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第十一話 困った時は神頼み

国境近くの街、コルン。北の検問所より馬車で30分。日もだいぶ落ち、空はオレンジと藍色のグラデーションに彩られている。真理衣はヨシュアと共にその街の教会へ訪れた。ヨシュアが前もって手配していたお陰で真理衣は待たされる事なく責任者と顔を合わす事が叶った。

責任者、コルン教会神官長であるコンラート・ガウク。彼は神官になる前は商人であったが、30代という若さで神官長に上り詰めた。ヨシュアとは幼馴染という事もありこの教会が選ばれた。

この事は騎士団総司令官アルベルト・フォン・エルトニアにも伝わっている。真理衣がサグドラ国の宮殿に居た事から、まだ完全には信用されていないのである。それはユール神の加護があったとしても変わる事は無い。その為、不審な行動をしたらすぐさまヨシュアに連絡する事になっていた。


「まぁ、マリーさん次第だな」


ヨシュアはそっと呟くと、真理衣と悠をコンラートに託して教会から去って行った。真理衣は去っていくヨシュアの背中に頭を深く下げた。

真理衣は取り敢えず挨拶を、と口を開く。


「はじめまして、真理衣です。この子は悠です」

「コンラート・ガウクです。私の事は神官長と呼んで下さい」

「はい。宜しくお願いします」


コンラートはヒョロリとした体型の男性である。

長い黒髪を三つ編みにし、肩から垂らしている。小さな丸い片眼鏡を掛けており、これは魔道具であった。人の持つ能力値を数値化して表示する事ができる。

コンラートは人の良さそうな笑顔の裏で、真理衣と悠をじっくりと観察した。

真理衣に魔力は全く無いが、ユール神の加護がある。悠の方は常人の50倍という凄まじい魔力量を保持している事が窺え、更にユール神の加護持ちとあっては嫁の貰い手に引く手数多であろう。ここまでは良い、問題は真理衣の指輪から凄まじい神気を感じる事だった。それでいて魔道具の力を遮断しそれが何であるか、詳細が一切分からない。


なるほど面倒くさい、とコンラートは表面上は和かに、真理衣に椅子を薦めつつ少々考え込んだ。

指輪の力を彼女自身がどう使うのか。もしエルトニアに牙を向ける様であれば排除すべきと騎士団は主張するであろう。しかしコンラートとしては彼女の人柄を見てから判断しても遅くはないと思っている。元々コンラートはヨシュアほど報告を小まめにするタイプでは無い。

取り敢えずコンラートは真理衣に少々辛い仕事をさせ本性を見る事に決めた。


「ウチの教会もタダで置いて差し上げる程余裕がある訳ではありません。なので神官見習いとして仕事をしてもらいます」

「ええ、タダ飯食いになるつもりはないので…ただ、悠と一緒にいても問題ない仕事だと助かります」


真理衣は悠と引き離された事がトラウマになっていたのだ。図々しかっただろうか、と真理衣はコンラートの顔色を伺った。


「赤ん坊と母親を引き離す程理解のない場所ではありませんので安心して下さい。主に貴女に任せるのは教会の畑の手入れです。畑の側に赤子用の籠を用意させましょう。畑で採れた野菜は食糧難等になった際に、民に施しをするものです。女性の手で大変でしょうが…見習いは皆んなここから始めます。他にも神官見習いとしての仕事はありますが、それらも共に行動して問題ないです」

「分かりました。畑仕事はやった事がないのですが…どなたかに教えて貰う事はできますか?」

「もちろん。女性神官を1人、教育係として紹介しましょう。仕事は明日の朝からお願いします。貴女の部屋は北から6番目の塔の3階です」


真理衣はコンラートに鍵を渡され、彼の部屋から退室した。

実際のところ畑仕事は神官見習いでも通常男性に任せるものであった。コンラートは教育係に適した神官に伝えるべく、魔道具の通信機に手をかける。


「あ、ちょっといいかい?」




真理衣は手渡された鍵をまじまじと見る。首から下げられる様に紐が付けられており、革製のタグが一緒に付いている。タグには楔形文字に似通った文字と、龍の様なトカゲの様な生き物が描かれてあった。


「いや待てよ?北ってどっちよ??」


仕方なしに、真理衣は一つずつ塔を見て周る。塔の入り口の扉に文字が彫ってあるのに気付いた彼女は、タグと同じ文字の形を探した。広い敷地の中、塔と塔の間はそれなりに距離がある。所々に設置してあるランプの光がゆらゆらと揺れる。


「全部同じデザインの塔ってのが良くないと思う…せめてデカく文字を書けよ…近寄らないと見えねぇよ…」


サグドラ国の教会と同様、白い石を積み上げ造られた塔は一寸の違いも無く同じ形をしている。先端の形から窓の位置も形までも同じ。扉は中心の塔に向かって配置してあるため回り込まなくても扉が見られるのは助かる、と真理衣は額から滲む汗を拭った。

コンラートのいた塔から6個目で漸く同じ形の文字を見つけられ、真理衣はホッと息をついた。ちょうど彼の塔の正反対方向と覚えておこうと彼女は思いかけ、いや何処を基準にしても迷いそうだと考えを改めた。


