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第二十話 救護団

※ちょっと被災地の描写あり。不快に思われる方は飛ばして下さい

地震が収まり暫くした後メルヴィンの指示により、被害の少ない地域の神官を中心とした救護団が編成され其々の地域へ派遣される事となった。その中にはコルン教会に所属する真理衣とアメリア、エレナ、オリヴィアも含まれる。

震源地は王都とコルンの中間地点であった為、コルン教会の神官は王都へ向かう道すがら住民の治療を行ないながら進む事になった。神官たちは食糧や包帯、その他必要な物質を荷車に積む作業に追われた。


出発の前日、真理衣は個別に神官長室へと呼び出された。

コンラートは地震の被害により床に散らばった書類や本を足で退かしながら真理衣を部屋へ迎え入れる。


「散らかっていてすみませんね…呼び出した理由は察していると思いますが、ユウの特殊な体質を利用させて貰いたいと考えています」

「お湯に溶け出る治癒魔力ですね?」

「その通りです。今まさにこの国に必要な能力なのです」

「分かりました。非常時ですからね…お風呂の残り湯を何かに詰めたら良いですか?」


コンラートは真理衣の言葉に頷くと近くに置かれた木箱を指し示した。

五つの木箱の中にダース単位で空瓶が入っている。


「こちらの瓶に詰めて下さい。他の作業は免除しますので可能な限りお願いします」

「分かりました」


木箱は男性神官達が大浴場まで運んだが、真理衣は彼らが去った後指輪から姿見を取り出した。



真理衣は鏡の中で悠を抱えながら考えた。

ベビー用のお風呂より普通に浴槽のが一度に出来るか。

真理衣は一人頷くと浴槽に湯を張った。軽快な音楽と共に風呂が沸けた事が知らされる。


「悠ちゃーん、いつもより早いけどお風呂に入るよー」


怪我人の傷口の事を考え石鹸は使用せずに、真理衣は悠を湯に浸けた。普段より深い湯の中で悠は手足をばたつかせニコニコと気持ち良さそうに笑っている。手足をばたつかせる度に真理衣へと湯が掛かるがそれすらも可愛い。真理衣は悠へ慈愛の目を向けた。


「其方ら、無事であったか」


真理衣は浴室の真上から降って来た声にギョッとした表情を浮かべると、天井を仰ぎ見る。

ユールがすぐ真上に浮いており、湯に浸かる悠を眺めている。


「ちょっとユールさん?乙女の入浴中に失礼ですよ」

「…赤子の入浴場面を見たとて我は特に何も感じないのだがな…」

「まあ冗談ですけど。どうしたんです?」

「うむ。我が昼寝をしている間に地が揺れてしまった故に…其方らの様子を見に来たのだ」

「でも加護くれてるんですよね?」


ユールは面布の奥で目をうろ、と彷徨わせた。


「其方らに授けた加護は、生き物からの害悪を弾くが自然災害については対象外だ」


真理衣は自身の咄嗟の行動を褒め称えたくなった。あの時王笏を使用して正解であったのである。真理衣は悠を湯から出すとガーゼ生地のバスタオルに包んだ。悠の身体はホカホカと温まり肌は赤味を帯びている。

ユールの目には悠の浸かった湯が治癒の色に輝いているのがはっきり見えた。


「このお湯を怪我人の所に運ぶ予定なんです」

「ほう」


真理衣の言葉に、成程考えたものだとユールは感心したように笑みを浮かべた。


「って事で、ユールさん瓶に詰めるの手伝って下さいね」


続いた彼女の言葉にユールの笑顔は引き攣った。神使いの荒い女である。





救護団一行は王都ルクスブルトクへ向かっていた。本来ならば馬車で一日掛ければ王都に着く所、物資が大量に積まれた荷車の速度に合わせて馬車も進む為既にニ日経っている。

馬車に乗るのは正規の神官や高齢の神官であり、荷車を引くのは見習いである。例に漏れず真理衣は徒歩にて移動していた。赤子連れであるからと言って、真理衣だけ特別扱いをする事が出来ないとコンラートから事前に聞かされていた。高齢の者がそれだけ多いのだ。ただ赤子を抱いているのを考慮され、荷車は引いていない。

真理衣は抱っこ紐の中で眠る悠の頬を優しく撫で、肩の荷物を掛け直した。長距離を歩いている彼女の踵は靴づれで鈍い痛みと共に血が滲んでいた。一列に並び歩く一行は疲労もあり無言で進んでいく。

真理衣を心配したアメリアは時折彼女の隣を歩きながら荷物を持つのを手助けする。本来ならずっと馬車で良い筈のアメリアに対して、真理衣は申し訳なさと感謝の気持ちで胸が一杯になった。


