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「再会」 魚河岸でアルバイトを始めた今崎はどこに行っても悩みが尽きない。

 今﨑が大学を卒業して一年間過ごした富山の地。飛騨山脈立山連峰に見守られて営まれた人々の暮らしにも溶け込み、木の香りと木工所の音に包まれた日々は、今﨑にとってはかけがえのないものに思えた。別れを惜しむ木工所の山本社長と木工ファイブの面々。明日からは『木工フォー』とでも改名するのだろうか? 今﨑は副社長兼奥さんにもらった弁当をリュックにしまい、木工所を後にした。

お昼ごろ富山駅を出発し、夕方には実家がある最寄りの駅に着いた。一年前に東京から富山に行った時はずいぶん遠くまで来たものだと感じていたのだが、時間にすると電車で3時間とちょっとの小旅行だ。

一年ぶりの東京。何も変わっちゃいない。自分自身も何も変わらない。ただ遠回りしただけだ。などと想いにふけっていた今﨑だったのだが、改札を過ぎたところでポケットに手を入れてみると、ポケットの中には300円しか残っていなかった。

よくもまぁこんな状態でここまでたどり着けたものだと我ながら感心する。と同時に情けない気持ちになってしまった。

今﨑が自宅に戻ると両親は何事もなかったかのようにただ「お帰り」と返事するだけであった。息子の富山移住については関心がないのか、完全に自主性に任せているのか、とにかく普通に帰宅しただけの対応に拍子抜けだ。

今﨑が恵まれていたことは、実家の両親がまだ健在で、住む家に困らないことであった。しかしもう自分は学生ではないのだ。今﨑は親に頼るなどというのは絶対にしたくなかった。これ以上恥の上塗りなどまっぴらだ。親子であっても自分はいっぱしの成人だ、ここはしっかりと家賃と食費は家に収めよう。などと思ってはいるのだが、肝心の収入がない。すぐに就職先が見つかるほど世の中は甘くない。なので今﨑はアルバイトを探すことにした。

早速アルバイト情報誌を買ってペラペラめくると『勤務地:魚市場』という文字が目に入った。仕事内容を見ると、どうやら魚の仕入れ販売卸などの仕事のようだ。つい先日まで山の奥で過ごしていた今﨑だ。海の近くでの仕事に興味を惹かれた。なんとなく面白そうだなと思い早速連絡した。すると、すぐに来て手伝ってほしいとの返事をもらった。

今﨑は東京に着いて二日後に魚河岸までアルバイトをしに出かけることになった。バイト先は車エビを中心に扱っている『海老蔵』という仲卸の店だ。河岸の朝は早い。早朝の4時過ぎに自宅を出て、河岸に着くのは朝の6時ころ。これでも遅いうちなのだが、最初の内はそれくらいの時間で大丈夫だそうだ。

仲卸会社の事務所は魚河岸場外にあった。まずそこへ行き、荷物を置いて場内の仲卸の店へと行く。季節は春先なのだが冬かと思うくらい肌寒い。魚の匂いと磯の香りが充満している場内。脂ののった魚が大量に積み下ろしされ、威勢のいい掛け声があちらこちらから聞こえる。今﨑はアルバイト先の魚屋の助手として魚の積み下ろしの手伝いをする日々が続いた。店同士が密集するかのように並び、通路が狭いので発砲スチロールを持って行き来するのに注意が必要だ。

仲卸の店員は頭にタオルを巻いた人が多い。流行りというよりもこのスタイルが基本なのだろう。声の大きさや乱暴な話し口調から気の荒い人が多いのかと思っていたのだが、時折話してみると意外と優しい人が多かった。先輩たちは怒ると滅茶苦茶怖いのだが、激怒した後のフォローはしっかりやってくれるので妙にやさしく感じてしまう。何はともあれ今﨑は魚河岸でのアルバイトを続けることになった。

東京に戻って来てから当面の仕事にありつけたのはいい。しかし、俺は一体何をやってるのだろうか? 大学を出て普通に就職して普通の生活をするつもりだったはずなのに、どことなく不安を拭いきれない毎日を送っている自分が情けなく感じる。大学卒業間際にやりたかった夢を思い描いて、突き進んでいった答えがこの結果か。この魚河岸での仲卸店員の活気あふれる姿や表情を見ていると、自分のこの中途半端な気持ちがとりとめもないものに感じてしまう。そんなことを思いながら忙しい日々を過ごす今﨑であった。

夏になった。魚河岸の仕事もだいぶ慣れてきた。というか、仕事自体よりも朝早く起きるのに慣れたといったところか。なので、アルバイト先へ行くのが億劫でなくなった。魚河岸の作業自体は大変ながらも楽しくやれている。元々体力には自信があった今﨑にとっては特に苦労とも感じない。威勢のいい声が飛び交う職場だ。行くと元気がもらえる。ただ、いつもながら自分の将来に自信が持てないのだ。だが、今はそんなことを考えている余裕すらなかった。

そんな魚河岸ライフを送っていたある日、バイト先の社長に用を頼まれた。「マグロ専門店へ行ってタコやタラコをもらってこい」とのことだ。その店は今﨑がアルバイトをしている会社と提携しているようだ。マグロ専門と言ってもその他の海鮮も扱っている。今﨑は道順が描かれたメモを頼りに狭い通路を小走りに移動して件のマグロ専門店に着いた。店先にはマグロの切り身がパック詰めにされて豪勢に並べられている。店の表には誰もいなかった。店員は店の奥にいるようだ。今﨑が威勢のいい声で呼びかける。


「ちわーっす! 『海老蔵』っす。連絡しといたもんを受け取りに来ました」

「おう!」


マグロ専門店の奥から威勢のいい声がして、体躯のいい男が出てきた。今﨑は、男を見た瞬間動きが止まった。口をぽかんと開けたまま棒立ちになっている。背が高く肩口の筋肉が盛り上がった体に見覚えがあった。


「隊長?」

「うん? あ! 今﨑じゃないか」

「た、隊長ーっ!! こんな所にいらしたのですか?」

「こんな所とはご挨拶だな。それに今は隊長じゃない。店長だ」

「隊長ーっ! いったい今までどうされていたのですか? もう、ひどいじゃないですか!」


今﨑の目から大粒の涙がこぼれあふれた。


「突然大学からいなくなって、みんな心配していたんですよ!」

「あ、ああ。そうか」


言葉足らずな隊長を前に、今﨑は泣いた。所かまわず泣いた。呆気に取られて困った顔をしながら、よしよしとなだめる隊長。今﨑は、仕事が終わったらまた来ますと言い残し、隊長からタコとタラコを受け取ってバイト先に戻っていった。

今﨑はアルバイトを終えて隊長の店に行った。隊長もちょうど仕事がひと段落したところだ。ねじり鉢巻きのあとが残った今﨑を前に「久しぶりだな」「元気だったか?」と目を細める隊長だったのだが、今﨑は不満たっぷりの顔を浮かべた。言いたいこともあるし聞きたいこともある。今﨑がほっぺを膨らませて隊長を質問攻めにした。隊長はゴメンゴメンと言いながら、大学から姿を消してから今までのことを話し出した。


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