第十六話 緊張のティータイム
「って事でユールさん…何を話したら良いと思います?」
真理衣の目の前でユールが宙に浮き、首を傾げている。
「何故いちいち我を呼び出すのだ。相談ならアメリアという娘にすれば良い…人間同士好きに話せばよかろう」
「アメリアは美人だから、多分私の気持ちと若干ズレた回答寄越しそうなんで。それにもう結構会話も弾むような間柄ですし、友人みたいなもんじゃないですか!神だけに友神…ねっ!相談お願いしますよ」
ユールは布の中で呆気に取られた顔をして、暫くして笑った。彼の他にも同族が二柱だけいるが、友と呼べる存在では無い。そもそも神に友という概念が無く、格上か格下という認識しか持たない。真理衣の何気ない言葉はユールにとって、物珍しく退屈凌ぎになりそうな響きを持っていた。
「悪く無い…」
満更でも無さそうなユールの様子に真理衣はニヤけた。
「って事で…まぁ、そんな訳で初対面の美男子ですよ?緊張するし、周りの目が気になって仕方ないんです。あんな平凡な女が何で美男子と一緒に茶を飲んでるんだーって見知らぬ女に対しても陰口叩く輩は結構居るんです」
「人間とは面倒な事を考えるものだな」
「まぁ神様とは違いますからねぇ…」
ユールの中に悪戯心がむくむくと湧き上がり、彼は自身の顔を覆う布を徐に捲り上げた。
「我とは気にせず会話しているのに不思議よな」
「…うっわ!!!めっちゃ美形!!!ていうか神々しい!!ある意味顔面凶器!!!若い女の子ならその顔見せたら一発で惚れますよ!」
「ふん、その調子で会話すれば良いのだ。己に自信が無さすぎるのも問題だな。別に其方は魂が汚れている訳では無いのだから堂々とすれば良いものを」
ユールの神々しいまでの美しさに興奮気味の真理衣であったが、彼に気を遣われたのだと思うと途端に冷静になった。
「あははっ!ありがとうございます。何だか普通に会話できそうな気がしてきました」
「其方はそのくらい図太く生きている方が似合いだ」
「失礼な神様ですねぇ〜」
「いちいち呼び出す人の子には丁度よかろう?」
布で再び顔を覆ったユールはくつくつと笑った。
翌朝、やけに張り切ったアメリアにより真理衣は大浴場へ連行され朝風呂に入る事になり、風呂が終わったと思えば肌に良いからとぬめり気のある液体を全身に塗られた。
「何この謎の液体?ヌルヌルする…甘い香りなのは良いけど…すっごく赤くない?!」
「大丈夫よ!ほら、最初に塗った所もう色無くなってるでしょ?そーゆーもんなのよ。っていうか普段何使ってるの?そういえば化粧もしてないわよね?」
「あー…」
真理衣がこちらの世界へ来てからというもの、基礎化粧品や化粧道具などを持っている筈もなく、真理衣は何も塗っていない事をアメリアに白状した。悠の育児で化粧どころでは無かった事もあり真理衣はすっかり忘れていたのだ。その為真理衣の肌は若干カサカサしてきている。アメリアは驚愕の表情を浮かべながら真理衣に詰め寄った。
「うっそでしょ?!あり得ないわよ?!…帰る前にお店寄らないとね」
「あ、うん。そうね?」
「今日は私がやってあげるから、じっとしてて!」
アメリアが借りている部屋で、アメリアと真理衣は向かい合わせに椅子に座り化粧をはじめた。
目を瞑る真理衣の顔の上をフワフワとしたブラシが動く。他人に化粧をされるその感覚に真理衣は結婚式を思い出し、すぐに頭から追いやった。あの頃は離婚などするとは思っていなかったな、と真理衣は嫌な気持ちがムクムクと湧き上がってくる。
「マリー、目を開けていいわよ」
アメリアが目を瞑る真理衣に声をかけ、真理衣は目を開けた。鏡に映る自身の姿を見て真理衣は嫌な気分が吹き飛んだのを感じる。いつもよりも大きくなった目元、唇はローズピンクに彩られ頬も淡く色付いており全体的に華やかな印象を受ける。
「凄い…私じゃないみたい。ありがとね。アメリアって化粧上手なのねぇ…」
