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第十八話 文通

アルベルトが聴取室へ入ると、報告に上がっていた五人中三人が息絶えていた。アルベルトの鋭い視線が部下たちに刺さる。彼の身体から凄まじい魔力が冷気として漏れ出て、聴取室の気温がぐんと下がった。


「どういう事だ」

「申し訳ございません!口の中に毒を仕込んでいたようです」

「残りの二人は」

「毒は取り出しました」


アルベルトはサグドラ国の間諜を見下ろすと、魔法で宙に吊し上げ温度のない目で彼らに訊ねた。


「副作用のある自白剤を飲むか、自分から喋るかどちらか選ばせてやろう」


アルベルトの凍るような殺気に、間諜の一人は青ざめもう一人はアルベルトを睨みつけた。一人はもう一押しだな、とアルベルトは恐怖心を煽るようにゆっくりと話し出した。


「あぁ、副作用についても説明しておこう。まず目が見えなくなり、手足の感覚が消える。稀に心臓が止まる事もあるそうだ。全部じゃ無いように神に願うといい」


青ざめた間諜が震え、殺さないでくれと懇願する様に喋り始めた。


「ヒッ…、お、俺はイェオリ様に赤子を探すよう命じられただけだ!」


もう一人がギョッとして、喋る間諜を怒鳴りつける。


「おいふざけんな!何喋ってやがる!!」

「うるせぇ!俺には妻子が待ってるんだぞ!?こんな所で死んでたまるか!!」


仲間同士言い争う様をアルベルトは冷めた目で喋りそうな間諜を指差し部下に命じた


「こっちを別の部屋に連れて行け」






アルベルトは騎士団長室にて、間諜がベラベラと白状した内容を報告書に纏めていた。


「俄かには信じがたいが…」

「ええ、異世界とはまた随分と嘘くさい物ですねぇ…しかも探している者の名も分からないとは…」


アルベルトの呟きに、彼の侍従である眼鏡を掛けた男が相槌を打った。侍従のモルガナイト色の瞳が呆きれを含んで報告書を覗き込む。アルベルトは息をつくと、侍従へと命じる。


「ローゼン、紅茶が飲みたい。ミルクも頼む」

「おや殿下がミルクとは珍しいですねぇ」


長いミルクティー色の髪をヒラヒラさせながら退室したローゼンの背中を見送ってから、アルベルトは凝った肩を緩くほぐした。


「…時期としては一致している」


アルベルトの脳裏に真理衣とその腕に抱かれた赤子がよぎる。彼が聞いたことの無いニホンという国名。外国人であるのに淀みなく言葉が通じ、しかし文字が読めないという歪さ。


「異世界か…さぞ心細かっただろうな」


己の腕に触れた彼女の温もりを思い出したアルベルトは、そっと腕を撫でた。



*****


マリーへ


涼しい風が吹くようになったが、母子共に風邪を引いていないだろうか。

涼しくなったせいか、腹が減って仕方がない。昨日はステーキを三皿食べてしまった。

騎士団の訓練量を増やしたからかもしれないが。

今日も仕事を抜け出した兄を捕獲した。あの人はいつになったら大人しく仕事をしてくれるのか心配になる。

前回の手紙に"畑のイノ"とあったが、恐らく"畑の井戸"だろう。あと、"アマリア"というのは"アメリア"の間違いだな。それ以外は読めた。大分上達してきたようで喜ばしい。


アルベルト



*****



アルベルトさんへ


だいぶ涼しくなりましたね。ユウも私も元気です。アルベルトさんもお元気でしょうか。

ユウは一昨日生後3ヶ月になりました。だんだん体重も増えてきて、髪の毛はポワポワしてるしほっぺがモチモチです。最高に可愛いです。

お腹がよく空くの分かります。このところ食べ過ぎでふくよかになりました。お菓子が美味しくて危険です。お肉も美味しいです。ついでに野菜も美味しいです。まぁ全部美味しいって事ですね。

