Episode1
それは昔々のこと。ある村に、いつのまにか知らない少女が住んでいました。村人たちは、少女のことを気味悪がり、「悪魔」や「魔女」とひそかに言っていました。
少女は何かを探しに、森に入ります。森の動物たちから話を聞き、少女が探しているものとは…?
昔々、ある村に一人の少女がいました。
と言っても、少女はこの村の生まれではなく、村人達が知らない間に、それこそいつの間にかはわかりませんが村に住んでいました。他人の家に勝手に上がった訳ではなく、廃屋に移り住んで来ていたのです。
少女は一人で森の中に入り、薪を拾い、木の実や木の芽を摘み、また廃屋に帰っていくのでした。またある時は、森の中を流れている川の真ん中に足首まで浸かり、歌を歌っているところを別の村人が見ていました。歌詞はハッキリとは聞き取れなかったものの、静かで、それでいて何故か悲しそうな旋律でした。夜中になると、廃屋の煙突から静かにポッポッポッと煙が出、部屋の片隅に灯りが灯っていました。
村人達は、悪さこそされていないものの、何処から来たのか分からない少女に密かに怯えていました。ある者は少女の事を悪魔が遣わした魔女だと言い、夜な夜な何か儀式を行っているに違いないと主張しました。
「魔女の儀式に違いねえよ」
その男は声を潜めて、酒場の同じテーブルについていた村人たちに言いました。
「昼間の内に、儀式に使う材料を取りに、森の奥に入ってるんだ」
「だがよ」と別の男が言いました。
「森の奥は確かに不気味なとこだがよ、今まで入った奴がいない訳じゃねえぜ」
この男は猟師でしたので、獲物を求めて森の奥に入ったことは何度もあったのです。
「少なくとも、俺は何度も森に入って帰ってきた」
そう言って、酒をぐいっとあおりました。
「よく考えてみなよ。お前さんは村一番の猟師だし、鉄砲も持ってるから、猪やら熊やらが出てきたって恐れることはねえや。だが、あの娘っ子は鉄砲どころかナイフも持ってねえんだぞ。森の奥にはおっかねえ獣がウロウロしてるって言ってたじゃねえか」
その意見を聞いて、猟師は喉元まで昇ってきていた言葉を飲み込みました。
「魔女かどうかは分からないけれど」
そう言ってテーブルに近づいてきたのは酒場のおかみでした。
「あたしとしちゃあ、あの娘に子どもを近づけたくないね。ある日突然、何処からか湧いて出たなんて、幽霊みたいで気味が悪いじゃないか。ひょっとしたら、あの子は死者なんじゃないかね」
「あの世から戻ってきたってのかい?」と最初の男が言いました。
「確かに、雪みたいな真っ白な肌だ。赤い血が流れてるようには見えねえな」と猟師も言いました。
「きれいだけど、どこか人間離れしてるのよ。天使とは違うし、でも悪魔ってわけでもない。死者が生き返ったって感じなのかね」と酒場のおかみは言いました。
「死者ならなにも、村で暮らす必要はねえだろう。墓の下に住んでると相場は決まってらあ」と最初の男が赤ら顔で言いました。酒を飲みすぎて、たいそう酔っぱらっていたのです。
「それにだ、死者が暮らしてる村なんて気味が悪いじゃねえか。それならさっさとお引き取り願おうぜ」
「なら、お前さんが話をつけに行くかい? 『死者様、なんの思いのこしがあるかはご存じあげませんが、安らかにお眠りください』とでも言ってみるか?」と猟師が冗談めかして男に言いました。
「少なくとも、俺は無理だね。熊やら狼みてえな獣どもならかわいがってやるが、得体の知れないものを相手にはできなねぇな。寿命が縮んじまう」
そう言って、猟師は残っていた酒を残らず飲み干しました。
「牧師にでも来てもらうしかないのかね。あの子がこの村に住み始めてから、どうにも村の空気が重苦しい気がするんだよね」
酒場のおかみは不安そうにそう呟きました。
「なんにせよ、災いを運んできそうなのは間違いねえ。用心するにこしたことはねえよ」
酒場で大人たちがそんな話をしていたそのころ。
少女はかごをもって、森の奥深くへと出かけようとしているところでした。
「今日こそ、見つけられるといいのだけれど」
そう静かに呟きました。
