奴隷たちだろうな]

「ええ。床に魔法陣が描かれていた様なので、恐らく禁忌魔法に使われたというのが、僕とディートハルト殿の見解です」

[他に何か隠していると言っていたな、どうにか聞き出せ]

「多少は頭が回るようですから…素直に話すかどうか…やってみます」

[期待している]


ヨシュアは報告を終え、眉を下げる。


「期待されちゃ、頑張らないとなぁ」





真理衣はヨシュアが席を外している間、ディートハルトに教会内を案内されていた。彼女がメインの塔を再び見たいと望んだためだ。

ユール神の像を見上げた真理衣は目を閉じて両手を組んだ。


「言われた通りに教会に来たわよ。でもどうやって貴方と話すのよ?」



呟いた瞬間、真理衣は何処を見ても真っ白な空間にいた。

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