05
「これは……」
幸いにも、私と梅は危険らしい危険に出会う事はなかった。代わりに目撃したのは、激しい戦いがあったと分かる現場の跡……もっとより分かりやすく言えば、森の間に散らばる遺体たちだった。
生きてきて、こんな生々しい遺体を見るのは初めてだ。刈り取った獣の死体を見たことはあるけれど……どう頑張っても、彼らを獣とは思えない。
梅に促されるが、私はそれに抗った。現場の状況を出来る限り把握したかった。
あたりに見える遺体の数は、総勢二十人ほどか。服装は二種類で、しっかりとした制服を着こんだ騎士らしい人間と、様々でまともに洗われてもいないだろう服を着こんだ獣人種たち。恐らくこの人間騎士たちは他国から来た人々で、獣人種たちはこのあたりの育ちだろう。割合としては二十人近くのうち……大体七割が獣人たちで、三割が人間だ。
煙の発生源は、どうやら地面に転がっている複数の木の枝らしい。恐らく、木の先に炎を灯していたのだろう枝が地面に散乱している。殆どが既に火が消えているが、いくつかの火は近くの草に移ったりして燃えていた。火の勢いが強く無くて良かった。火事になれば大変な事になる。私と梅でその火の跡を消す。
雪菜と二人の護衛たちの姿はここにはない。しかし地面を見れば、行先がある程度予想が付いた。
地面は多くの人間の足跡や落ちた血が入り混じっていたが、そんな中でまっすぐ続いている線が、ここから逃げようとしているように伸びていっていた。
「馬車が向こうに逃げたんだわ」
「恐らくそうですね。積み荷だけでもと思ったのかもしれません。商品を全て奪われれば、長旅の苦労が全て水の泡ですから……」
「積み荷は積み荷でも、荷物じゃないわ」
「えっ?」
私の言葉に梅が目を丸くする。私は亡くなっている騎士の制服の胸元に縫い付けられた紋章を見ながら走り出した。梅が慌てて私に並走してくる。
「お嬢様、荷物じゃないとは……」
「商人が雇った護衛にしては、騎士たちの服装が立派すぎるわ」
「た、確かに!」
「何より騎士たちの胸元の紋章は、隣国……ローザスの王族の近衛兵が付けるものだったはず。……つまり彼らが守っていたのは、王族、或いはそれに連なる重要な身分の人物という事よ!」
馬車の車輪の跡は、街道をまっすぐ走り続けている。一番近い町に助けを求めるために必死に走っているのだろうと予想できる。
暫く走れば私たちの耳に、争う声が聞こえてきた。その音の中心に届く前に、街道の真ん中で所在なさげに立ったままの雪菜の姿が見える。
「雪菜!」
「お、お姉様!」
これ以上勝手をされては困ると、私は雪菜を抱きしめる。梅は周囲を見た。
「護衛たちは?」
「こ、この先で盗賊たちが馬車を襲っていて……立ち向かっている人たちに加勢しに行ったの。…………お、怒らないで! 私が行ってと頼んだのよ!」
「だとしても雪菜お嬢様を一人にするなど、護衛の自覚が薄い証拠です!」
雪菜の説明でサッと顔に怒りを見せた梅に、慌てて雪菜が自分の護衛たちのフォローをする。しかし梅はバッサリと切り捨てた。確かに梅たちからすれば、その通りだろう。どちらか一人が残って、どちらか一人だけ向かうという事も出来たのに、揃って戦いに行ってしまうとは。結果論として怪我なんて少しもしていないからよかったものの、護衛たちが雪菜から離れた隙にもし盗賊の仲間が他にもいて、雪菜を襲ったりしたら、とんでもない事になっていた。
雪菜は必死に護衛たちを庇うけれど梅の考えもよくよく分かるので、私が代わって説明すれば、雪菜もよくない行動だったと分かったのだろう。ぺしょ、と元気をなくした耳が頭の上で垂れる。
「そもそもを言えば、約束を守らなかった雪菜が悪いわ。それは反省しなくては駄目。分かった?」
「……はい、お姉様。ごめんなさい……」
まあ、私からのお叱りはこのぐらいにしておこう。どうせ帰ってからも、怒られる事になるだろうし。