「ふふん!自信作よ。真理衣は化粧映えするから楽しかったわ」
ふにゃふにゃと悠が泣き出し、真理衣は授乳をする。そんな二人の様子を見て、アメリアが心配そうに真理衣に訊ねる。
「ユウちゃん、本当に預からなくて大丈夫?」
「大丈夫よ。何時間もアルベルトさんと居るわけじゃないし、アメリアも街を散策した方が楽しいじゃない」
「まぁ、そうだけど…」
アメリアとしては悠を預かって、真理衣が育児や時間を忘れてアルベルトとデートできたら楽しいだろうと思っていたのだが。しかしあまり押し付け過ぎてもお節介が過ぎるな、とアメリアは思い直す。既に真理衣にとってはお茶の約束自体がお節介である事に、アメリアは気付いていない。
ここからどう転がるかは真理衣とアルベルト次第である。
真理衣は持ち待ち合わせ場所である王立図書館の階段下に立っていた。アメリアが、神官服では目立つからと貸した水色のワンピースを身に纏い、オムツやお尻拭きシート、授乳ケープなど外出に必要な荷物が入った布製のバッグを肩から下げている。大量の荷物のせいで、バッグはパンパンに膨れているが減らしようがなく真理衣は諦めた。
悠を抱いている姿は何処からどう見ても現地の母親である。
「私すごく馴染んでるじゃん…アメリア様さまだわ」
通行人にジロジロ見られる事もなく、真理衣はくすりと笑った。このまま悠と二人で散歩に行きたい、と真理衣は誘惑に負けそうになる。悠には出かける前にしっかりとミルクを飲ませたので暫くはぐずらないだろう、と真理衣は眠る我が子へ向け微笑んだ。
遠くから女性たちのキャアキャアと興奮気味な声が聞こえてきて、真理衣はそちらを見やった。
真理衣は見覚えのある銀髪が陽の光をキラキラと反射させ、ズンズンと彼女の方へと向かって来るのに表情を引き攣らせた。
アルベルトを遠目から見つめる女達の多いこと。彼女らは、黄色い声を上げ興奮で頬を染めていた。
うわ帰りてぇ、と真理衣はくるりと背中を向け脱兎の如く逃げ出したくなったが、あまりに失礼なので気合いで耐えた。残念ながら顔は引き攣っていたが。
「すまない。待たせてしまったようだな」
「いえ、私もさっき来たところですので」
真理衣の目の前で立ち止まったアルベルトは淡々とした表情を真理衣へ向け謝った。真理衣とアルベルトが会話する様子に周りの女たちはザワザワと好奇の目で見ている。真理衣は胃がジクジクと痛くなるのを感じつつも、アルベルトに提案する。
「何処かお茶が飲める所と思ったのですけど、この街初めてなので土地勘が無く…アルベルトさんのお勧めのお店はありますか?」
「私も然程知っている訳ではないが、昨日見かけたカフェで良いだろうか」
「ではそこで!」
早く好奇の視線から逃れたい真理衣は、引き攣った笑顔でアルベルトに道案内を頼んだ。
「重そうだが、荷物を待とう」
「いえ大丈夫です!恩人に持たせる訳にはいきませんので!」
こんな美形に荷物を持たせる平凡な女がいるだろうか、いや居ない。真理衣は全力で断った。
首から取れそうな程頭を横に振る真理衣に、アルベルトはほのかに笑ったが残念な事に真理衣の目には無表情に映っていた。
暫く大通りを歩き脇道に入った所に、そのカフェはあった。煉瓦造りのその建物は小ぢんまりとした佇まいで、洒落た雰囲気を醸し出していた。吊るし看板にはティーカップの絵が描かれており、入り口の植木鉢には赤い花が植えられている。
アルベルトが扉を開け、真理衣の背中にそっと手を添える。二人は店内に足を踏み入れた。紅茶の良い香りが漂い、小ぶりな丸テーブルが幾つか置いてあった。客は居らず、とても静かな空間が広がっている。
アルベルトは壁際の席に近づくと、椅子をそっと下げ真理衣を座らせた。女性の扱いに慣れていないアルベルトではあるが、こういった事は必要最低限のマナーとして教育されている。
