08
凍狼の騎士たちが到着したのは、それから十数分はかかったと思う。体感だけなら、数十分は待たされた気がした。それぐらい、その場の雰囲気は少し緊張した空気が漂っていた。
匂いや足跡を追って到着した騎士たちは、すぐにローザスの人々を保護してくれた。彼らが無事に保護されるのを見届けて、私も張り詰めていた緊張を緩める。
元々アリステラ殿下が乗っていた馬車は壊れてしまっていたため、屋敷から持ってきた荷物用の馬車に急遽乗ってもらった。人を乗せる用ではないため乗り心地はお世辞にも良いとは言えないが、緊急事態であったので許していただきたい。アリステラ殿下とブラッドリー殿下、そしてまだ息のある重症の方から優先的に屋敷へと護送された。
私は第二陣以降の行き来で良いと言ったのだけれど、騎士たちからすれば護衛対象があまり複数に分かれるのは好ましくなかったらしく、アリステラ殿下たちと一緒に屋敷に帰った。幾人かのローザスの騎士と、凍狼の騎士たちはその場で残ってブラッドリー殿下方を襲った者たちの調査や、亡くなったローザスの騎士たちの探索等をするらしい。
屋敷は突然のお客様の受け入れにバタついていた。屋敷内を俊敏に動き回る使用人たちの先頭を取るのはお母様だ。今屋敷にはいないお父様には既に連絡が飛んでいて、すぐに戻ってくるという。
「この屋敷の主である夫に代わり、ご挨拶をさせて頂きます。凍狼侯爵家当主の妻、アガタでございます」
そう名乗ってカーテーシーをした母にアリステラ殿下は驚いたように目を丸くしていた。妹とは違い兄であるブラッドリー殿下の表情は分かりにくかったけれど、それでも驚き、意外等があったと思う。多分、同じ人間だったから驚いたのだろう。それから、私や雪菜とお母様があまりに違うというのもあるのかもしれない。私たち姉妹は髪の色も目の色もお父様似だから、第一印象ではお母様とは似ていないと言われる事が多いし。
私はそこで殿下たちとは別れた。このまま私がここにいても、あの方たちにできる事はない。殿下たちに今一番必要なのは、正式な医者による治療だ。
一人で屋敷内を歩き出した私は即座に侍女たちに捕まり、風呂場へ連れていかれ、身を清めた。隅々まで身を清め服を着替え室内着になると、ドッと体が重くなる。自分が想像している数倍の疲れがあった。
本音を言えばこのまま体を横にしてしまいたい。けれどその訳にはいかない。
「お嬢様、旦那様のご帰宅でございます」
部屋の外から、梅の声がする。お父様が戻ったら教えてほしいと頼んでいたのだ。私は体を起こした。
「お会いしてお伝えしたい事がありますと伝えて。急ぎの内容なので、すぐ参りますと」
梅が即座に身を翻した。彼女の向かう方角から、両親の私室の方角だと分かる。仲睦まじさから、両親は寝室だけでなく私室なども同じ部屋だ。仕事の時間等があるとはいえ、四六時中共に過ごすというのは凄いものだと思う。私だったなら、相手がいくらお母様でも雪菜でも、同じ部屋というのは耐えられない。……雪菜、そう雪菜だ、問題は。共にいた護衛たちから報告を受けているだろうか。そう思いながら私は廊下を歩く。
両親の私室のドアは珍しい事に開け放たれていて、絶えずお父様の部下たちが出入りしている。私が部屋の入口に立つと、お父様はこちらにちょうど背を向けていた。お父様の正面に立っているらしいお母様が、ネクタイを解いているのが見えた。ぴくりとお父様の耳だけがこちらを向く。
「雪花か」
「はい、お父様。お急ぎのところ大変申し訳ないのですが、お話宜しいでしょうか」
「ああ。お前からも聞きたいと思っていた所だ」
お父様は私たちと同じ、ところどころが銀にも見える白い髪を肩を撫でるぐらいの高さで綺麗に切り揃えている。私や雪菜に比べれば太い眉は高い鼻と合わさり、美しさというよりも凛々しさを感じる造形だ。黒い瞳孔の青い目はオオカミ獣人には多い目だけれど、お父様のものは他の人のより神秘的な雰囲気すら感じさせる。
我が父ながら、本当に恰好が良い。赤髪のお母様と横に並ぶと、赤と白の色の対比のようになっていて、まるで合うように作られたかのようだ。運命の番だから、本当に、合うように作られているのかもしれない。
お父様は人払いをした。直横にお母様を抱き寄せるようにして座らせて、私を自分の正面に座らせる。
私は今日の出来事を、遠出をし始めた所から説明を始めた。だいたい何分ぐらい、どちらの方角に向かって走っていたか。そしてどのタイミングで異変が察知されたか。その後の護衛と私たち姉妹の会話も、出来る限り思い出して改変が無い事に気を付けながら話をする。お父様もお母様も口を挟まず聞いていた。途中、雪菜が事前の約束を破り、護衛たちを振り払って行ってしまった所には二人とも小さく溜息はついたけれど、私の説明に言葉が挟まる事はなかった。
そしてブラッドリー殿下たちと挨拶を交わした所までようやく説明が辿り着く。
「……最初雪菜は、不自然に動きがありませんでした。普段でしたら違和感に気が付き私もより状況を把握しようとしたでしょうが、あの時は私も混乱していて、雪菜に意識は殆ど割けませんでした。そして気が付いたときには、雪菜は……その、ブラッドリー殿下を、”番”だと言ったのです」
その後の私の対応まで含めて、やっと説明が終わる。お父様の顔を見上げれば、彼は眉をわずかに中央に寄せて息をついた。
「……雪菜の番が王子殿下であるらしいという事については、既に聞き及んでいる。治療中の殿下に会おうとして、既に二度騒ぎを起こしている」
「えっ」