「震源地の町で救護活動した後休憩に入れるそうよ。騎士団が合流するらしいわ」

「よかった。もう悠ちゃんのミルクの時間が近いから助かる…足も限界だわ」


真理衣は息を吐くとアメリアと頷き合う。

一行の前方に次の町が見えて来ると、震源地の被害の大きさが見て取れた。

殆どの建物が崩れ、道に瓦礫が散乱している。ひしゃげた建物から離れた所に蹲る人々。あちこちから聞こえる呻き声や啜り泣く声、子供が母親を探す声、子の名を叫び続ける母親の声。真理衣は心臓が冷たく凍る様な心地になった。

アメリアの表情も硬く、眉間に皺が寄っている。

救護団の姿を見た人々が救いの手を乞う様に伸ばされる。コンラートの指示に従い真理衣とアメリアは悠の魔力が溶け込んだ湯を仮設の救護室として利用される天幕へと運び込んだ。

ガチャガチャと幾つもの瓶が木箱の中で音を立てる。中身が二人の動きに合わせてちゃぷんと揺れた。


「随分頑張って入れたわね。木の桶の三十倍くらいは余裕でありそう」

「…あはは、まぁ頑張ったよ。悠ちゃんが」


まさか鏡の中の浴室で入浴させていたとは言えず、真理衣は曖昧に濁すと笑って誤魔化した。

真理衣とアメリアが雑談をしながら救護室の中で手当てに必要な物を用意していると、外から馬の嗎が聞こえる。そして多くの規則正しい足音も聞こえた。

しれは騎士団が到着した音であった。

神官達が慌てて迎えに行く様を、真理衣は天幕の奥で悠にミルクを与えながら見ていた。アメリアは近くで備品の確認をしている。

土を踏み鳴らすブーツの音と共に天幕の入り口が開かれた。

背の高い立派な体躯の騎士が先頭に立って天幕に足を踏み入れる。彼の銀髪とコバルトブルーの瞳に、真理衣は見覚えがあった。彼に向かって神官長を含め多くの神官が一斉に頭を垂れる。


「え?アルベルトさん?」


アルベルトは、彼の後ろに続く騎士とは異なる装飾の多い立派な騎士服を着用していた。首に巻かれたクラバットには大きな宝石が煌めき、腰に差した大剣の鞘にも豪奢なレリーフなどの装飾が施されている。一目で分かる地位の違いに真理衣は息を飲んだ。真理衣はアメリアと思わずアイコンタクトを取る。


まさか己の文通相手がお偉いさんだなんてと真理衣は動揺した。

アメリアに至っては彼の正体に気付いてしまった為に動揺どころの話ではない。アメリアは王弟に対する己の軽々しい口調を思い出し顔を青褪めさせた。下手したら不敬罪で処刑だって有り得るのだ。



神官長を含めた神官達が未だに頭を垂れている中、真っ直ぐに己を見つめる二つの視線にアルベルトは気付いていた。真理衣とアメリアの表情からありありと彼女らの感情が読み取れ、アルベルトは内心苦笑した。

神官長らの対応で確信したであろうアメリアの顔色は悪く、真理衣は異世界出身故に然程顔色が変わっていないのが対称的であった。


「面を上げよ。此度は私も民の救助に赴いた。一々頭を垂れていては仕事に差支える。今後は不要だ。怪我人をこちらに運び込む。もし身動きの取れない民を発見した場合は騎士団へ報告しろ」


淡々と其れだけを述べ、彼は騎士達を引き連れ天幕を出ていった。

アルベルトはアメリアから真理衣へ己の正体が知らされるだろうと思うと胃の辺りが重くなるような気がした。身分を知ったら彼女は今までと同じ様に接してくれるだろうか。彼は瞳を翳らせ、口を引き結んだ。



アルベルトの予感は当たる。アメリアは彼らが天幕から去った後、青褪めた顔のまま真理衣に真実を告げたのだった。


「マリー…心して聞いてちょうだい。アルベルトさんの正体は…王弟殿下だったわ」

「おーてーでんか?」


真剣な表情のアメリアの口から聞き慣れぬ単語を聞いた真理衣は首を傾げる。そんな真理衣の様子にアメリアは呆れつつ子供でも分かる言い回しで伝え直した。


「この国の王様の弟君よ」


暫く沈黙していた真理衣は漸く理解した。


「あれ?それって凄く偉い人じゃん…私そんな人と文通してたのか…うわぁ…」


真理衣の何とも言えない回答に、アメリアは呆気に取られた。

二人の間に何とも言えない空気が漂う。


そう、真理衣は日本生まれ日本育ちの一般人である。王様の弟だ何だと言われてもピンと来なかったのである。しかし天皇陛下の弟君と文通していると変換し直し、何となくすごい事じゃないかと理解した訳であったのだが。よく分からないけど身分知らなかったんだしセーフセーフ、とは真理衣の心の中である。

これを人は現実逃避とも言う。


身分制度か、と真理衣はそっと淡い気持ちに蓋をした。

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