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「学内キャンプの夜は更けて」女性解放連盟初代委員長登場

「おい大丈夫か?」


かすかな声が聞こえた。目を開けると、うっすらと男の顔が浮かんだ。隊長だ。今﨑はプレハブの中で床に横たわっていた。


「気がついたか」


隊長がほっとした表情を浮かべている。


「お前は地雷を踏んで5mほど吹き飛ばされたんだ。救急班が急いで駆けつけて、一旦お前をここへ運んできた。特に怪我はしていないようだな」


今﨑は少しずつ記憶を取り戻してきた。頭は少しふらついているが、体の方は特に痛いところはない。今﨑は盛り土を避けることができず、そのまま地雷が爆発して吹き飛ばされた。撮影用の爆弾だったので火薬の量は少なくしてあるはずなのだが、思いのほか爆発の威力が大きかった。気を失っていたのは20分ほどだ。撮影が気になった今﨑は体を起こそうとした。しかし、隊長が優しく声を掛ける。


「大丈夫だ。そのまま休んでいろ」


突撃シーンの撮影はすでに終わっていた。隊長は今﨑が元気そうだったので少しほっとしている。その日の撮影はそれで終了。今﨑も帰りの時間になると体の調子は回復したようだ。そのあと学生たちは皆バスに乗せられキャンパスまで送られた。帰りのバスの中、同行した隊長が当日のアルバイト代を配った。本当に撮影のバイトだったのだ。学生たちは、連れてこられた時の不安はどこかへと消え去っていた。開放されたことの安著感に喜びの顔を浮かべている。日常の大学生活に戻った今﨑はしばらくの間、『地雷で5m吹き飛ばされ無傷で生還した不死身の男』として学内で評判となった。今﨑の大学生活はこうして始まった。


それからというもの、隊長は今﨑を学内で見かけるとちょくちょくお茶に誘った。日頃の隊長の格好はもちろん軍服ではない。サングラスは掛けているが服装は至って一般的で迷彩柄のズボン以外は普通の学生のそれとほとんど同じような恰好をしている。一緒にお茶といってもキャンパスのテラスでコーヒーをおごってくれる程度なのだが、当の今﨑にとっては悪い気はしない。それにしても、一緒にいた女性が『コーヒーは資本主義の幻想』だとかなんだとか言っていた気もするが、隊長にとってはどうでもいいことなのだろう。そんな日が続き、今﨑は隊長に誘われて、あるサークルへと顔を出すようになっていた。

隊長は大学の公認サークルの代表をしていた。サークル名は『大学の明るい未来について語る会』(語る会)と言う、取って付けたような名前だ。わざわざ公認サークルというので聞いてみると、なんと大学当局にも認められているしっかりとしたサークルだった。活動拠点となるサークル室まで手に入れていた。サークルの活動内容はというと、どうやら学内の機関紙を作っているようだ。今﨑が隊長たちに拉致されるときにウッドテラスで読んでいた例の「革命志士」という冊子だ。思想的に左翼系ではあるのだが、記事の内容は意外とまともで、学生を啓発する内容のものが多かった。

サークルの部員たちは自分たちのことを"活動家"と称していた。実際のサークル活動は機関紙の作成以外は特に何をするわけでもない。ただみんなで集まって雑談をしたり、たまには飯を食べたりするのを中心とした集まりだった。それと、年に数回サークル活動の一環として大学キャンパス内でキャンプをする許可を大学から得ていた。

"語る会"とは別に、『正しい歴史を知る会』(知る会)というセクトがあると隊長から聞いたのだが、そこの代表の江上勉とは討論仲間だそうで、定例会と称して頻繁に議論をしているそうだ。思想的には同じ方向を向いている二つのサークルなのだが、細かい人間関係や方針やらで、別の団体として活動しているらしい。今﨑にしてみれば全くどうでもいいことなのだが。

機関紙「革命志士」に少しだけ興味を持った今﨑は、隊長に誘われるがままサークルに入ることにした。昼休みなど時間が空いた時はサークル室に顔を出した。隊長はいつもサークル室にいるのだが、たいていサークル室の隅に置かれたソファーで昼寝をしていた。サークルの先輩たちは気さくな人が多い。今﨑が拉致されたときに連れてこられた学生たちの周りで警備(?)をしていた顔ぶればかりだ。話してみると気のいい人たちばかりで、今﨑がサークル室に顔を出すといつも楽しそうに話しかけてくれた。今﨑を拉致したときの怖さはみじんも感じない。


大学の前期課程が終わろうとしていた時、今﨑は隊長からサークルが主催するキャンプに誘われた。夏休みを利用して、学内のグランドにテントを張って酒を飲んだりダンスをしたりするとのことだ。夜はそのままテントに泊まる。

