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セクト『正しい歴史を知る会』(知る会)の代表の江上勉ってやつは本当腹立つ!

 隊長と北岡さんが仲がいいというのは最初っから分かっていたことではないか? 北岡さんの気持ちが隊長に向いていることで今更動揺することもないじゃないか。自分の気持ちを一生懸命落ち着かせようとする今﨑であった。動揺を隠しながら話し出す。

 

「へぇー。そうなんですか。隊長のことをですか。隊長は男らしいし思いやりもあるし、とても頼りになる方ですからね」

「そうなの。いつも優しくしてくれて。わたし、隊長のことを尊敬しているの」


北岡は頬を赤らめて嬉しそうに話す。


「まあいいわ。そんなことを言っても仕方がないことだから。とにかく隊長を見かけたら私に連絡して」


そう言うなり北岡は踵を返して立ち去ってしまった。

ひと月がたった。学内で隊長を見かけない。キャンパスのウッドテラスに来ると思いだす。いつも隊長は今﨑のことを見かけると、遠くからでも必ず駆け寄ってお茶に誘ってくれた。たまにはしつこいなと思う時もあった。しかしこうも姿を現さなくなるとなんだか生活の一部が抜け落ちたような気持になってしまう。

今﨑は隊長の住んでいる寮に行ってみた。隊長の部屋まで行きノックをするのだが返事がない。鍵はかかったままだ。窓越しに声をかけても中に人のいる気配はない。隊長の部屋の真向かいにある部屋のドアが開いた。ドアから顔を出した学生が眠たそうな目をこすりながら話しかける。


「あのー。隊長は引っ越したみたいだよ」

「え? そうなんですか。どこに行くかとか言ってましたか?」

「いやー。知らないなー。部屋の荷物を整理していたのは知っていたけど、いつの間にかいなくなったみたいだし」

「あ、ああ。そうですか。失礼します」


今﨑は深くお辞儀をしながらその場を去った。隊長は引っ越したとのことなのだが、サークルには何の連絡も入っていない。今﨑や北岡にも何の話もなかった。もしやと思い今﨑は大学の学生課へと向かった。受付の窓口で事情を話すと、係の人は奥の棚から書類を取り出して確認しだした。係の人の話によると、今﨑の予想通り隊長は退学届を出していたとのことだ。しかも2週間前に出したという。

なぜ、もっと早く教えてくれなかったんだろうか……。

今﨑は途方に暮れた。北岡さんは隊長がいなくなったことを知っているのかな? 次の日の朝、今﨑は食堂で北岡の姿を見つけた。ちょうど食事をし終えたばかりのようだ。


「北岡さん!」

「あ、こんにちは」

「あの、ちょっと話したいことがあるのですが」

「うん。いいわよ」


食堂から出ると今﨑は人気のないところへと北岡を誘った。


「北岡さん。隊長のことなのですが、学生課に聞いてみたら退学届けを出されたそうです」

「えっ!?」


北岡の口元が少しふるえているように見える。視線を落としながら顔をそむけるようにして話し出した。


「やっぱりあの事を気にしていたのね。でも大学を辞めなくてもいいのに」

「北岡さん。隊長がいなくなったことに心当たりがあるのですか?」

「いえ、別に……」


北岡は下を向いたまま黙っている。


「北岡さん!」


今﨑が北岡の肩をつかんでこちらを向かせる。北岡は目に涙を浮かべていた。


「ごめんなさい。あの人と昔から付き合いのあった人が亡くなられたの。自殺よ」

「自殺?」


北岡は喉を詰まらせながら話し出した。


「そう。あなたも知ってると思うけど、『語る会』と対抗していたセクト『正しい歴史を知る会』(知る会)の代表の江上勉って人がいるでしょ。隊長は定期的にその人と議論していたんだけど、ある日、議論が白熱しすぎてしまって、隊長が江上勉を問い詰めるような形になったの」


北岡の話によるとこうだ。

「語る会」と「知る会」は元々一つの組織であった。同じ思想のもとに集まった学生たちであったが、そのうち学生たちの間で方法論の部分に相違が生まれた。隊長率いる派閥はいわゆる『武闘派』と言われる過激な人たちが多かった。片や江上勉を中心とした派閥は情報戦を巧みに操る『頭脳派』の集団であった。

「行動こそ全て」を信条とする隊長からすると、理屈ばかりこね回す江上勉のやり方は気に食わなかったようだ。そのうち両派閥には内部でのいさかいが絶えなくなり、結局それぞれ別の組織として活動するようになった。しかし、方法論は違えども目指している理想は共通している。外部との闘争の時には一致協力しようと暗黙の約束が交わされ、定期的な交流の場を設けるために討論会なるものを開催していたそうだ。ある日開催されたその討論会で隊長が江上を問い詰める事となった。


