恋のゆくえはいつの時代も物悲しけれ
今﨑も大学2年生になった。授業が終わった後、今﨑はクラスの友達と大学内にある談話室に入った。いつもつるんでいる友達数人とテスト勉強をする約束をしていたのだ。みんなとしばらく雑談した後、試験範囲の確認をすることにした。教科書を机の上に広げノートを開く。みんなでノートを覗き込みながら話しているうちに話題が変わった。
若い男子学生が興味を持つものはいつの時代も変わらない。恋愛の話をし始めたのだ。最近、誰と誰が付き合い始めたとか別れたとか、そんな話に花が咲いた。そんな中、一人の友人が「実は俺、好きな子がいるんだけど告白しようかどうか迷っているんだよね」と言い出した。
「え? まじで? だれだれ? どんな子?」
別の男子学生は興味津々といった感じで前のめりになる。
「うーん。クラスの子じゃないんだけど。結構かわいい子でね」
「どのくらいかわいいの? 芸能人でいうと誰に似てる?」
「いやいや、そういうんじゃないんだよ。今﨑、お前も知っている人だ」
男子学生が今﨑の方を向く。
「おまえ、『大学の明るい未来について語る会』ってサークルに入ってたよな。そのサークルにいる人だ」
今﨑はピンときた。
「ほら。俺たちが拉致されたとき隊長の隣にいたじゃん」
この男子学生は今﨑と一緒に隊長たちから拉致されたうちの一人だ。
「まあ、拉致された時はメチャクチャビビったけど、結局映画の撮影ってことで結構楽しかったな。それに、あんな綺麗な人とも出会えたし」
北岡雅美さんのことだな。今﨑は思った。
「もしかして、今﨑。おまえもあの人のことが気になってサークルに入ったのか?」
「いや、そうじゃないよ」
今﨑は苦笑いしながら否定する。すると他の男子学生が会話に加わってきた。
「おい、今﨑、まさかとは思うがあの人と付き合っているなんてことはないよな?」
「いやいやいや、全然違うよ」(お付き合いできればとは思っているが)
男子学生たちは口々に言い始める。
「でも、もし、万が一、今﨑があの子と付き合うことになったらどうなるんだろう」
「そりゃ、まぁ。やっぱり、なんか色々と面倒なことが起きるんじゃないか」
「そうだろ。だって、突然俺たちをひっ捕まえてバスに押し込むような連中だぜ。件の女子はその一員だ。付き合うと言っても下手すりゃ命がけだ」
北岡雅美の話をしだした男子学生は、今﨑が北岡に気があるとみてとったようで、今﨑に北岡をあきらめさせようと必死になる。
「いや、マジでやめた方がいいと思うぞ。あの女はやばい。あいつは人間じゃねぇ」
と真剣な顔で言った。その時、後ろから声が聞こえてきた。
「おい、何の話をしているんだ。やばい女だと? 一体どういう意味だ?」
振り返るとそこには『大学の明るい未来について語る会』の隊長が立っていた。いつの間に来たのだろうか? 隊長の突然の登場に焦る学生たち。
「な、なんでもありません!」
「今、『語る会にいるやべぇ女』と言っただろ。詳しく聞かせてもらおうか」
隊長は腕組みをしながら威圧的な態度で男子学生に迫る。
「いえ、ですから、言葉の綾といいますか……」
「ふむ、いいか。私は誰に対しても紳士的に接することができる男だ。だから君たちが何を言っていたとしてもそれはただの冗談だと思って聞き流してやる。だが、私の大切な仲間を侮辱するような発言があった場合は、その限りではない」
隊長は鋭い視線を男子学生に向けた。
「は、はい! 申し訳ございません!」
男子学生は直立不動になり謝る。
「よし、わかればいい。関心だな勉強しておったのか。さぁ、テーブルに広げた教科書が泣いているぞ。勉強を続けなさい」
そういうと隊長はそそくさと談話室を出て行った。男子学生はホッとした表情を浮かべる。みんな口々に慰めるように話し出す。
「さっきの話は聞かなかったことにしよう」
「それが一番だな」
「ああ。忘れよう」
こうしてみんなは試験の勉強を再開した。
テスト期間が終わった。とりあえずは気楽なキャンパスライフをエンジョイだ。今﨑はサークル活動に参加するため部室棟に向かった。活動と言っても何もやることはないのだが。部室に着くとすでに何人か来ていた。今﨑は挨拶をして部屋に入る。北岡雅美もいた。部室の隅にあるソファーで隊長が横になって新聞を広げていた。
「お疲れ様です」