ごく自然にエスコートされた真理衣は目を白黒させた。さすが外国人、いや異世界だと真理衣はガチガチに固まったまま思った。
「いらっしゃいま…せ」
店主である初老の男は、客の顔を見て目を見開いた。いつぞやの騎士団のパレードでアルベルトの顔を見た事があるのである。アルベルトが華美な服装ではなく簡素な格好をしているのを見て、店主は彼がお忍びである事を悟った。
同席している真理衣にもチラリと目をやってから店主は緊張しながらもメニュー表を差し出す。アルベルトの隠しきれていない高貴な佇まいに、店主の手は震えていた。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
アルベルトは一つ頷くと、メニュー表を真理衣に差し出した。真理衣は眉を下げると申し訳なさそうにアルベルトに告げる。
「すみません…私字が読めなくて」
「そうか…。紅茶やケーキがあるようだ。どの様な物を好む」
「えっと、紅茶はミルクを入れた物が好きです…ケーキはクリームが乗ったものとか…果物がたくさん乗ってたりする物が…」
「ふむ…季節の果物を使ったケーキとミルクティーがあるが、それで良いだろうか?」
「あ、はい」
アルベルトが店主に同じものを二つ注文すると、沈黙が訪れる。店内が静かである事もあり、真理衣はモゾモゾと居心地悪そうに身じろぎした。
窓から差し込む日差しが丸テーブルを照らす。艶々とした質感のそれを真理衣はジッと見て、暫くしておもむろに口を開いた。
「えっと改めまして、昨日は助けて頂きありがとうございました」
「いや、当然の事をしたまでだ」
アルベルトの素っ気無い様に聞こえる台詞に、真理衣は挫けそうになった。会話続かねぇよ助けてアメリア。心の中アメリアに助けを求めた真理衣であるが、当然そんなものは届くはずもなく。
「あー…良いお天気ですね…」
「そうだな」
会話術が元々大した事無い上に、初対面のイケメンに対しては更にコミュ障になってしまう真理衣だが、気不味い空気をどうにかしようとする。残念ながら話題が縁側の年寄り並である。
「…えっと…昨日私たちを軽々抱っこされてましたけど…アルベルトさんのご職業は?」
「騎士団に所属している」
お見合いかよ、と自身の言葉に内心突っ込みを入れつつ真理衣が話題を絞り出す。狭い店内にカチャカチャと食器の擦れる音が小さく響く中、言葉少なにアルベルトが答えた。
真理衣としてはアルベルトにも話題を広げて貰いたかったが、残念ながら一言で終わってしまった。
せめて紅茶とケーキが来れば沈黙してもマシなのに、と真理衣が思った時目の前にケーキと紅茶がそっと置かれ真理衣は思わず店主を拝みたくなった。
「美味しそうですね」
「ああ、果物も艶々としていて美味そうだ」
「ユール神よ、あなたの慈しみに感謝しこの食事を頂きます。 ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧とする事をお許し下さい。アッバ」
真理衣の口から食前の祈りが紡がれた。真理衣は自然と溢れたそれに自身の事であるのに驚く。毎日練習していた為身に付いたのである。
アルベルトはそういえば彼女は神官見習いであったな、とケーキにフォークを沈ませながら思い出す。アルベルトはヨシュアからの報告を思い浮かべながら初対面として不自然で無い程度に真理衣を探る事にした。気になったら即聴取…完全に職業病である。
「貴女はエルトニア人では無さそうだが、何処の国の出身だ?」
あまり聞かれたく無いその問いに、真理衣は少し迷った後、小さく答えた。
「あー…言っても知らないと思いますけど…日本って言う国です」
「ニホン…確かに聞いたことが無いな…東方だろうか」
「えっと、サグドラって国に誘拐されたんで…ちょっと位置関係は分からないです」
真理衣は嘘とも本当とも言えない絶妙な返しをして引き攣った笑みを浮かべた。