扉を開けて、てくてくと道を歩いていきました。その途中、村の子ども達がみんなで遊んでいるところに出くわしました。そちらをちらりと見ることもなく、少女は歩いていこうとしました。すると一人の男の子が「やい、悪魔!」と大声で叫びました。
「知ってるんだぞ。お前、あの世からやってきた悪魔なんだろう。父さんがそう言ってるんだ。ここにいるみんなだってしってるんだぞ」
そう言って、他の子ども達を見渡しました。ある子は自信たっぷりにうなずき、ある子はおどおどしながらもやはりうなずきました。
「そらみたか。みんなお前が悪魔だって知ってるんだ。早くどっかに行っちまえ!」
しかし少女は気にも留めない様子で、また歩き出しました。しずかにてくてくと、まるで子供たちの言葉なぞ聞こえていないようでした。
「やい、聞いてるのか。この悪魔め」と最初の男の子が少女に悪態をつきました。それにつられてか、他の子ども達も口々に「悪魔」だの「魔女」だの「疫病神」だのと悪態をつきました。
その時、少女は立ち止まり、ゆっくりと振り返りました。その顔を見た子供たちはまるで金縛りにでもかけられたかのように固まってしまいました。
顔は雪のように白く、とてもかわいらしい顔立ちでしたが、子ども達が固まってしまった一番の理由はその両目でした。
左の眼が蜂蜜のような金色、もう片方の目がまるでガラスのように透き通った透明だったのです。
男の子は何か言おうとしましたが、体が震えてうまく言葉になりませんでした。
少女は子供たちを見渡した後、また歩き出しました。
少女の姿が見えなくなってからしばらくして、子ども達は糸が切れたように地面にへたりこみました。
「やっぱり、あいつ人間じゃないよ」と最初に少女に向かって悪魔と叫んだ男の子が震える声で言いました。その顔は真っ青になっていました。
「あの時、声をかけるべきじゃなかったのよ」と金髪の女の子が、やはり同じく震える声で言いました。
「私たち、楽しく遊んでいればよかったのよ。知らんぷりしていれば、こんな事にはならなかったのに」
そう言って、泣き始めました。
つられて、他の子たちも泣き始めました。
「だけど、君だって『悪魔』って言ったじゃないか。みんな同じだよ。みんながいけないんだ」と別の男の子が少しハッキリした声で言いました。もちろん、この子も怖かったのですが、それでも言わないといけないことはしっかり言う子だったのです。
「もう帰ろうよ。僕、呪われたくないよ」
おどおどしながらもうなずいた子が、泣きそうな顔をしてみんなに呼びかけました。
その言葉を合図に、それぞれ手をつなぎながら子どもたちはみんな、家に帰りました。
家につくなり、子どもたちは扉を閉め、部屋に入って神様に祈りました。
さて、その頃少女はというと、森の入り口に着いていました。お昼前でしたのでまだ陽は昇りきっていませんでしたが、それでも森の中を明るく照らしていました。
「さて、今日こそ見つかるといいのだけれど」
もう一度そう呟いて、少女は森の中に入って行きました。
森の入り口は、村人たちがよく枝を拾ったり、木の実を摘みに来るので、歩きやすいように石畳が敷かれていました。
うさぎが木と木の間をはねまわり、鳥は枝にとまってさえずり、鹿の親子は木の芽を食べていました。
そんな中を、少女はてくてくと静かに歩いて行きました。
動物たちは、少女のことをちらりとみるものもおりましたが、あまり気にせずに好きにしていました。
少し歩いた頃、川が流れている場所に出ました。小さな川でしたが、魚もすんでいましたので、村人が時々釣りをすることもありました。
「ここらで、お昼にしましょう」
そう言って近くの切り株に腰かけ、かごの中から木の実のジャムを塗った黒パンと、ハッカ水が入ったビンを取り出しました。
少女が黙々とパンを食べ、ハッカ水を飲んでいる間、動物たちがじっと見ていました。
食べ終わった後、少女は立ち上がり、かごを切り株に置きました。それから靴を脱ぎ、川へと入って行きました。川の真ん中まで行くと、目を瞑って両手を組み、しずかに歌い始めました。
とてもしずかな歌でした。あたりの動物たちはみな、目をつむってじっと聞いていました。
