06
「お嬢様! こちらへ!」
私が雪菜を抱きしめてから数分後、前方の方から声がした。お嬢様ということだが、恐らく求められているのは雪菜の方だろう。まあ私も居るのだが、声を上げただろう護衛たちは私までいる事は気が付いていない。梅に視線をやると彼女は息を一つついて、頷いた。
「向かいましょう。お二人は私の後ろから前には出ないようにお願いします」
「分かったわ。雪菜も、良いわね。今度はちゃんと約束を守って」
「ええ」
そういう訳で、私たちは曲がりくねった道を前へと進む。
雪菜のいた場所から更に数十メートルほどは進んだところにそれはあった。
横転した馬車と、その周りにいる十人ほどの人間種の騎士たち。
その中心に、周りの騎士たちより頭一つ身分が高いだろう男女が一組。
騎士たちと同じ制服を着たブロンドの男性は、同じぐらいブロンドの波打つ髪の少女を抱きしめている。少女の顔色は悪く、体が小刻みに震えている。
恐らく彼ら……或いは少女が、馬車の中にいた身分の高い人物だ。少女を抱きしめ守るようにこちらに警戒の残った目線を向けてくる男性の姿は、以前見かけた絵姿と共通点が多い。
「えっ雪花お嬢様まで何故っ」
雪菜の護衛たちが困惑したような声をあげているが、私はそれを無視して人間の皆さんに声を掛けた。
「……このような格好でご挨拶申し上げる事を初めに謝罪致します。私はアールストンの北を治める凍狼侯爵家が娘、雪花。……ローザスの第三王子、ブラッドリー殿下でお間違いないでしょうか」
私の言葉にブロンドの男性は紺碧の瞳をほんの僅かに丸くした。
「……確かに間違いない……」
「と言うことは……そちらは第一王女のアリステラ様でお間違いありませんか?」
ブラッドリー殿下に抱きしめられていた少女は、兄と同じ紺碧の瞳を瞬いた。恐怖から溜めていたのだろう雫が零れ落ちる。
ブラッドリー殿下はほんの僅かにだけ警戒を解いたお顔で私に問いかけてくる。
「しかし、何故私がローザスの王子だと?」
「周りの騎士の皆様の紋章は、ローザスの近衛兵のものとお見受け致しました。ブラッドリー殿下のお召し物は確かに騎士の方と同じ制服ですが、胸に紋章がございませんし、護衛とはいえご身分の高い女性を家族以外が抱き寄せ続ける事は考えにくいです。勿論皆無とは言いませんが……。……そして最後に、以前ブラッドリー殿下の絵姿をお見掛けした事がございます」
私が説明すると、彼は納得したように頷いた。
「その通りです。改めて名乗らせて頂きます。私はブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランド。貴女が言う通り、ローザスの第三王子です。そしてこちらは妹のアリステラ・アーリーン・ガートルード。ローザスの第一王女です」
ブラッドリー殿下に促されて、アリステラ殿下はまだ体を少し震わせながらもカーテーシーをした。私もカーテーシ―で返そうかと思ったが遠出用の動きやすい恰好のため、大分見苦しくなる。……ほんの数秒迷ったが、それでもしないよりはましかと思いカーテーシーをした。……そこで横の雪菜が動かない事に気が付く。
「雪菜、ご挨拶」
「…………」
「雪菜?」
小声で声をかけてみるものの、動きがない。何が起きたか分からないけれど、今は雪菜の変化よりもブラッドリー殿下たちの身分の保護とか、もっとしなくてはいけない事が多いはずだ。
「私には最終決定権はございませんが……凍狼家はこの状況で見て見ぬフリは致しません。もうすぐ屋敷から騎士たちが来るはずです」
「…………ありがたい」
私とブラッドリー殿下がそんな会話をしていた時だった。
突如、まるで氷に閉じ込められたかのように固まっていた雪菜が動き始めた。そして次の瞬間、私には到底予想できない発言が妹の口から放たれた。
「私の…………私の、”番”……!」