「おお、今﨑。テスト終わったな。今日は何するんだ?」
「そうですね。みんなでウノでもやりましょうか」
「いいね。やるか」
「賛成ー」
「俺もやりたい」
サークルのみんなは乗り気のようだ。そんな中、北岡がおもむろに立ち上がり荷物をまとめだした。今﨑は慌てて声をかけた。
「北岡さん、どこかへ行くんですか?」
「あ、私ちょっと用があるんで帰ります」
「え? もう帰るんですか?」
「ええ」
「そうですか」
「それでは失礼するわね」
そう言うと北岡はサークル室のドアを静かに開けて帰ってしまった。(せっかく久しぶりに会ったのにあんまり話せなかったな)今﨑は少し残念に思った。
しばらくたったある日、今﨑は授業が終わった後、一人で図書館に向かっていた。いつもの教室から図書館へと細い道が続いている。道の両脇には銀杏の木が生い茂り、湿った土のにおいと穏やかな風がそよぎこむ。今﨑は学生たちの喧騒を遠くに聞きながらキャンパスの並木通りを歩いた。試験が終わったばかりでレポート提出もないのだが、今﨑は考え事をするときにはいつも図書館に行くことにしている。クラスの友達もアルバイトやデートやらで忙しそうだ。最初はサークルにでも顔を出そうかなとも思ったのだが、最近北岡さんはサークル機関紙の原稿を書いている途中、ぼーっと外を眺め、ふと何かを思い出したようにさっさと帰ってしまう。隊長もここのところサークルで会わなくなった。北岡さんはすぐに帰るし、隊長もほとんどいないし、そんなサークル室に行ってもつまらないしな。それにしても最近、北岡さんの様子がおかしい……、何かあったんだろうか。そんなことを考えているうちに図書館に着いた。
「こんにちはー」いつものように小声で受付に挨拶しながらドアを開けた。今﨑はいつもの窓際の席に行こうとしたら、先客が座っている。北岡さんだ。今﨑は小さく挨拶をした。
「あ、どうも。いらしてたんですか」
「こんにちは」
お互いに軽く頭を下げてあいさつをする。そのまま今﨑は北岡の隣の席に座った。今﨑が鞄から本を取り出すと、横から北岡さんが話しかけてきた。
「あの、今﨑くん。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「はい。なんでしょう」
静かな図書室。北岡は小声で隊長のことを話し出した。
「あなた、隊長からちょくちょく誘われて寮に行ったりしてたじゃない? 最近隊長を見かけないんだけど、どうしているか知ってる?」
「いえ、わかりません。最近は僕もほとんどサークルに行ってないので……」
「そうなの? やっぱり変よ。なんか、最後に会ったのは確か2週間前よ。あの時すごく落ち込んでいたようだし」
「そうなんですか……」
「あの、もしかしたらだけど、隊長の身に何かあったんじゃ……」
北岡は不安げな表情を浮かべる。
「いえ、それは大丈夫だと思います。隊長は気丈な人ですから」
「そっか、よかった。じゃあ、どこにいるのかしら?」
「うーん。どこにおられるのやら」
図書館の受付に座っている司書の人がチラリとこっちを見た。今﨑は慌てて席を立つ。北岡も今﨑の後に続いた。
「ごめんなさい。こんな話をして」
「いえ、気にしないで下さい」
二人は図書館を出て並んで歩いた。キャンパスの並木通りに気持ちのいい風が吹いている。
「ねぇ、今﨑くん。一つお願いがあるの」
「はい。何でしょうか」
「もし、もしもの話なんだけど、隊長が困っていることがあったら助けてほしいの」
北岡は真剣な表情で今﨑の目を見つめる。
「もちろんですよ。隊長にはお世話になっていますし、困った時はお互い様です」
「ありがとう」
北岡はホッとした表情を浮かべた。
「でも、どうして北岡さんが僕のところに?」
「それは、あなたが頼りになると思ったから。地雷で吹き飛ばされて無傷で生還した人ですものね」
北岡が吹き出しそうな顔で今﨑を見る。かわいいなと思いながら今﨑はこたえる。
「そ、そうですか。嬉しいな」
「それともう一つ、心配していることとは別の理由があって」
「はい」
「私ね、隊長のことが好きなの。初めて見た会った時からずっと気になっていたんだ」
突然何を言いだすんだ、北岡さんは。今﨑は一瞬目の前が真っ暗になった。鈍器で頭を殴られたような音が頭の中に響いた。落ち着け俺!