店主を紹介される
ここヘーゼルト国の王都は、様々な物流の要にもなりまた宣伝にもなっていた。
流行りの物から物珍しい物まで揃っている。そういったものがあるのなら、何かしらいわくつきの物もありそうだが王都に入る為の正門に入るのにも苦労する。
運んでくる荷物の点検、品物の用途など細かな所まで聞かれた。
商売を生業としている者からすれば、自分の商品に自信を持っている者が殆どだが中には金儲けをする為にあくどい事をする商人も確かにいる。
そう言った取り締まりが厳しいのもあり、この国の王都で店を開くには相当な努力と実績が必要だ。
同じ商人同士の蹴落としを行った過去を持つ者が居ようものなら、何処でその過去がバレたのか調べ上げられ偽証したとして牢獄に連れて行かれる、なんて噂も囁かれている。
王都で店を開けるというのは大きな夢でもあり、今までの行いが少しでも悪ければ悪夢を見る。
しかし、だからこそなのか。
この国で店を開けるもしくは持てると言う事実は、大きな自信にも繋がるのだ。
(そう言えば、ザフィールさんは今日も来るのかな)
開店の準備を進めるエレーネ。
ふと思い出すのは、作った薬の香りが実家のと似ていると言って訪れた騎士ザフィールの事。
整えられ短く切られた黒髪に、力強い瞳。周囲を警戒するような素振りから、王都の巡回を担当していると思われるが詳しくは聞いていない。
王都の朝市には興味がありつつも、足を踏み出すのにはまだ不安があった。1ヵ月、この王都で店を開き軌道に乗せる事が出来たがゆっくり見て回った事もない。
それ位に忙しくしていたのだと思い、朝市をやる時間に合わせて試しにお店を開いてみようと思った。試しな上に、王都に住んでいる人達は朝市を目的に来ているのは殆ど。
だから、すぐには人は来ないだろうと思ったのがいけなかった。
「あ……」
バッチリと目が合った。
普段はゆっくり食事も出来ないからと、軽く済ませるが本当はかなりの大食い。
油断した上に、大口を開けている所を騎士に見られどうして良いのか分からずにいた。
だが、その騎士から盛大なお腹の空く音が聞こえ思わず笑ってしまった。
「フフッ、今から用意しますね」
「あ、いや……」
恥ずかしそうに顔を逸らしながらも、弁明しようとしているザフィールがおかしくてついつい彼の分をと用意を進める。だが、エレーネはそこで気付く。その騎士の顔色が少し悪い事に――。
仕事の疲れというよりは、精神的から来るような感じに思えた。
そんな表情には、エレーネ自身も経験した事があるから気付いた。だから、思わず自分が使って効果があった薬を懐に入れる。
そうして話す内、ザフィールから朝市を案内しようと提案された。
女性の食事時に邪魔したのもあり、このままでいるのは苦しいのだろう。最初は悪いなと思ったが、ザフィールが引く気がないのが分かり言葉の甘える事にした。
その結果。
かなり充実した上に収穫もあった。朝市限定での薬草も売っていたが、ザフィールから言わせれば必ず朝市にしている訳ではないという。
彼と店主は顔見知りなのか、最初に教えてくれた時に「おや、ザフィールさん」と珍しがられていた。
「あ、今日はやってるんですね」
「そりゃあね。この間の魔物退治、助かったから良いのが採れたよ」
「いえ。俺の方が無理を言っているので」
「にしても。貴方も物好きだよねぇ。危険な地域に生えている薬草を取る為とはいえ、自ら進んで手伝おうだなんて」
「それはまぁ……。王都を守る以外に、俺にはやらないといけない事があるので」
その時に答えたザフィールの表情は悲し気になりながらも、決意を固くした強い意志を感じられた。
事情は知らないが、王都を守る以外に譲れない何かがある。
それを読み取れない店主ではないのか、また困ったら助けてくれと言えば「引き受けます」と即答した。
「とはいえね……。いくら好意でやって貰っても、お礼もなしには心苦しいよ」
「勝手に俺がやっているだけですから。代わりに珍しい薬草が手に入るし、こうして新しい取引先も教えるんです。今まで通りお礼はいらないので」
「はーまぁ、そういう事なら……。って、新しい取引先ってこの人かい?」
「えぇ。1ヵ月前に王都で開いた薬屋で、薬草を原料にした薬とは別に花を原料にした珍しい薬を売っている所です。とはいえ、全く薬草を扱っていない訳でもないので。1人で切り盛りしているので、お互いに助けてみてはどうですか?」
「ほう……。ふむ、ふむ」
一瞬だけ鋭く見られ、全身を見られるエレーネ。
その圧に思わビクリとなりどうすれば良いのかと思ったが、視線を逸らしてはダメだと思いじっと見つめ返す。
「くくっ、そう警戒しなくても良い。ザフィールさんから紹介されるのなんて、滅多にないからね。ついつい探ってしまったよ」
「え、あ……そう、なんですか」
「そうだとも。この真面目様は、ちょいと歪なんでね。自覚しているのに直す気がないのも問題だが」
「そこで俺に振るんですか」
「しかもこんな美人さんまで紹介してくれるなんて、ね。ま、これはお互いのお近付きの印にっと。オマケしとくよ」
「へっ、あわわっ……」
反射的に受け取ったのは、透明な粘液が入った小瓶。
水のような透き通るような薬なのだろう。思わず色んな方向に瓶を傾ける。
「薬を扱うなら、手のケアはちゃんとしないといけないよ。薬同士の反応によっては、自分自身にもダメージがあるから」
「と、いう事はこれはそのケアをしてくれる薬……?」
「ウチのとっておきだよ。ついでに似たような物でも作って、看板商品にでもしてくれや」
「えっ、そんな事……」
「出来たら、その才能を見抜けたこっちが優越感に浸れるし俺が最初に見つけたって自慢できるからね。ま、若いんだから色んな事を試しておくと良いさ」
「で、では……。ありがたく使わせていただきます」
その薬の扱い方を聞き、大事そうにしまうと手招きをされる。
「まずはその薬をザフィールさんにでも渡すんだね。顔色を見て察したんだろう?」
「っ……!!」
密かに持っていた薬に気付かれ、思わず顔を赤くする。
愉快そうに笑ったが、すぐに真剣な顔をして説明をした。
「ザフィールさんは、自分の事は無頓着なんだよ。いつ消えても良いような身構えでいるのが心配でね……。ま、あんな事があったから無理もないが。それとなく様子を見といてくれ」
「……え、あ、はい?」
話を詳しく聞けるような雰囲気ではない。
願いをされてしまい、反射的に「はい」と答えると店主はニコニコしてエレーネを送り出す。
「ほい、これは俺の店の地図だよ。何かあれば自由に出入りしていいよ。君は大歓迎だ」
何故だか認められてしまった。
そんな不思議な疑問に思うエレーネに、会話の内容を聞いていないザフィールは周囲を警戒するように周りを見ている。
巡回していたであろう警備隊とザフィールが何やら話し込んでいる。
その警備隊は、ザフィールに向けて軽い敬礼をしているのを見て上官なのだろうか、とそんな疑問がわいた。