お兄さんの捕獲お疲れ様です。

昨日ユウがお風呂中にウンチをしてしまったので、残り湯を畑に撒きました。肥料に最適なんですよ。出来心で他の神官見習いの人達の畑にも撒いたら神官長に何故か怒られました。作物の成長に役立つのに不思議です。

段々誤字脱字が減ってきて私も嬉しいです。アメリアに添削して貰うのがだいぶ減りました。


マリー



*****



親愛なるマリーへ


少々仕事が立て込んでいて返事が遅くなった。すまない。

子供の成長は早いものだな。これからどんどん成長して、その内たくさん喋れるようになるのだろう。喜ばしいことだ。マリーが愛情を込めて育てているのが文面で伝わってくる。

前回の手紙に、ふくよかになったと書いてあったが、貴女は細すぎるからちょうど良いと思う。前に抱き止めた時に折れそうで怖かった。

ユウの排泄物を肥料として撒いた件だが、教会は聖域とされているからな。魔法薬の肥料なら許されても、さすがに排泄物はまずいのだと思う。地方の農民は使っているようだ。

王都では、最近隠れ家カフェとやらが流行っているようだ。中々に人気らしい。またマリーが王都に来る事があれば一緒に行きたいと思うのだがどうだろうか。


アルベルト



*****



「アルベルト!お前の部屋から女の子の手紙出てきたんだけど?!!マリーってだれだ?!お兄様は聞いてないぞ?!!いつの間に交際をはじめたんだ!?」


騎士団長室の扉を勢いよく開けたメルヴィンが満面の笑みを浮かべてアルベルトに詰め寄った。

その目がキラキラと好奇心と喜びで輝いているのを見たアルベルトは面倒くさそうにそっぽを向く。


「陛下、何勝手に人の部屋を漁っているんです?マリーとはそんな仲ではありませんよ。子供がいる…既婚者のはずです」

「うっそだろ…人妻とか予想外。ここは俺の権力でどうにかしてやるのが兄の務め…。あ、俺は漁ってないぞ!お前の様子が最近おかしいからローゼンに命じて漁らせたんだ!」

「…ローゼンに妙な命令をするのはやめて下さい。あと無駄な事に権力を使わないで下さい。……私とマリーは交際していません。彼女が文字の練習が出来るように文通を提案しただけです」


メルヴィンはアルベルトの纏う空気が心なしか萎れているのに気付くと、暫し考え込んだ。

どうやら俺の弟は無自覚に人妻に恋をしているらしい。既婚者と口に出した途端にしょんぼりしているのはどう見たって気になっているからではないか。

そう思いながら、メルヴィンはアルベルトの肩に腕を回す。


「まぁ、優しいお兄さまは弟を暖かく見守っていてやるぞ」

「いえ、いいから仕事して下さい。仕事が溜まっていると文官から苦情がきています」


***


「あらマリー、また手紙来たのね」


真理衣は休憩中、教会の郵便預かり所に立ち寄っていた。そんな彼女の後ろからアメリアがニマニマしながら近づき声をかけた。

真理衣はアメリアにはにかみながら届いたばかりの手紙の封を切った。


「うん。ちょくちょく送ってくれて、まめな人だよね。文字の練習が凄く捗る。最初は無理って思ってたけど今は上達して凄く感謝してる」

「んふふふ、ちょっと見せて〜あら!最初の頃は全く色気も何も無かったのに…今回はちょっと交際してるみたいな内容じゃない!」

「いや、悠ちゃんの排泄物の話のお返事だけど」

「その下よ!これってデートのお誘いじゃない!」


アメリアの言葉に、真理衣は悠をぎゅっと抱きしめると眉を下げる。


「社交辞令よ。子持ちに対してそんなわけないじゃない」


真理衣は自身の言葉で、微かに心が軋んだのに気づくとその感情に蓋をするようにアメリアに笑ってみせた。


「さあ!礼拝堂の掃除しないと!」


明るい声でそう言い、礼拝堂に向かって行く真理衣の背中にアメリアがぽつりと呟く。その声は真理衣には届かない。


「マリー。恋ってのは、子持ちとか独り身とか関係ないのよ。年齢だって、職業だって、或いは性別だって飛び越えてしまう素敵なものなの」


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