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「アリステラ」
「イ、イゾラ様っ、下ろしてくださいまし……」
「赤くなって……愛いな……」
「も、もうっ」
何を見せられているのだろう。ポーカーフェイスを浮かべながら私はそう思った。
恐らく、横のお兄様も同じ気持ちだったと思う。
侯爵家の中庭。そこに伊空王子、アリステラ殿下、ブラッドリー殿下、私とお兄様の五人が揃ってお茶を飲んでいた。先に前者三名が揃っていた所に、後から私とお兄様が伊空王子に呼び出されて出向いてきたのだ。
他人である私たちはそう思うぐらいで済むけれど、あれほどアリステラ殿下を慈しんでいた実兄のブラッドリー殿下が、この光景を見てポーカーフェイスなのは何というか、恐ろしさを感じた。
伊空王子が凍狼侯爵家を訪れてからというものの、あっという間に今後の予定が組み立てられていった。
まず、アリステラ殿下たちの今後の移動について。
これは本来、アールストンに入ったのちに殿下たちを護衛して王都に行くはずだった隣の貴族が馬車など一式を準備する事になった。元々ある程度用意はしていたので、侯爵領へと移動して来ればすむのでそこまで問題にもならず、すぐに決まった。……ちなみに一番最初は伊空王子がアリステラ殿下を抱いて王都に帰るとか言い出していたそうで、少し揉めたようだ。最終的にお母様の「人間は空中を早く飛ぶのに耐えられませんわ」の一言で諦めたそうだが。
それが決まってからすぐ、隣の領地に連絡が飛ばされ、馬車等が到着次第、彼らは侯爵家を発つ。
移動中の護衛は、元々予定していた者たちと王都からやってきた伊空王子の部下たちが行う。
凍狼侯爵家は、関わらない。本来ならばここまで関係したのだから王都までアリステラ殿下方を護衛してもおかしくはないのだが、雪菜とブラッドリーの関係性を考慮してこのような結果になった。
伊空王子も揃っての話し合いの席で、お父様は確認させて欲しいと前置きしてから雪菜の事を尋ねたのだという。
ブラッドリー殿下は、そこでハッキリと雪菜と婚姻する気はないと答えられたと、お母様から私とお兄様は聞いた。お父様は肩を落とされて、それから、雪菜がブラッドリー殿下に迷惑をかけないように責任を持つと約束されたそうだ。
「はぁ、早く王都に帰りたい……。アリステラ。お前の部屋はまだ何も入れていないのだ。お前が望む物を、運び入れたくてな」
「まぁ……そうなのですか。アールストンに合わせた部屋作りで構いませんのに」
「お前が好かん物を揃えるかもしれんではないか。それに、人間と鳥人では部屋の作りは大きく異なるのだ」
そうだろうなと思う。空を飛ばない義姉ですら、私室は私たちとは異なり用意されている物も違う。空を飛ぶ者ばかりの王家であれば、なおの事違うだろう。
「……伊空王子。我々は何故呼ばれたのでしょうか?」
お兄様が、咳ばらいを一つしてからそう発言した。何か用事があって呼ばれたと思うのは当然の事だった。何せ今の伊空王子は、会いたくて会いたくて仕方がたなかった番に出会えた所である。普通であれば、二人きりでの生活を望むはずで、私やお兄様を呼び寄せる理由が全くない。
「うん。忘れていた」
伊空王子はあっけらかんとそう言った後に、我々を見ながら言った。
「既に侯爵には伝えておるが、後に王家より侯爵家には礼を届ける事になる」
成り行きとはいえ、王子の番一行の身を助けたのだからそうなるのは当然だろう。
「それに伴い、アリステラとブラッドリーから、特にお主ら兄妹には良くしてもらったと聞いた故、何か希望があれば叶えてやろう」
……なるほど。家としての礼とは別に、個人にも礼をしようとして考えられて、呼ばれた訳か。
しかし急に礼と言われても、こう、良い物が浮かばなかった。
そんな私とは違い、お兄様はすぐに願いが浮かんだらしい。
「では、私の番に空を飛ぶ姿を見せていただけますか」
「ふむ。確かニワトリの鳥人であったか」
「はい。鳥人は皆、王族の雄大な飛行姿を一目見てみたいと夢見るものなのだそうです」
「良かろう。後で連れてくると良い」
「ありがとうございます」
伊空王子の視線が、私に向けられる。
「して。お主は何を望む?」
浮かばないが、ここで下手に引き延ばせば何か重い物を望むと思われそうで、嫌だ。しかし礼を貰う事を遠回しに拒否する事も難しい。既にお兄様が礼を望んでしまっているからだ。今更、妹の私は貰わない訳にはいかないし、お兄様の願いは二人分の礼で叶えてもらえるほどでもないだろう。既に伊空王子は受け入れている。
「では。今すぐに頂けるものではないのですが、よろしいでしょうか」
肯定も否定もなく、言ってみろとばかりに羽で促された。
「私は、いつか自立したいと思っております。まだ具体的な形は決めきれていないのですが……もし、将来的に王都で働く様な事がありましたら、その時、伊空王子にお口添えしていただけたらと思うのですが……」
恐らく伊空王子は、王宮で働きたい時に王子の力で入れるようにしてくれと認識しただろう。解釈としては殆どそれで構わない。
ただ、私はそれを使うつもりは全くない。自立したいと思っているが、生まれ育った土地で暮らしていこうというのが基本的な考えだ。留学後、考えが変わる可能性もあるが、王都に行くのは良くても定住したいとは考えた事がない。
そこまで王子が察したかどうかは、分からないが……あくまでも将来的に王都で働く事があったら助けて欲しいという願いである。ハッキリと、王宮に勤めたいと言いきっていない事から、使う気がない事は王子も分かったのかもしれない。彼はふむ、と少しだけ考えたのち、頷いた。
「よいだろう。もしその時が来たならば、我の宮に手紙を送ると良い」
「ありがとうございます」