歌い終わってしばらくすると、少女は目を開けて、大きく息をつきました。
ちょうどその時、川から魚が一匹、スーッと少女の足元に近寄ってきました。
「どうしたんだい、お嬢さん。なぜそんな寂しそうな声で歌うんだい?」
「探しているものがあるの。最近、変わったことは聞かなかったかしら」
「変わったことか。いや知らないな。近くに村の女達が来ていたよ。そっちに聞いてみたらどうだい?」
魚がそう言いました。
「あまり、あの人たちと関わりたくないの。他に変わったことを知っていそうな方に心当たりはないかしら?」
魚はしばらく考え込んでいましたが、やがてうなずきました。
「猪に聞いてみたらどうだい。あいつらはいつも群れで動いている。何か知っているかもしれないよ」
「どうすれば、猪たちに会えるかしら」と少女は魚に尋ねました。
「このまま、森の奥に入っていくといい。彼らはそこにいることが多いから、すぐに会えると思うよ」
「親切にありがとう」
少女がお礼を言うと、魚は一度バチャンと跳ねて、川の中に戻って行きました。
「やっぱり、ここじゃないみたい。もっと奥へ入ることにしましょう」
少女はそう言って、切り株のもとに戻り、置いてあったかごをとると、森の奥に入っていきました。
森の奥は深く、お昼でも陽の光がほとんどささないぐらい暗いのです。おまけに、熊や狼や猪などの人を襲うような獣がうろついていましたので、村の大人たちは子供たちに『森の奥深くには入っちゃいけない。でないと獣に食べられてしまうよ』と言い聞かせていたのです。森の奥深くにはいるのは猟師ぐらいでした。
そんな森の奥深くに少女はてくてくと歩いて行ったのです。
その一部始終を、村の女の一人が見ていました。料理に使うきのこや魚をとりにきていたのですが、もう少し奥に入ればたくさんとれるかもしれないと思い、一人で森の奥近くまで来ていたのです。
女は自分が見たものが信じられず、口に手を当てて固まっていましたが、気が付くやいなや、大急ぎで皆のもとに戻りました。
「あんたたち、大変だ。大変なことが起こったよ」
「どうしたのさ、そんなに真っ青な顔をして。熊にでも出くわしちまったかい」と一人の女が尋ねました。
「熊なんかよりももっと恐ろしいものさ。例のあの娘さ」と帰ってきた女は額の汗をぬぐいながら、息も絶え絶えに言いました。
すると、女たちの表情が固まりました。
「例の娘って、あの廃屋のかい? なんだってこんなところに」
「知らないよ。けど、確かに見たんだ。さっき、川の真ん中に立って何かつぶやいてたんだ。あたりの動物たちはみんなそれじっと聞いてた。その後、また何かつぶやいて森の奥に消えちまったのさ」
「森の奥に? 男だって一人では行かないところだよ。それに動物たちがあの娘のいうことを聞いてたんだって? やっぱりあの娘、噂通りの悪魔なのかね」
別の女が不安そうにつぶやきました。
沈黙が流れた後、最初に何があったかを尋ねた女がこう言いました。
「よし、とりあえず、きのこや魚は十分とれた。帰ろうじゃないか。それと、村に帰ったら村長にこのことを報告しにいこう。村の誰もがあの娘には困ってるんだ。これからどうするのか話をきいてみようじゃないか。それでどうだい」
女たちはみな、それに賛同しました。それを聞いて、最初の女は誰にも気づかれないよう、息を小さく吐きました。実はこの女も内心怖かったのです。
女たちはりんごやきのこ、魚が入ったかごを背負うと一列に並んで森を出、村に帰りました。
そんなことも知らない少女は、森の奥深くに入り、あたりをきょろきょろと見渡していました。
「この辺りはどうかしら」
そう言うと、目をつむって両手を組み、歌い始めました。その時、風が吹いてきて少女の歌声はかき消されてしまいましたので、はっきりと聞き取ることはできませんでしたが、先ほどと同じく、まるで何かを探しているようでした。
少女が歌い終わると、ぞろぞろと猪たちが集まり、みんなで少女を囲い込むように輪をつくりました。さらに、そこに一頭の猪が現れました。子牛ほどもあるその体にはナイフのような牙がついていて、少女の体にぴたりと向けられていました。
