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運命の番は呪いか祝福か?  作者: 重原水鳥
妹・雪菜と運命の番
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29

 雪菜の絶叫。

 お兄様の緊急事態を知らせる遠吠え。


 それらによってあっという間に騎士たちが集まってきて、気絶している雪菜は押えられた。お兄様の拳で血が流れる顔は痛々しいものだったが、意識を失った為か、今の雪菜の顔からは狂気的なものは感じない。今の方が、いつもの雪菜のようだなんて……。


 お兄様は、ブラッドリー殿下と伊空王子に頭を下げ、警備の不備を謝罪していた。

 アリステラ殿下はどうやら近くにはおらず、川岸の方にとどめ置かれているらしい。


 ――耳の奥で、雪菜の叫びがこだまする。


 耳が良いというのは、こういう時に辛い。そんな風に思いながら私が気絶している雪菜の頬を撫でていると、甲高い女の悲鳴が響く。顔をそちらに向ければ、そこにいたのは雪菜の乳母だった。


「雪菜お嬢様……! どうして、どうしてこのような……!」


 乳母は雪菜に駆け寄って泣く。乳母の登場に気が付いたお兄様は王子たちの前から離れて乳母に怒鳴った。


「お前ッ! なぜ雪菜が自由にこのような場にいる! 監視はどうなっている!」

「あ、……そ、それは……!」


 口ごもる乳母の姿に、嫌な感じを受けた。

 同時に、くん、と鼻が動く。


 ――匂いが、ない?


「どうしてそんなに、匂いがないの?」

「なんだって?」

「っ!」


 お兄様は怪訝そうな顔をして、それから雪菜に近づき数度匂いを嗅ぐ。それから、両耳をピンと立てて硬直している乳母の匂いも嗅ぐ。


 そして、顔をゆがめた。


「この、かすかな匂い――匂い消しを使ったのか……!?」


 その言葉で、私も納得する。近くにくるまで、私が雪菜の匂いに気が付かなかった理由が、それだと。


 音を消すのが上手くいったとしても、匂いまで消すのは容易ではない。


 だからもし雪菜が普通に近づいてきていたならば、雪菜の足音には気が付けなくても、匂いで気が付いたはずだ。

 今日は風が強くなかったから、なおさら。


「貴女、まさか、雪菜を逃がしたの……?」


 呆然と、乳母を見る。雪菜の乳母だから、私との付き合いも長い。だからこそ、彼女がこんな事をするなんて信じられなくて……。思いたく、なくて。嘘だと言って欲しい気持ちを持ちながら彼女を見つめていれば、乳母はギリ、と歯ぎしりをしながら叫んだ。


「こんな、こんなの、雪菜お嬢様が可哀想すぎます……! すぐ目の前に運命の番がいるというのに、その番から無理矢理引きはがされて……! 唯一がその場にいるのですよ。どうしてっ!」

「お父様の指示を忘れたのか!」

「運命の番さえいれば、雪菜お嬢様は元通りになりますっ」


 雪菜の乳母の声がその場に響いた瞬間、お兄様が腕を振るっていた。


「ギャアッ!」


 乳母は断末魔を上げ、地面に倒れる。

 吹き上がった血しぶきが、私、雪勝お兄様、そして意識を失っている雪菜に降りかかった。


「お、にい、さま……」

「……」


 お兄様は瞳孔を見開き、地面に倒れた乳母を睨んでいた。


 乳母はまだ息があるようで、ピクピクと体を震わせている。

 その顔面から胸部、腹部にかけて、お兄様が振るった爪の跡がくっきりと赤い線を描いていた。


「片付けろ。主の指示を無視した不忠者だ」


 お兄様が冷たく指示を出せば、周囲でお兄様の判断を待っていた騎士たちが、乳母の遺体を持ち上げる。その動作はまるで物を運ぶようで、もはや乳母への敬意のようなものはないように見えた。


 一方、気絶し拘束されたままの雪菜も、その場から運ばれていく。こちらは丁寧に、万が一がないように運ばれていった。


 お兄様と、彼に促されて動けた私の二人は、並んで立つブラッドリー殿下と伊空王子の前に跪いた。


「偉大なる王家と、その賓客の身を危険にさらした事、謝罪いたします」


 深く首を垂れた私たちに対して、暫く両殿下は何も言わなかった。


 伊空王子は、番であるアリステラ殿下を溺愛している。一般的に、番の兄弟や家族に対する態度は獣人によって違い、「番の大事な相手だから」と許容するタイプと「自分以上に番から愛されている」と嫉妬するタイプがいる。伊空王子は今の所、前者のタイプであるように見受けられる。

 だとすれば、「番の大事な相手」であるブラッドリー殿下を危険にさらした今の状況は、とてつもなくまずい。


(実際には被害が出なかったけれど……、ブラッドリー殿下を危険にさらした。しかも、危険が分かっている状態であったのにも関わらず、それを防ぐ事が出来なかった……!)


 凍狼家への非難は免れないだろう。

 お父様やお母様がいないこの場では、私とお兄様が誠心誠意、謝罪する以外の解決方法がない。


「誠に、申し訳ございません……!」

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