「学内キャンプの夜は更けて」本物の戦い
キャンプファイヤーの周りではまだ学生たちが歌を歌っている。ビールにバーベキューにフォークソング。自らを活動家などと言っているが、こうして見るとただの学生だ。会場となっている大学キャンパスのグランドの隅には小さい電灯の明かりが灯っている。夜のグランドはさぞかし物寂しいものだろうと想像していたのだが、思っていたよりも明るいので少し意外に感じた。
暫くの間みんな歌を歌いながら楽しそうにしていたのだが、突然グランドの電灯が全て消えた。いきなり真っ暗になった会場。暗がりで学生たちがざわめく。するとその中の一人が大声を上げ、グランド横の校舎の屋上を指さした。
「あそこを見ろ!」との声に、学生たちが一斉にグランド脇にある4階建て校舎の屋上を見た。と同時に校舎の屋上にスポットライトがあたる。三つの強い光が屋上を照らす。すると、屋上フェンスの内側に5人ほど横一列に等間隔で並んでいるのが見えた。よく見ると軍服を着ているようだ。いったい何をやっているのだろうと思っていると、5人はいきなり屋上のフェンスを乗り越え、一斉に屋上から飛び降りた。
危ない! と思った瞬間、5人は腰のベルトに付けた金具にロープをひっかけるようにして器用に操り、スルスルと校舎の壁沿いをリズム良く蹴りながら滑るように地上まで一気に降りた。結構な速さだ。そのまま落ちてしまったら怪我をするだろう。しかしそんな心配は杞憂に終わった。地面に着く直前、5人とも同時にロープをつかむ力を強めることで落ちるスピードが緩み、無事地上へと降り立った。その時、会場の暗がりから「カーット!」という声が聞こえた。どこかで聞いたような声だ。声のする方を振り向いてみると、カメラとその周りに3人ほどの人がいた。先日、映画の撮影で見かけた撮影クルーたちだった。軍服を着た5人が綺麗に降下するシーンを見ていた学生たちから、どよめきと共に拍手喝采が起こった。今﨑は、そばにいた隊長に質問した。
「あれは一体何なんですか?」
「あれか。映画のワンシーンを撮っているんだ。今日ここでキャンプをやると撮影事務所に連絡したら、その場所を少しの間使わせてくれと頼まれてな。もちろんグランド使用料はいただいた」
なんともちゃっかりとした隊長なのだろうか。撮影か、ちょっとした余興みたいなもんだな。と思いながらキャンプファイヤーのところに戻った今﨑なのだが、バーベキューをやっているメンバーを見ると、見かけない人たちが10人程いた。当大学のサークル以外からも人が集まっているようだった。隊長に聞いてみた。
「あのー。日頃見かけない人達がいるんですけど、どこからいらしたのですか」
「ああ。あいつらはW大学とH大学とN大学の同志だ。毎回このキャンプで戦闘訓練をやることになっている。当大学が世話役となってここで定期的に訓練を行うのだ」
「訓練というのは一体どのような」
「まあお前は気にすることはない」
なんだかうやむやにされたような気がした今﨑なのだが、深く知るとよくないと思い、それ以上聞くのをやめた。夜もだいぶ更けてきた。先ほどまでにぎわっていた学生たちのうち、幹部の立場の人たちがグランド脇にある校舎の裏に集まりだす。他大学の学生たちも呼ばれた。学生たちがぞろぞろと隊長についていく。隊長がお前の来いと言うので今﨑も後を追った。北岡さんも一緒だ。隊長は他大学の学生たちを前にし、挨拶もそこそこに突然缶ビールを2缶持ち出した。
「よし。お前らにいいものを見せてやる」
隊長は持ってきた缶ビールを校舎の壁の前にある花壇の上に置いた。
隊長はおもむろに銃を取り出した。まさか本物でもあるまいと思いつつも一瞬緊張が走る。
そして隊長は何も言わず缶ビールに向けて引き金を引いた。
