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第四話 ユール神の加護

エルトニア国。

サグドラ国の東南に位置する国であり、騎士の国とも呼ばれている。二カ国間での同盟は組まれていないが、国交があり表向きは友好国であった。領地が隣接している為人の行き来は可能であるが、厳しい検問が置かれている。

そんなエルトニア国の宮殿、騎士の間にて騎士団の報告会が行われていた。グリーンの壁紙に巡らされた白いレリーフ、天井には武装したユール神の姿が描かれている。その真下にある大きな丸テーブルを、美しい広間に似つかわしく無い厳しい表情を浮かべる 12人の男たちが囲っていた。テーブルの中央には周辺国の地図が広げられている。


「第三騎士団零班より報告致します。サグドラ国のレザルシア城に1週間前に50人、そして昨日も50人の奴隷が連れ込まれたそうです。同時期に王の側近と筆頭魔法使いが出入りしていました。恐らく王族の指示で動いてるものかと」

「ふむ…奴隷を売買する事はよくあるようだが…そんな大人数を一体何に使うのか…きな臭い…面倒な事にならんと良いが」


零班とは諜報を担っている班であり、第七まである各騎士団に配置されている。その班長の報告に、エルトニア国国王、メルヴィン・レクス・エルトニアはストレートの銀髪をグシャリとかき混ぜながら唸った。エメラルドグリーンの瞳は地図上に描かれたサグドラ国を睨みつけている。


「陛下。イェオリが動いているならば、アナテマ騎士団で探らせましょうか」


アナテマ騎士団と一般の騎士団を束ねる、騎士団総司令官、アルベルト・フォン・サヴォイデン公爵が発言する。柔らかに波打つ髪はメルヴィンと同じく銀色に輝き、コバルトブルーの瞳が冷たく光っている。

アナテマ騎士団とは魔法を行使する特別な騎士団である。他の騎士団は七まであるのに対し、こちらは三つのみ。精鋭部隊である事は国内外でも有名であった。


「おいおい、陛下はよせよ…可愛く無い弟だな」

「公私混同はしない主義です」

「全く真面目すぎる」

「周りに示しが付きませんので」


メルヴィンは少し悩み、表情が変わらない弟へ向け命じた。


「取り敢えず、アナテマに探らせて来い」

「お任せ下さい」




***



サグドラ国、蒼の離宮。


派手な音を立てて転倒した近衛兵は何が起きたのか理解出来ずにポカンと間抜けな顔を晒した。何かに行手を阻まれた感覚があった筈だが、当然のように目の前には何も無い。

エドヴァルドはわなわなと震え、近衛兵を怒鳴りつける。


「何をしている!さっさと切り捨てろ!」

「も、申し訳ございません!もう一度やります」


その後近衛兵が何度も試みるも、弾かれ、転がり、真理衣に刃が突き刺さる事は無かった。

近衛兵はもう真っ青になっている。真理衣は怖いやら、段々面白くなってくるわで情緒が不安定になっていた。


「もういい!俺がやる!!」


エドヴァルドが近衛兵から引ったくるように剣を奪い取ると、真理衣に向かって勢いよく振り上げる。

だが、足が滑り勢いよく転倒した。カシャンと剣が頼りなく転がり、部屋の角まで滑っていった。

何とも言えない空気の中、とうとう真理衣は笑い始めた。

彼女は何度も失敗する彼らについて、一つの可能性に辿り着く。これは恐らくユール神の加護とやらが効いているのだ、と。


「何だというんだ!魔力無しのくせに!」


エドヴァルドが怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、入室した時と同様にドカドカと足音荒く退室して行った。真理衣は再び扉に鎖が付けられる音を聞いて、笑みを引っ込める。いくら加護があると言えども、食事を与えられなかったりすれば流石に死ぬかも知れないのだ。





「どうしたんです兄上。僕は読書中なんですが」

「…」


エーギルの居室へ当たり前の顔をして居座っているエドヴァルドは、自身よりも頭の出来が良い弟に頼るか否かを考えていた。素直に助言を求めるのも癪であるし、かと言って良い案も浮かばない。エドヴァルドは弟へ助言を求めるべく口を開いた。