「お前さんかね、近頃森の中で悲しそうに歌っているのは。その歌を聞くと、なぜかわしらも悲しくなってくる。やめてくれんかね」
実はこの猪は猪の長老だったのです。
「お気に障ったならごめんなさい。けれど、どうしても探さないといけないものがあるの。最近、何か変わったことはないかしら」
少女はそう尋ねました。
「変わったことか。いや知らんね」
猪の長老はふがふがと鼻を鳴らしながらそう答えました。
「わしらが知っていることはほんの少ししかない。鹿に聞いた方が良いかもしれんな。あいつらはこの森を毎日駆け回っているから、何か知っておるかもしれん」
「ありがとう。どこに行けば鹿たちに会えるかしら」
「この先をずっと進んでいくと、3本に枝分かれした道に出る。左の道を進んでいくと、大きな木が立っている原っぱにでる。その木の根元にうろがあって、そこに鹿の長老が住んでいる。そいつに尋ねてみるといい」
猪の長老はそう少女に教えてくれました。
「親切にどうもありがとう」
少女はそう礼を言って、歩き出しました。
道なりに進んでいくと、猪の長老が言った通り、3本に枝分かれした道に出ました。少女は教えられたとおりに、左の道を歩き始めました。最初はやぶだらけで薄暗かったのですが、途中からぽつぽつときれいな花が咲き始め、陽の光も差し込んできました。もう少し歩いたころ、大きな木が立っている原っぱに出ました。少女はその木に近づき、「ごめんください」と呼びかけました。
「鹿の長老さんはいらっしゃいますか」
うろに少女の声が響きましたが、何も反応がありません。
少女はもう一度呼びかけましたが、やはり同じでした。
ちょうどそこに、一頭の若い鹿が通りかかり、少女に「何の用か」と尋ねました。
「猪の長老から、あなた達の長老を訪ねるように言われてきたんです。鹿の長老さんはいないのかしら」
「長老は今頃、水辺にいるはずだ。この近くをブラブラ歩いてから、その水辺に行って喉を潤すのがいつものことだから。もう少しで戻ってくると思うが、どうするね?」
「では、ここで少し待たせてもらってもいいかしら?」
「かまわないとも」と鹿はうなずきました。
少女はうろの近くの根に腰掛けました。その様子を他の鹿たちがじっとみつめていました。
少し経ったころ、虹色に輝く毛並みをした、立派な角を持った鹿がやってきました。
「長老よ」と少女に声かけた若い鹿が、その鹿に呼びかけました。
「どうしたね」と鹿の長老が尋ねました。少ししゃがれた声でしたが、とても柔らかい口調でした。
「客人が来ております。なんでも、猪の長老から尋ねてくるように言われたとのことです」と若い鹿が答えました。
「ほう。そちらのお嬢さんかね」と少女の方を見て、鹿の長老が言いました。
「初めまして。猪の長老さんに、あなたのことを聞きました」と少女は言い、お辞儀をしました。
「これはこれは。ようこそ。ここに来た人間はお嬢さんが初めてだ。大したことはできないが、ゆっくりしていっておくれ」
「お誘いはとてもありがたいのですが、ゆっくりはしていられないんです。最近、この森で何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったことか。難しいものだ。世界では何かが常に変わってゆく。何も変わらない時などない」
鹿の長老は、まるで遠くをみているかのように話しました。
「それはどういうことですか?」と少女は気になって尋ねました。
「ただの鹿の独り言だ。気にしないでおくれ。ところで、お嬢さんはどうして変わったことを探しているのかね」
「失くしたものがあるんです。何かは覚えていませんが、とても大切なものだと思うんです」
少女は、ぎゅっと両手を組み合わせながら言いました。
「お嬢さんが探しているものが何かは分からない。私たちに助けられることは少ないようだが、いいことを教えよう」
鹿の長老はそう言って続けました。