「うわ、こっから登らなきゃじゃんよ…アラサーにはキツいわ」



真理衣はグッタリとしながら3階に着いた。まだまだ上の階があり、3階でまだマシだったと悠を抱え直す。生後1ヶ月の赤子を抱いて階段の上り下りをするのは怖いものである。


「なるほど、タグの動物がドアに描いてあるのか」


一つの扉に鳥の絵を見つけ、真理衣は自身の鍵とを見比べながら扉を探した。

3階には4部屋あり、真理衣は宛てがわれた部屋の前で立ち止まった。


「…おじゃましまーす」


床も壁も白く、クローゼットや棚も全て白で統一されている。棚には30cm程のユール神の像が置かれていた。ベッドが一つ壁際に置かれているのを見て、ベビーベッドは流石にないかと真理衣は苦笑した。


「全部白くて病院みたい」


まるで出産後に過ごした病室みたいだと、真理衣は思った。悠がモゾモゾ動き出し、泣き始めた。


「あっごめんね…ミルク欲しいよね」


サグドラ国から出て授乳をしていない。悠の空腹は限界に達していた。激しく泣き始めた我が子をあやしながら真理衣は気づいた。


「お湯がない!!」


母乳では足りないだろうと、哺乳瓶を取り出した所で気づいた真理衣は焦った。


「というかコンロも無いし、鍋も無いし…そんでもってオムツも少ない…どうしたら良いわけ?!」


真理衣の行動は早かった。部屋にあるユール神の像に向かって祈る。


「さっそく相談があるんですが!!」


困った時は神頼み。

真理衣の視界が一面の白になり、そこがユールの領域である事が分かる。

ユールが目の前に微妙な空気を纏って現れた。


「これ程までに早く呼び出されるとは…我も久々に驚いている」

「私もビックリです…育児に必要な物が一切ありません…困っています」

「…」

「困ったら呼んで良いって言ってたじゃないですか…」


ユールは思った。この娘、中々に図々しい。しかし彼自身の都合に付き合わせる予定もあるため、溜め息をつきつつも真理衣に訊ねる。


「何が入用だ?」

「えっと、ミルクを作るのにお湯が作れないのと、その後の煮沸に必要な台所も無いし、鍋もない…あとトングも必要で…オムツと粉ミルクも少ないし、あとそうだ!予防接種とK2シロップどうしたら…?!あとベビーベッドほしい!ついでに抱っこ紐!!」

「まてまてまて、其方我の事を便利屋か何かと勘違いしていないか?!」


ユールは、彼が思う神らしい口調をかなぐり捨てて真理衣の言葉に突っ込んだ。

真理衣は真理衣で必死だ。子育てはある意味戦なのである。


「いや本当に困ってるんですよ…元の世界だったら問題なく育児出来る事なんです…」

「うっ…そう言われると心が痛むが…我とて其方の世界の物は知らんのだぞ?」

「そこを何とか…!!!」

「…仕方があるまい…其方の世界の神に手を借りる」

「そんな事出来るんですか」


ユールは真理衣に暫く待つ様に言うと、白い空間から姿を消した。真理衣は悠を腕に抱いたまま彼を待つ。悠は空腹を忘れた様に泣くのをやめ、ぼんやりと母の顔を見ていた。

暫くしてユールが戻る。


「我も向こうの神も初めての試み故に…中々面白く有意義であった」


ユールのほくほくと楽しそうな様子に真理衣は首を傾げた。


「中々に面白い事を考えるのだ、向こうの神々は」

「どんな事が…?」

「あと、よぼうせっしゅ、けーつーしろっぷ?とやらはユウの魔力の質で問題ない」

「本当ですか…?」


医者でも無いのに分かるのか、と真理衣は疑いの眼差しを向ける。


「…医者以前に我が神であると忘れていないか?ユウの魔力は治癒能力に適している。故に本人にも効果があると結論付けた。其方の世界の神とも話し合っての結果だ」

「そうですか…分かりました」

「部屋に戻って確認すると良い。中々に面白い。鏡に触れれば分かる。向こうの神が気合いを入れて必要そうな物を揃えてくれた」

「鏡…?ありがとうございます」


真理衣が元の部屋へ戻されると、先程まで無かったベビーベッドと、楕円形の大きな姿見が設置されていた。鏡の縁には蔦と鳥の彫刻が施され、簡素な部屋では浮いていた。悠が再び空腹を訴え激しく泣き始める。


「ごめんねミルク作るから!鏡に触れるって言ってたよね…?」


真理衣は姿見の前に立つと、鏡面に触れる。鏡面が水面の様に波立ち、手がすり抜け真理衣は鏡の向こう側にいた。そこはマンションの一室を模した空間であった。台所と洗面所、そして風呂場がある。窓も扉も無いが間違いなく以前住んでいた家に酷似していた。


「ええっ!洗濯機まである!神か?!…いやリアルに神様だったわ…」


トイレが無いのは、塔の部屋に備え付けられているからである。一つだけある棚にオムツや粉ミルクなど必要な物が一式揃っていた。


「すごい…神様本当にありがとうございます!!」


真理衣は天に向かって手を合わせた。

ご都合主義の極み。

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