お礼の薬
互いに軽い自己紹介を終え、せっかく用意して貰ったサンドイッチを食べる事に。
「本当ならこの後、朝市で食事をしようとしていたんだ。決して邪魔をする訳ではなかったんだ。申し訳ない」
「いえいえ。私も油断してたのがいけないので」
言い訳をしていると自覚しながらも、一応はと思い伝える。
するとそんなザフィールの様子がおかしいのか、エレーネはクスクスと笑っている。サンドイッチと合わせて彼女が用意してくれたのが、花の香りが漂う紅茶だ。
茶葉の香りも好きだが、不思議と心が落ち着くのは先ほどの花の香りを懐かしく思うからだろう。
「それで騎士様は、何かをお求めで?」
「え、あ……」
薬屋に訪れたのだから、理由は怪我や体調が悪いからだろうと思われた。だが、ザフィールは正直に言う訳にもいかない。
まさか、この国の王太子から様子を見てくるように言われたからだ、と。
そして王都で開いてから1カ月が経ったこの薬屋の素性などは既に調べ上げている状態だ。
だから、最初に自分がここに足を運んだ理由を正直に告げた。
ここから香る花が、実家を思い出させたのだと。
「そう、ですか。では怪我をしていたからではないんですね」
するとエレーネはホッとしたような、しかし少し悲し気に言った。
その妙な表情に、ふと疑問に感じたが無視を貫く事としサンドイッチを完食。そんなやりとりをしていると、賑やかな声が聞こえてくる。
朝市の出店や元気の良い店主達の呼び込みもあり、もうそんな時間かと思った。
「コホン。良ければ朝市に行くかい? その、さっきのお詫びとまではいかない、かも知れないが……」
「え」
「王都の朝市は採れたての食材を売っているし、薬の材料になるような物もあるだろう。種類が多くて分からないのなら、俺が払うし荷物も持つ」
「え、え、え……」
まさかそこまでして貰う気はなかった、と表情を見れば分かる。だが、女性が1人で切り盛りするには何かと必要なものが多いだろう。店内を軽く見ただけでも、他に従業員が居るような感じもない。1人旅をして、この王都に来るのにはかなりの苦労がある。
馬車に乗せて貰うにも、薬草を見付けるのに護衛を雇うのだって決してタダで行う訳ではない。少なくとも、お礼として謝礼を払っている筈だ。
店を軌道に乗せるのだって大変な筈。
やり過ぎだとは自覚しているが、ザフィールの気が済まない。そんな気迫を感じ取ったのか、エレーネは深呼吸をして返事を告げる。
「では、お言葉に甘えても良いですか。その、実は気になっていたんです……」
「あぁ、任せてくれ」
少し恥ずかし気に言ったエレーネに、ザフィールはやる気が出る。
王都に来て1ヵ月、全てを網羅するのにはまだ時間が足りない。王都の朝市は、辺境に居たザフィールにも有名であると伝えられている。
自分が朝市を回った事を思い出しながら、エレーネを案内したり夜道を歩かないといけない時のルートなどを丁寧に教えていった。
興味があったというのは事実のようで、彼女はザフィールの説明を聞きながらも色々な物が売られ活気溢れる風景に瞳をキラキラとさせていた。
そのキラキラが、薬の小瓶を輝かせていたのと被るように真っすぐなのだと感じる。
「凄い活気があって楽しかったです。ありがとうございます」
ホクホクとした笑顔なのは、朝市限定で売られている薬草を手に入れられたからだろう。
辺境で薬について研究の手伝いをしていたのもあり、ザフィールは薬草を見る癖が抜けないでいる。そして、今の彼女のように朝市限定で売られている時があるのも知っていた。
朝市限定とはいえ、次の朝市で必ずある訳ではない。
珍しい薬草を手に入れるのには、売る側も相当の覚悟が必要だ。危険な地域に生えているのもあるが、効能が凄まじい。とはいえ、それを広げ過ぎると薬草が狩りつくされる可能性もある。
だからこそ朝市限定ではあるものの、売る側の店主はザフィールの顔を見ると優先的に進めてくれる。ザフィールも、店主とは顔見知りでもあるし実際に薬草を取るのにも協力した事がある。魔獣がいつ来ても言い様に、体を鈍らせる訳にはいかないので休みの日にはこういった事を自主的にやっている。
レクトには内緒で行っているが、まぁあの王太子の事だ。絶対にバレている上に、分かって上で自由にさせているのだろうとも読めた。
「あの、これはお礼です。良かったら使ってください」
「え」
エレーネの店で荷物を小分けにしたりと、手伝いをしていたザフィールに渡された黄色の液体が入った小瓶。その小瓶には星のマークが描かれている。思わず薬代を出そうとしたのを、エレーネは止めた。
「付き合ってもらったお礼です。これには疲労回復とリラックス効果があります。ご自分で気付いてないかも知れないですが、よく寝れてないようですよ。無理しているのが分かるので、この薬を飲んで少しでも元気を取り戻してください」
良ければまた来てくださいね♪
ちゃっかり店の宣伝もしつつも、ザフィールの体調を気遣うようにして渡されてしまった。
ザフィールの行動は、しっかりとレクトに報告されている。
彼の失敗も含めて隠さずに報告されているので、レクトはその行動に大爆笑していたとは知らずにいるのだが、バレた時が大変だろう。