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懐かしい匂い


 辺境伯は、国境の守りを担っている。しかし、ただ国境を守ればいいというものでもない。

 領地の統率をしながら、辺境だけが作れる特産物を生み出す。幸いにしてこの土地は、薬草を育てるのに適している上に自然が多い。

 剣を振るう事に集中していたが、自身の怪我の状態も見れないのは不味い。少しでも憧れの父に近付く為に、ザフィールが密かに続けていた薬草の観察と薬の研究。

 傷薬を作りその効能も良い事から、商人だけでなく領地の人達にも好評。国境を守る自分達用に携帯出来るように改良すればかなり喜ばれた。

 流石に薬の研究は、ザフィールには難しいので薬師を専属で雇っていた。


 不思議と薬の匂いは嫌いではなく、むしろ好ましい。

 ふと、その好ましい匂いがして足を止めた。


「……あれは、薬屋だな」


 王都には様々なお店が立ち並び、朝、昼、夜も賑やかだ。週の終わりには朝市もやっており、普段は早起きをしない人達が欠伸を噛み殺しながらも、その日の獲れたての野菜や肉、朝市限定の食事などを選ぶ。昼、夜とは違った爽やかな賑わいがザフィールは好きでいる。


「花の薬……。薬草とは違った効能、ね」


 好ましい匂いがして足を止めたのは、懐かしさと同時に興味が惹かれたのもある。

 薬草とは違い、花を原料にした珍しい薬。そう言えば、とレクトから聞いた事があるなと思い出す。


「最近、王都で噂になっている店があるんだ」

「いかがわしい店に興味がおありで?」

「違うっての!!」

「そうですか。ではビリー様にはそう報告しますか」

「あーもう、ビリーの事を巻き込むなっ」


 弟のビリーの名を出せば、顔を真っ赤にして否定するレクト。

 兄の威厳を保ちたいのが丸わかりであり、思わず兄2人の事を思い出す。兄達も自分やベルトにはこういう風に見せたかったのだろうか、と。


「なんでも薬草を原料にした薬じゃなくて、花を原料にした珍しい薬なんだ。花の香りも楽しめるからって、貴族達の間でも噂になってる。怪しい店じゃないし、事前調査は済んでいる」

「……そこまでするんですか」

「するに決まっている。管理しているのはこちらなんだ。不正があったじゃ済まさないし、見落としていた、なんて言い訳にもならん。それはこっちも同じだがな」


 そう言ってレクトが取り出したリスト。

 軽い不正から王家に反するような数々まで細かい所まで。既に悪い顔をしているレクトは、どう処理してやろうかと楽しそうにしていた。


「ビリー様には見せられない顔ですね」

「当たり前だ。ザフィールだから見せてる」

「どんな気分で見ればいいんだ、こっちは」

「とにかく、だ。こちらの事前調査では正規の店だが、中には繁盛されたら困る所も出る。王都に移って1ヵ月経つが嫌がらせの類がエスカレートしてないか……様子を見に行ってくれ」

「それ、護衛と関係ないですよね?」

「王太子命令には逆らえないだろ」

「……やっぱりビリー様に伝えますか。尊敬する兄が極悪人ですよって」

「性格悪くなったな」

「誰の所為ですか誰の」


 そんな軽い言い合いをしながら仕事を進めていき、王都に出来たであろう薬屋の少なからず興味が沸く。朝早くから様子を見ようとして、どうせなら朝市の時間帯にしようと考える。巡回している風に見えるし、夜中の内に悪戯の類が全くないとも限らない。

 

 その朝市から花の香りが漂う。

 強いものではなく軽くてふんわりとした心地の良い香り。それが、懐かしくて思わず進むスピードが早くなる。

 恐らくだが、レクトは領地を思い出させようとしているのかも知れない。

 5年もの間、1度も帰らず手紙だけのやりとり。ザフィールは戻りたいとも言った事はないが、あの用意周到な王太子の事だ。

 自分のそんな心は見抜かれているのだろう。変に気を使わせたな、と思い薬屋の前に来て入る。

 カラン、カラン、と。鈴の音が連続で鳴る。お店の看板には、閉まっていると表すようなものはなかった。

 だから、朝市から営業しているのだろうと思い――ピタリと足を止めた。


「あ……」

「……」


 そこに店主は確かに居た。

 しかし、彼女は大きな口を開けて今まさに大きなサンドイッチを食べようとしていた。運悪くザフィール外入ってしまったのもあり、2人の中に気まずい空気が流れる。


「す、すまない……。時間をおいてまた」


 ぐううぅぅ、と自身のお腹がなり今度はザフィールが沈黙を貫く。

 気まずい空気から一変し、彼女がぷっとおかしそうに笑う声が聞こえる。


「ふふっ、騎士様もお腹が減ってるんですね。待っていて下さい、今持ってきますから」

「あ、いやっ。別にそれは……」


 断ろうとしても、既に彼女の姿はなくバタバタと忙しそうにしているのが分かる。

 何という失敗だと自己嫌悪に陥る。ここで断る訳にもいかないかと店に入り、軽く周りを観察する。


 薬が入っている小瓶には、星や丸といった可愛らしいデザインのものが多い。それが、朝日を浴びてキラキラと反射しており綺麗だなと思った。


「お待たせしました、騎士様。ここで会ったのも何かの縁です、一緒にお食事しましょう?」


 私はエレーネです。と元気よく答える彼女に、ザフィールはふと笑みを零す。

 互いに恥ずかしい場面を見てしまったが、気まずさよりもこういう元気のある方が良いと心から思った。

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