「それで、江上勉は自殺したということですか」

「いえ。自殺したのは江上勉の彼女、松尾律子よ。本当に馬鹿だわ。江上って男は『知る会』にいる複数の女性を半場強制的に自分の所有物かのようにしていたの。隊長が江上の女性問題を公の場で暴露して、江上に自己批判を求めたの。江上にしてみればぐうの音も出ないわ。問題はそのあと。その場で二人の議論を聞いていた江上の彼女、松尾律子が突然泣き叫んで部屋を飛び出していったの」

「そうだったんですか」

「その日のうちに彼女は自殺してしまったわ」


北岡は事のいきさつを説明しだした。

松尾律子は、隊長と江上が所属していた組織の一員であった。松尾は当初隊長と付き合っていたのだが、がさつで武闘派の隊長に不満をつのらせていた。そんな松尾の心情を察したのだろう、江上は松尾の心の隙間に付け入るように、事あるごと話しかけるようになった。隊長に不満を抱いていた松尾だ。知的で思いやりのある江上に対して次第に好意を持つようになった。

そんなある日のこと、『語る会』が主催したデモの時に、デモを扇動していた隊長の前をふさぐ形で警官たちが詰め寄った。その時の警察官の態度が気に食わなかったのだろう、隊長は怒りに任せてその警察官を殴ってしまい、暫く留置所に閉じ込められることになった。当然大学から停学処分が下った。その時分のことだ、隊長がいないことをいいことに、江上は松尾に言いより、言葉巧みに松尾の気を引くことに成功した。松尾も乱暴な隊長にあきれ果てていたこともあり、繊細で頭脳派の江上に気を寄せるのにさほど時間はかからなかった。そしてそのまま成り行きに任せるように松尾と江上は付き合いだした。

隊長は停学を解除されて大学に戻りサークルに顔を出した。するとどうもサークルの様子がおかしい。隊長が部員たちにサークルの現状を説明するよう求めるとすぐに状況が分かることとなる。江上と松尾の関係を知った隊長は激怒した。そして、隊長を中心とした『語る会』、江上を中心とした『知る会』の派閥に別れ、組織自体が分裂してしまった。

元の拠点には隊長の『語る会』が残り、江上の『知る会』は新たなサークルとして立ち上げ、拠点も別のサークル室を構えた。江上の立ち上げた『知る会』は情報戦が得意で、様々な宣伝活動やプロバガンダを駆使して部員を増やしていった。『知る会』の活動はとても活発で、ビラ配りから立て看の作成、裏では怪文章を頻繁に流通させることで、体制への批判に余念がなかった。ただ問題だったのは江上の女癖の悪さだ。新団体の部員となった女性を次々と言葉巧みに誘い込み、食い物にしていった。

江上と付き合っていた松尾は、江上の餌食となった女性から相談を受けたことで江上の女癖の悪さを知ることになる。言葉巧みな江上の手法はパターンが決まっていた。女性に無理やり難癖をつけ自己批判をさせることで判断力を奪い、頃合いを見計らって優しい言葉を掛けるという、あこぎな手法だ。松尾は思い悩んだ末、元付き合っていた隊長に相談することにした。分かれたからと言っても、やはり松尾にとっていざという時に頼りになるのは隊長だけだ。

松尾の話を聞いた隊長は激怒した。松尾を自分の手から奪ったばかりか、サークルの他の女性にまで手を出している。袂を分かれた団体なれど、共通の思想に突き進む方向性は同一のものだ。いわばライバルであり同士でもある。その団体を率いる江上代表の悪事を正さなければ我ら活動家の未来はないと息巻いた。

定期討論会の日だ。隊長と江上の討論はいつものごとく白熱は増す。二人とも自然と声が大きくなり激論が交わされるのだが、途中、江上の皮肉めいた笑いにイラついた隊長が江上の女癖について追及しだした。一瞬動揺する江上に対して、隊長は自己批判を求めたのだが。すぐさま江上は気を取り直し、全く動ぜずに反省の色を浮かべるどころか、現在付き合っている松尾律子も自分の数ある女の中の一人だと開き直ってしまった。

隊長と江上のやり取りを聞いていた松尾は、江上に対して怒りを覚えたのだが、松尾自身にも罪悪感があった。松尾は元々は隊長と付き合っていた。隊長が停学中、江上と付き合いだしたことは浮気をしたことに他ならない。組織が分裂した後、江上を一時期でも真剣に愛していたのは確かだ。浮気をした罪悪感、江上の愛と裏切り。それらの渦巻く感情に一気に襲われた松尾が下した決断が『自殺』であった。

ことの次第を説明していた北岡は、眉間に力を込めて目を閉じた。今﨑はうつむく北岡に話しかける。


「隊長は、松尾を自殺へと追いやったのは自分だと思い、その責任を感じて……」

「そうだと思う。隊長に何かあったらどうしよう……」

「北岡さん」

「隊長は優しいから。多分一人で悩んでいたんだわ」


北岡は涙を流し始めた。今﨑は何も言うことができずに、ただ見つめるだけだった。それからというもの、北岡はサークルには顔を出さず、学内で会っても軽く挨拶をするくらいの仲になってしまっていた。


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