「…あの女…毒も効かないし、剣も何かによって防がれる…殺す事ができない」

「おや、それは困りましたね。食事を与えなければそのうち餓死するのでは?」

「それだと時間がかかるだろ。母上が嫌がる」


エーギルは内心呆れた。エドヴァルドは小さい頃から王妃の言うことを全て聞く。あの女はアウグスティンと贅沢にしか興味が無いというのに。母親の愛など期待するのは無駄である。王妃は既に異世界から呼び寄せた女の事など忘れているだろうに。


「ああ、そうか…」


エーギルは気づく。母の願いを叶えようとする兄の中にその思いだけではなく、あの親子が羨ましく映ったのだろう。だから目障りなのだ。彼が欲しいものを当たり前のように傍受しているあの赤子から母親を奪いたいのだろう、そう思い至ったエーギルは兄を哀れに感じた。


「何か良い案があるのか?」

「魔法でも駄目でしたか?」

「…俺に魔力が無いのを知ってるだろ?」

「…そうでしたね、では奴隷商にでも売り渡せば宜しいのでは?」

「…」

「母上は敷地内に居る事を問題視していた訳ですし、追い出せば問題無いのでは?」


途中から面倒になったエーギルはニッコリと笑ってこう締め括った。


「僕が手配しますよ。奴隷商」


**



窓の外は夕焼け空が広がっている。真理衣はぼんやりと移りゆく空の色を眺めていた。


「悠…」


今頃悠は泣いていないだろうか、と真理衣は我が子に想いを馳せた。オレンジ色の空が段々と藍色に染まりゆく様子を見ている事しか出来ない彼女の中に不安が積もってゆく。

ガチャガチャと扉の向こうで鎖を外す音が聞こえ、真理衣は素早く立ち上がり扉を睨みつけた。

エドヴァルドは居らず、騎士が二人だけ入ってくる。真理衣をここへ連れて来た近衛兵である。


「外へ連れて行く。暴れるな」

「私の子に会わせてくれるの?」

「…」

「違うの…?何処へ連れて行く気?!」


二人の近衛兵は視線を合わさず真理衣の両脇を固め、彼女の両手を前で縛った。

近衛兵は無言で彼女を部屋から連れ出した。

離宮からどんどん離れ、そして宮殿からも離れて行き、広い庭園の中を進んでいった。


「ねぇ!何処に行くって言うのよ!」


出入り口であろう門が見えた頃、真理衣は暴れ始めた。近衛兵から逃げようとした彼女だが、しっかりと結ばれた両手首と、肩を掴まれた事により足が滑べり身体は地面に倒れ込んだ。

ちょうど花が咲き誇る植え込みに倒れ込んだ彼女は、柔らかな土を一掴み手にした。


「暴れるなと言ったろう」

「貴女が怪我をするだけだ」


二人の近衛兵はため息をついて、真理衣を立ち上がらせようとした。真理衣は咄嗟に手に持っていた土を彼らに投げつける。


「うわっ」

「目がっ」


土は彼らの顔にかかり、隙を作る事に成功した真理衣は一目散に門へ向かって駆け出す。悠を助けるには誰かの手が必要だ。彼女の脳裏にユール神の姿が浮かぶ。

_____頃合いを見て教会へ来るが良い、かの神はそう言っていた。

ならば今がその時だ、と真理衣はスピードを緩めずちょうど開いていた門を走り抜けた。門番が交代の時間帯であり居なかった事も幸いした。

鉄格子を嵌めた荷馬車が門前に駐めてあり、男が一人門の中へと歩いて来ていた。走ってくる真理衣を見てギョッとした表情を浮かべた男は奴隷商である。走って来る女と、聞いていた奴隷の特徴が一致し、捕まえようと構えようとした、その前に


ゴスっ


男は股間に強い衝撃を受け、そして激痛が彼を襲った。声も出ぬまま男は地面へと沈む。

股間を思い切り蹴り上げた真理衣は、そのまま彼を放置して脇を駆け抜けて街へと消える。

その一部始終を一人の男が見ていたが、誰も気づく事は無かった。




真理衣が逃げたという知らせは、すぐさまエドヴァルドへ伝えられた。彼は怒り狂い居室の調度品に当たり散らしたが、それと同時に仄暗い喜びも感じていた。あの赤子も自身と同じで結局は愛されていなかったのだ、と。

歪な笑みを浮かべるエドヴァルドを見て、側に控えた近衛兵たちは次期国王と、国の未来を憂いた。

良い子の皆んなは股間は蹴らないでね。

とっても痛いよ!

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