「この森の中に古くから生えるハシバミの木がある。その木には2羽のカラスが住んでいて、夜な夜な昼間見聞きしたことを話しているのだ。ひょっとすれば、そのカラスたちなら何か知っているかもしれない」
「そのハシバミの木にはどうやっていけばいいかしら?」
「とても迷いやすい道だ。私たちの中から一匹、お嬢さんを案内させよう。ただでさえ、夜の森は危ないものだから」
そう言って、周りの鹿を見渡し、誰か案内してあげてくれるものはいないかと尋ねました。
「では、私が行きましょう」
最初に少女に声かけた若い鹿がその役割を買って出ました。
「では、夜にまたここへ来たらいいのかしら」と少女は尋ねました。
「いや、その必要はない。森の入り口で私はお嬢さんを待つことにしよう。だから、今はおかえり」
少しずつ、日も暮れてきていましたので、少女は一度家に帰ることにしました。鹿たちに見送られ、少女は来た道を戻ってゆきました。
そのころ村では、森から帰ってきた女たちが、森で見たことを村長に話しているところでした。
「で、あの子はそのまま森の奥に入って行ったんだ。それからどうなったかは知らないけど、きっと何か恐ろしいことをしているに違いないよ」
見てきたことの一部始終を話した女は、そう言って座り込みました。
「村長、どうするんだい。あの子をこのまま、この村に置いておくのかい」と別の女がききました。
すると違う女が、「それは困るよ。うちの子はあの子のことを怖がってる」とすぐさま言いました。
「うちもだ」「うちもよ」と他の村人からも同じ声が上がりました。
「うちのぼうずが外から帰ってきた時に聞いた話だが、あの娘っ子、やっぱり人間じゃないのかも知れねぇぜ」と酒場で酔っ払っていた男が言い出しました。
「何かあったのかい?」と女が尋ねました。
「おうよ」と男は言い、自分の子どもから聞いた話をしました。
男からの話を聞いた後、赤あかと燃えている火をみつめながら、誰も何も言いません。
しばらくして、村長が重い口を開きました。
「一度、教会の牧師にでも来てもらおう。悪魔でも魔女でも、儂らの手に負えるもんじゃない。神に仕える人の前なら、何人たりとも悪いことはできんだろう」
その言葉を聞いて、皆一安心しました。大人でも怖い事ってあるもんなんですよ。
さて、その頃少女はというと、ちょうど廃屋に帰ってきたところでした。古ぼけた暖炉に火をおこし、森で採ってきた薬草で作ったお茶を火にかけている間に服を着替え、椅子に座って一息つきました。
「やっと、探していたものが見つかるかも知れない」
そういって、熱いお茶を一口すすりました。
それから、うとうととまどろんで、知らない間に眠ってしまいました。少女が目を覚ますと、お日さまはもういなくなり、お月さまが顔を出そうとしているところでした。
「何か食べておいた方がよさそう。まだケーキは残っていたかしら」
そう言って戸棚の中を覗くと、木の実が散りばめられたケーキが一切れありましたので、少女はそれを食べ、残っていたお茶を飲み干しました。
「お星さまも出てきたし、もうすっかり暗くなった。鹿さんをお待たせするのも悪いから、そろそろ出かけましょう」
そう言って、少女は森に向かいました。
森の入り口には約束通り、若い鹿が少女を待っていました。その毛並みはお月さまに照らされて、薄く金色に輝いて見えました。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「いや、大したことはない。では行くとしよう」
そう言って鹿は歩き出しました。少女はその後をついて行きました。
枝をかき分け、道なき道を進んでいきます。姿は見えませんでしたが、時々、フクロウが「ホウホウ」と鳴く声が聞こえました。
「あなたは、カラスが住むハシバミの木に何度も行ったことがあるの?」
「ああ、小さい頃に一度。大きくなってから二度行った」
鹿はそう答えました。
「なぜ?」
「何か理由があったわけではない。長老に連れて行ってもらったんだ。私たち鹿は、子どもの頃にカラスとハシバミの木を聞くのが習わしになっている。私以外の鹿たちも皆、時々カラスの元に行っている。話をただ聞きに行くだけだが、それでいいんだ」
