俺たちゃ木工ファイブだぜ!
駅前はビルが立ち並んでいたのだが、車で少し走ると青い空が広がっていた。フロントガラス越しに見える道路の先に立山連峰があった。巨大な屏風を思わせる景観がどうどうと立ちふさがっている。季節は春なのだが峰々の山頂にはまだ雪が覆いかぶさっていた。白いマントを羽織ったように佇む山の姿に圧倒されながら今﨑は唾を飲み込んだ。車の外は少し肌寒い気がするが、車内には心地いい日差しが降り注ぎ、山々から春の香りがそよいでくるのが分かる。
今﨑を乗せたトラックは小一時間ほど県道を走り、山のちょうど麓にある工場へと着いた。広い駐車場だ。敷地の奥に工場が見える。全体的に茶色い壁の工場は思いのほか広く、バスが二台ほど入るんじゃないかと思えるくらいの大きさだ。車は駐車場に入ると工場の入り口付近に停まった。山本社長は車から降りると工場入口の横にあるドアを開けた。どうやらそこが事務所になっているらしい。山本社長は事務所の中に向かって声をかけた。
「おーい。着いたぞ」
事務所から年配の女性が出てきた。今﨑も車から降りて社長の隣に立った。年のころは70代後半だろうか。作業着に前掛けをしたふくよかな女性が笑顔で話しかける。
「あらあら。お疲れさま」
「はじめまして。東京から来た今﨑です」
今﨑は深くお辞儀をして挨拶した。工場からは工具の稼働する音に交じって、トントントンと釘を打ち付けるリズムのいい音が軽快に響いている。のこぎりで木を切る音、カンナの走る音色。それぞれの音がテンポよく、まるで音楽を奏でている様だ。
「さて、まずはキミの寝床を案内しよう」
社長が手招きして工場わきの外付け階段を上った。今﨑も後からついていく。工場の二階は住居になっており、どうやらそこが従業員の寮になっているようだ。部屋は五つあり、今﨑は一番奥の部屋へと案内された。社長が部屋のドアを開けて中に入り、奥にある窓のカーテンを開けた。今﨑も中に入った。広さは四畳半。建物の作り自体はしっかりとしているのだが、部屋同士はベニヤを何枚か重ねた程度の壁で区切られている。社長はカーテンを開けたまま外を眺めた。手招きをするので行ってみると、窓の外には立山連峰の山々がそびえ立っていた。
「おうおう。今日も山の神様はご機嫌がいいようだ。見晴らしのいい部屋だろう。気に入ったかい?」
「はっ、はい」
今﨑はこの部屋がこれから自分が暮らす部屋なのかと、しばし物思いにふけった。
「よーし。荷物はそこらへんに置いて、工場を案内する。先輩たちに紹介しなくちゃなんねーしな」
社長は部屋を出て階段を降りた。今﨑も後からついていく。寮の階段を下りて一旦駐車場へ出るとすぐ横が工場の入り口になっている。社長が工場のドアを開けると、先ほど鳴り響いてた音がひときわ大きくなった。工場の中はヒノキのいい香りが充満している。社長が大声で話し出した。
「おーい、みんな、ちょっといいか。手を休めてくれ」
工具の音が鳴りやみ、従業員たちが一斉にこちらを向く。
「おうおう、悪いな仕事中。新人が入ったぞ」
従業員たちがぞろぞろと集まってきた。全部で4人の若者たちだ。今﨑は少し緊張しながら深々とお辞儀をして挨拶した。
「初めまして。東京から来ました今﨑信也と言います。分からないことがたくさんありますので、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
前に並んでいる4人は歳は今﨑とさほど変わらないように見える。真面目そうな若者たちのようだ。社長が声をかける。
「おうおう、みんな作業に戻ってくれ。今﨑君には後でゆっくりと自己紹介でもやってくれ。まずはと、今﨑君。工場と仕事の説明だな」
社長は工場にある工具の説明から、仕事手順の段取りを一通り説明した。今﨑は一生懸命メモを取った。説明がひと段落したところで社長が話しかける。
「着いたばかりで悪いが、雰囲気に慣れてもらいがてら、ちょいと作業を手伝ってくれるか? 作業と言ってもまずは掃除からだ。いいか、木工場で一番大切なのはなんといっても掃除だ。床の掃除、道具の手入れ、材料、機械、窓に壁の清掃。目に見えるところはもちろん、見えないところも綺麗にする。これが木工職人の心構えだ」
「はい!」
元気よく返事をする今﨑。何となくやる気が出てきた。新しい土地で自分の居場所が見つかったような気分だ。
『木工職人』か、従業員という表現よりしっくりくる。しかし、後で知ったのだが、社長が『木工職人』と表現したのは意味があった。こちらの工場に勤めると言っても会社の従業員という立場ではない。いわば工場見習いだ。一昔前の丁稚奉公と言った方が分かりやすいだろう。技術を習得して職人と呼ばれるまでになるのはだいぶ先の話だ。それまでは半人前ということだ。
