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正直に言えば、ブラッドリー殿下からそう問いかけられた時、私は少しだけホッとした。雪菜の事についてあれこれと聞き出されるよりかは、遥かに問答がしやすい話題であった。
何より、ブラッドリー殿下の問いは、彼が抱く当然の疑問のように思えた。
「運命の番は、獣人が、一生涯でたった一人出会う事の出来るかけがえのない結婚相手の事を指します。……ですが、殿下のお聞きになりたい事は、そのような話では、ありませんでしょう」
「ああ」
「実の所……私にも、よく分かりません」
「分からない?」
「はい」
怪訝そうな声を出されたブラッドリー殿下に、私は頷いた。
「獣人は、本能で番を理解する。つまり、番に出会うまではその本能はまだ反応していない――あるいは目覚めていないと考えられております。番に出会っている獣人と、出会っていない獣人では、はたから見て同じような意見を述べているとしても、伴う実感が違う……そう感じる事が、私には多々ありました」
幼いころから、運命の番へのあこがれがなかった。
両親は運命の番で、幸せそうに過ごしている仲の良い夫婦。雪菜のように、両親を理想の形と取るのが一般的な子供なのだろうが、私はそうはならなかった。
自立心が強い、と言えば聞こえは良いが……。一般的には、やはり男性は戦いに出て、女性は家を守るもの。その考えからいけば、私はやはり、どこかおかしい。
「私はまだ、番を見つけておりません。ですからこう考えるだけなのかもしれませんが……。何故、家族があそこまで番に拘るのか。どうして、私たち獣人は番という存在に対して、これほど熱心に……意識を向けるのか。私には、分からないのです」
番に会えさえすれば、この考えは変わるのだろうか。
分からない。
本当の所がどうなのか、自分でも、さっぱり分からない。
いくら考えたところで、多分、結果論でしか語る事の出来ない話題なのだと思う。
「……分からない、か」
「曖昧な答えしか出せず、申し訳ありません。ですがあくまでこれは、私個人の感覚です。大多数の獣人が言う所によれば、魂の一部。体の一部のようなものであり、引き離されることすらとてつもなく苦痛を伴うものであると、皆口をそろえて言いますでしょう」
「……」
ブラッドリー殿下から返事はない。彼は今、何を考えているのだろうか。
アリステラ殿下?
伊空王子?
それとも、雪菜の事?
彼にとっては喜ばしくない記憶ではあろうけれど――出来れば、雪菜の事を激しく拒絶はしないで欲しいと、そう思ってしまう私は、甘いのだろう。
(まあでも、雪菜は今監禁されているから……少なくとも番からの直接的な拒絶なんていう、苦しみを味わう事はないわね)
そう、思った時だった。
草を踏みしめる音。そんな、なんて事のない音に、悪寒がした。
「っ!」
「セッカ嬢?」
「殿下、おさがりください!」
振り返りながら、反射的にそう叫ぶ。そして私は、視界に飛び込んできた姿に、大きく目を見開いた。
「雪、菜……?!」
そこに立っていたのは、自室に閉じ込められているはずの、雪菜だった。