04
私たちは走るのではなく、ゆっくり足音を消して歩みながら森の中を進む。進んでいる方角は現状間違いはなく、だんだんと音は大きくなっていた。それにつれて、やはり聞こえてくる金属と金属のぶつかり合う音だと確信する。
しかし途中から、その音は無くなった。
「――見えました」
先頭を行く護衛が立ち止まり、そう声をかけた。
ちょうど、私たちがいる所だけが盛り上がって、高さ十メートルほどの小さい崖のようになっている。そんな高台の上から、直線距離でも数十メートルは離れた先を護衛が指さしていた。森の木々の合間から細く煙のようなものが立ち上がっている。遠目で見るだけでも、とてもではないが休憩のために焚火をするような土地ではないのは想像が付く。
「これじゃあ分からないわ」
森の中で事が起きては、いくら私たちの視力が良かったとしても、ここから何が起きているかはさっぱり分からない。
が、予想することは可能だ。
「あのあたりには、隣国から来る積み荷がよく通る道があるはずよ。恐らくだけれど、隣国から荷物を運んできたどこかの商人等が襲われているのではないかしら」
「ありえますね」
護衛の一人が同意してくれたが、ありえるというか、私の記憶に間違いが無ければあの煙の発生源がある場所は、隣国へと繋がる道で間違いないと思う。
我が一族の暮らす領地は国境と接していない。しかしアールストン東部方面の国からアールストンの要所に行こうとすると、高確率で通る事にはなる位置にある。そのため街道はそこそこ整えられているけれど、全てが全てではないし、特にこのあたりの地方は多くの土地が深い森に覆われ道は凸凹が激しく、整備を後回しにされる事が多い。そういう道ほど、盗もうと考える者が出るものだ。
「音が消えたという事は……もう争いは終わったという事よね」
雪菜が呟く。私はそれを否定した。
「戦いが終わったというだけで、犯罪が終わったとは限らないわ」
「雪花お嬢様の仰られる通りです。お嬢様方は今すぐおかえりください、状況の確認は私が――」
護衛の一人がそう雪菜に伝えている途中で、私の横にあったはずの姿はするりと護衛たちの手の間を抜けていってしまった。声を出した時にはもう遅い。
「雪菜!」
「雪菜お嬢様ッ!!」
私と護衛たちの声がその場に響くが、雪菜は振り返りもしなかった。
雪菜は崖を駆け下りると、そのまま煙の立つ方角に向かって、森の中に姿を消した。彼女が崖を飛び降りてすぐに、妹についていた護衛二人が雪菜を追って崖を下りたので、捕まえてくれる事を祈るしかない。
私は濃い緑の間に消えていく白を見送りながら頭を押さえた。あの子ったら……!
この後をどうするか……ほんの少し迷ってから、私は残った二人の護衛を見る。この二人ならば、藤次郎に頼んだ方が良いだろう。藤次郎の方が足が速かったはず。
「藤次郎、申し訳ないけれど大急ぎで屋敷に戻って、事の次第を伝えて騎士たちを連れてきて頂戴」
「ハッ」
彼はすぐ頷いて身を翻した。
すぐ横に寄り添ってくれているもう一人の護衛である梅を見る。
「ごめんなさい、梅。貴女にとっては迷惑かもしれないけれど……雪菜は護衛たちの言葉ではいう事を聞かないかもしれないわ。だから……」
少し口ごもった私に、梅は言った。
「本音で言わせてもらえれば反対したい所です……」
「ええ……」
「ですが雪菜お嬢様が護衛たちの指示を聞かない可能性は確かに高いでしょう。……もし明らかに危険が高そうであれば、己の事を一番に考えて逃げると約束してくださいますか?」
「……分かったわ」
「決まりです。行きましょう」
私と梅は頷いて、崖を駆け下りた。