(バスッ、バスッ、バスッ)
ガス銃の乾いた音がした瞬間。
(カッ、カッ、カッ)
金属音とともに缶ビールに小さい穴が開いた。穴からビールがこぼれだしている。他大学の学生達の顔がこわばり少し青ざめているようだ。隊長が静かに言った。
「これが本物の戦いだ」
静かにたたずむ暗い校舎の裏、グランドからわずかに差し込む光が不気味に感じる。
「このガス銃はガス圧を通常の1.2倍に増やしてある。弾はプラスチックではない、同サイズに加工した鉄球だ。近距離で人に向けて撃ったら目や血管に中ると重症を負わせることができる。ただし、有効射程距離は5m。もちろんこれは本物の銃ではない。いわば相手を惑わすためのおもちゃだ。実際に使用する場合はこの銃で相手を先制し、一気に近づいてゲバ棒でぶん殴る」
他大学の学生達の頬が紅潮しているのが分かる。嬉々とした表情が暗がりに浮かび上がり、不気味さを増していた。隊長が続ける。
「よーし、それじゃあ。次は恒例の火炎瓶の作り方だ。知っている者もいるだろうが、おさらいとして聞いてくれ」
「はい!」
他大学の同志活動家が元気よく返事をする。隊長は缶ビールと一緒に用意していた瓶ビールを手に取り、近くにあった紙コップ数個に中のビールを全て注いだ。紙コップは北岡さんが準備してくれた。隊長が説明を始める。
「まず最初に瓶ビールを用意して、中のビールを飲み干す。そして空になった瓶にガソリンを詰め込み。そしてガソリンが溢れないように布切れで強く詮をするのだが、ここにコツがいる。あまり強く詰めすぎるとガソリンが染み出てこない。細長い布をビール瓶の底に沈めるようにして入れる。蓋のところに布を固結びして。それを詮の代わりにする。布にガソリンが染み込み、少しはみ出た布にまでガソリンが染み出てくる。この染み具合の調整には熟練が必要だ。まあ、汁がにじみ出る程度の湿り具合が丁度いい。汁が飛び散らないように我慢が必要だ。わっはっはっはっは」
「ははははは」
隊長が大声で笑い、他大生も声を大にして笑った。今﨑の隣にいた北岡が今﨑の方をちらりと見て言った。
「ごめんね、今﨑君。隊長は下ネタが多いの。気にしないで」
「は、はい?」
今の説明で下ネタの部分ってどこだろうか? 今﨑にはよくわからなかった。隊長は空になったビール瓶を使って説明を続けた。
「次に、使い方というか投げ方なのだが。まず瓶からはみ出た布に火をつけ。敵の中心に向かって投げる。投げ方にもコツが必要だ。野球のボールのように投げても思うように飛ばない。第一、中のガソリンが着弾前に飛び散ってしまう可能性がある。そのためには、一旦足元まで瓶ビールを下げ、瓶を持った方の足に重心を掛ける。そして反対側の足に重心を移動させながら45°の角度で放り投げる」
隊長はビール瓶を片手に持ち、体を大きくのけぞらせて説明を続けた。
「これはK学院方式と言われている投げ方だ。火炎瓶は、籠城して機動隊に囲まれた場合に使う。まあ、あいつらだって必死に火を消しにかかる。当然機動隊から放水攻撃を受けることになる。まあ我々にとっては機動隊の放水なんざ、ただの水遊びのシャワーでしかないがな。はっはっはっは」
隊長が大声で笑いながらグランドのキャンプファイヤーの周りで歌を歌っている本校の学生たちを顎で指す。
「籠城する時は風呂に入らないから機動隊の放水がちょうどいいシャワー代わりになっていい」
他大学の同志活動家たちからどっと笑いが起こる。意気揚々とした表情に、それぞれの思い描いた革命への使命感が漂っているようにも見える。その後は他大学と本校の学生たちと合同でバーベキューの続きとなった。今﨑はここにいる学生たちが一体何のために活動しているのか正確には分からなかったのだが、そのまま隊長たちと夜を明かした。