大学が夏休み期間はイベントなどのアルバイトをやっていた今﨑なのだが、その他には特にやることがない。大学内でキャンプか、なんとなく楽しそうだったので参加することにした。そしてキャンプ開催の日がやってきた。

今﨑は指定された集合場所へと行った。そこにはすでに20人程の学生たちが集まっていた。その中に隊長がいた。


「何だ今﨑、本当に来たのか、律儀なやつだな」


と、第一声。隊長は少し驚いたような顔をしていた。来いと言ったのは隊長だろうに。隊長の横に、先日映画の撮影のために自分を拉致した女性がいた。今日はヘルメットをかぶっていないしタオルマスクもつけてない。つぶらな瞳が愛くるしいのだが、キリッとした眉毛から気の強さを感じる。今﨑は少し緊張しながら挨拶をした。


「あ、あのー。初めまして今﨑と言います」

「あら、久しぶりね。撮影に参加してくれた人ね。地雷で吹き飛ばされたときは心配したのよ。あれから体の方は平気?」

「はい。どうにか」


『撮影に参加してくれた』って。突然現れて無理やり俺のことを拉致したんじゃないか。今﨑は強引に拉致して連れて行かれたことを不満に思っていた。だが、現地に着いたら映画の撮影だと言われ、アルバイト代ももらえた。どちらかというといい経験をしたのかもしれない。実のところ機会があったらまたやりたいなどと思っていた今﨑だ。今﨑は女性に聞いてみた。


「あのー。映画の撮影というのは定期的にあるんですか?」

「そんなわけないじゃないの。あの時たまたま撮影事務所から連絡があって人が足りないと言うのでうちの学生をかき集めただけよ」


女性が微笑む。後で聞いた話なのだが、隊長が主催するサークルでは人材派遣の仕事をサブの活動としてやっているそうだ。特に映画会社へ人を派遣して、そのマージンをサークルの活動費にあてている。それにしても強引な人集めをするところだ。女性の隣にいた隊長が、キャンプに集まった人たちに指示を与えた。


「よーしみんな。今からバーベキューとキャンプファイヤーの準備をおこなう。場所はグランド中央部。バーベキューセットと食材は校舎裏の軽トラに積んである。と、その前にに各自で持ち寄ったテントをグランドの隅に設置するように」


サークルの部員たちは各々自分らの作業に取り掛かった。なんだか作業をやるにも楽しそうにしている。今﨑も手伝った。先ほどの女性は食材の準備や配置の指示をしている。どうやら隊長の補佐的な立場らしい。そうこうしているうちに日が沈んだ。キャンプファイヤーに火が灯される。井形に詰まれた木材の中央に火柱が上がり、かなりの勢いで炎が立ち昇った。バーベキューの準備も万端だ。テキパキと作業をこなす学生たち。バーベキューコンロの横のテーブルの上には肉と野菜、ビールがたくさん置かれている。魚やタコ・イカも多い。どうやら隊長のリクエストらしい。そういえば隊長はよく魚の話をしていたな。よっぽど魚が好きなのだろう。学生たちはキャンプファイヤーの周りに集まりバーベキューを食べながら歌を歌っている。学生の一人がギターを弾いているのだが、とてもうまい。なんだかとても楽しい雰囲気だ。歌は聞いたことがない曲だった。隊長に聞いてみると、「嗚呼、戦線の轟に」と言って、サークルのOBが作ったそうだ。学生たちの歌声が暗いグランドに流れていく。


***************

「嗚呼、戦線の轟に」

 希望にみちたる光の環

つどう我らの道けわし

遠くに見ゆるは麗しのキミ

瞳にまどろむ夢いずこ

 駆け抜ける風今日もまた

進む我らの胸響く

遥かな地平にときめく心

キミ紅のくちびるか

 嗚呼、戦線の轟に

立ち止まるすべ忘れたる

傷つき倒れ死してなを

我が志、永久に咲く

***************


声高らかに合唱する学生たち。夜空に浮かぶ星々をよそに、暗くなったグランドに歌声が轟きわたり、立ち並ぶ校舎に木霊した。皆高揚とした表情を浮かべている。今﨑は、みんなと一緒に楽しそうに歌っていた隊長に声をかけた。


「あの、先ほどの女性ですが、どういった方ですか?」

「なんだ今﨑。あいつのことが気になったのか? しかし、あの女はやめておけ。女性解放連盟初代委員長だ。あいつにとって男は2種類しかいない。敵か手下だ」


今﨑は、また隊長の冗談だろうと思ったのだが、自分を拉致した時の女性の命令口調を思い出した。

「あの人、名前はなんていうんですか?」

「ああ言ってなかったか、北岡雅美だ。火傷すんなよ」


隊長は意地悪そうに笑った。


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