そう言うと、鹿は立ち止まり、振り向いて少女の目を見つめました。とても優しい目でした。
「聞いた話をどう受け止めるかは自分次第だ。カラスたちは自分たちが聞いた話を喋っているだけだから。そこから何を得るのかはお嬢さん次第だ」
少女が頷くと、鹿はまた歩き始めました。
しばらく歩くと、たくさんの木が生い茂っている場所にでました。その中に一本、ハシバミの木が生えていました。
「あそこだ。あの木の下まで行ってごらん。私はここで、お嬢さんを待っていよう」
「ありがとう」
そう言って、少女はハシバミの木の下に向かいました。
ハシバミの木では、鹿の長老が話してくれた通り、カラスがカアカアと話をしていました。
「向こうの山の狐が、蜂に尻尾を刺されたらしい。赤く腫れ上がって、とても見られたもんじゃないらしいよ」
「そりゃあ、お気の毒に。尻尾をピンと立てられないんじゃ、やっこさんしょげかえってるに違いない」
「赤い木の実を潰して塗り、池に生えている水草をその上から貼れば、あっという間に治るんだけどねぇ」
「その山の向こうの街じゃ銀の卵を産むめんどりたちがいるんだけど、最近卵を産んでないもんで、そろそろ首をしめられて鍋に放り込まれるそうだよ」
「かわいそうなこった。飛べないから逃げられないなんて、たまったもんじゃない」
「小屋の下に蛇が住んでいて、そいつが夜な夜な卵を丸のみしちまってるのさ。そいつを殺しちまえばいいだけなんだけどねえ」
「その街の向こうの城では、王様が大事にしているガラスの花が誰かに盗まれているらしい。兵隊が見張っていても、必ず盗まれちまうのさ」
「そりゃそうさ。妖精たちが盗んでいるんだもの。魔法の粉で兵隊たちは眠ってしまうから、その隙にいただいておさらばしちまうのさ」
「しかし、なんだってガラスの花なんか盗むのかね」
「そこまでは知らないね。だって、妖精たちは何もしゃべらないんだもの」
カラスたちの会話はとてもおもしろいものでしたが、少女は眉をピクリとも動かしませんでした。なぜなら、どれもこれも聞きたい話ではなかったからです。
そんな少女のことはお構いしなしに、カラスたちは話を続けました。
「そういえば、この村に住んでいる女の子の話を聞いたかい」
「ああ、あの子かい。かわいそうにね。自分が何を探しているのかわかっていないそうじゃないか」
「自分がお姫様だったことも忘れてるんだろうね」
「そして、許嫁の王子様がいることもね。探しに行こうにも、どうすればいいかわからないんだろうね」
「まず、この村を出なきゃいけないがね。明日、村に牧師がやってくるそうだよ。あの子のことを悪魔だと思ってるようだからね」
それからカラスたちは他にもいろいろと話をしていましたが、少女の耳にはもう、どんな話も入ってきませんでした。
心臓はドキドキと鳴り、ほおは少し赤くなっていました。
少女は急いで、鹿のもとに戻りました。鹿は月の光を静かに浴びながら、少女の帰りを待っていました。
「おかえり、お嬢さん。どうだったね」
「鹿さん、私、自分のしなければならないことがわかったの。でも、そのためにはこの村を出ていかなかなければいけないの」
それから少女は鹿に、カラスたちから聞いた話を残らず話しました。
鹿は少女の話を聞き終えると、こう言いました。
「お嬢さんはどうしたいんだね」
「私は、許嫁の王子様を探しに行きたいわ」
少女はそう答えました。
「では行くべきだ。しかし、今日はもう遅い。かえって休んだ方がいいだろう。森の出口まで私が送ろう」
そう言って、鹿は元来た道を歩き出しました。少女もその後を追いかけました。どちらも一言も言いませんでした。
森の入り口につくと、少女は鹿にお礼を言い、家に帰りました。
家に帰って寝床につくと、あっという間に眠りに落ちてしまいました。
初めまして。ご存じの方はお久しぶりです。違うテイストの作品を書いてみましたので、一度投稿してみようと思いました。まだまだ未熟者ですので、読みづらいところもあるかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。