木工所で現在働いているのは男性ばかりの4人。今﨑を入れて5人となった。みな、今﨑と同じように木工所で生計を立てながらスキーのインストラクターをやることを考えている。世の中には同じことを考えている人達が結構いるんだなと思いつつも、この人達は本当にこれからしっかりやっていけるのであろうかと不安になる今﨑であった。そう、今﨑にとっては他人事ではないのである。4人はみな出身地がばらばらだった。関東近辺出身の人が多かったが、一人は大阪からわざわざ来たそうだ。
木工所勤務二日目からはさっそく技術指導が始まった。師匠でもある社長から、かんなの入れ方、木の切り方など基本的なことを教わる。先輩たちと比べるとまったくの素人で、自分にはこの手の才能がないのかと少し不安になりながら日々を過ごした。それでもやっていくうちに技術は習得するもので、椅子や棚などはそこそこ使い物になる程度には作れるようになった。
夏になった。もちろん雪など積もっていないのでスキーインストラクターの仕事などない。ひたすら木工所で修業兼丁稚奉公に励む今﨑であった。男だらけの5人の職場で女っ気がないと思っていたのだが、そういうわけでもない。オープンファクトリーと称して、近隣の住民を工場に招いて、見学してもらいがてら木工細工の作品を展示して商品の紹介をする日が年に何度かあった。さらに、月に2回、隔週土曜日なのだが、近所の若い女の人が趣味で木工作り体験に来るのだ。指導は社長が中心となって行うのだが、細かいところは従業員が個別にマンツーマンで指導する。
若い男5人の丁稚奉公的な集まりで、女っ気のない工場だ。木工細工体験の女性が来ると、ひときわ浮き立つ。若い女性と言っても30歳前後の人が多かった。それでも丁稚奉公兼従業員5人にとってはとても新鮮で、その女性達が時折差し入れに持ってきてくれるケーキやお菓子などがとても嬉しかった。木工細工体験はただ工作だけをやるのではない。地域住民との交流も兼ねているので、作業の休憩時間にちょっとした出し物をやるときがあった。出し物と言ってもたいしたことではない。遊びで作った木のおもちゃのお披露目や、自作の家具や彫り物の説明だ。
木工所の先輩で大阪出身の田島翔一郎という人がいる。ある日、田島から『ダンスを披露したらどうか』との提案があった。いったい何のことかと聞いてみると、みんなで歌いながら踊るということだ。田島はテレビの戦隊ものが大好きで、本人も戦隊レンジャーになる夢を抱いていた頃があり、俳優を目指していたそうだ。結局夢は早々とあきらめて、今﨑と同じようにスキー好きが高じてこの木工所に勤めることになった。
ダンスを披露するにあたって、歌詞と曲は田島の創作で、当然振り付けまでやる。そんなこっぱづかしいことなんかできないと今﨑は最初は嫌がったのだが、木工所のみんなは面白そうだと大盛り上がりだ。結局今﨑も断れなくなって木工所の仕事が終わったら5人で歌とダンスの練習をする羽目になってしまった。最初はいやだいやだと思っていた歌と踊りなのだが、憶えだすと体の動きもよくなって、5人の息もぴったりと合ってきた。自然と今﨑も楽しい気分になる。歌のテーマは木工所職員5人の奮闘を表現したものだ。つまり今﨑たち丁稚奉公のテーマソングとも言える。田島が創作した割には完成度が高い。
月に二回の木工細工体験会の日だ。近所の女性達や家族連れが集まった。工場内での木工体験が終了すると、わざわざ工場前の駐車場へ体験会参加者を招いた。田島翔一郎が簡単な司会進行をとる。駐車場の真ん中に向かって田島が走り出し、4人が後に続いた。ステージとまではいかないが、駐車場の中央付近に舞台を模した簡易な線が引かれ、線の内側に田島を中央にして5人が整列する。田島が隅に構えていた社長に向かって大きな声で「ミュージックスタート!」と号令を発する。社長は少し緊張しながらラジカセの再生ボタンを押した。
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「俺たちゃ木工ファイブだぜ!」
トントントトトン ダダダダダッ!
「モッコ・ワン!」
「モッコ・ツー!」
「モッコ・スリー・フォー、モッコ・ファイブ!」
ジャジャーン!
俺たちゃ木工ファイブだぜ!
富山の自然に囲まれた
木材工場に花が咲く
今日もひたすら腕磨き
カンナさばきに豪快のこぎり
ノミの腕前いっちょまえ
俺たちゃ木工ファイブだぜ!
空の青さと木の香り
流れる川の美しさ
今日もひたすらかんながけ
木肌の艶が透き通る
天女の衣の出来上がり
俺たちゃ木工ファイブだぜ!
都会暮らしにゃわからない
木工一筋我が人生
今日の鑿は走ってる
踊る切っ先、荒ぶる木づち
出来たホゾには愛宿る
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