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運命の番は呪いか祝福か?  作者: 重原水鳥
妹・雪菜と運命の番
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ブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランドの事情 12

「アリステラ。お前にはアールストンに嫁いでもらう事になります」


 疑問でも過程でもない確定で、王妃は言い切った。まだ伊空と話すらまともにしていない時であったのにだ。


「で、ですが王妃様。お父様はペンバートン侯爵と結婚するようにと……」

「そのようなもの、無効です。アリステラ。お前は獣人の番だったのですよ。かの獣人以外と結婚する事は許されません。お前たちが余計な事を言わぬように先に伝えておきますが、この後私は侯爵とお前の婚約を白紙とし、お前と伊空王子の婚姻の話を纏めます。陛下も……この期に及んで己の欲を突き通す事はしないでしょう。そうなれば、侯爵は従います」


 王妃の予想は全てが当てはまった。


 王妃はまず、伊空に対して侯爵を庇うように弁明した。つまりは侯爵は伊空から運命の番を取り上げようとして婚約を結んでいた訳ではないと、念を押すように話したのだ。


「人間は番を感じ取る力はございません。御存じでしょう? 伊空王子」

「……知っている。……ペンバートン侯爵、失礼な事をした」


 その場にはローザスの人間とアールストンの人間しかいないとはいえ、伊空はあまりにあっさりと頭を下げた。アールストンの王子に頭を下げられて、侯爵は決闘を申し込まれかけた事について強く非難しづらくなってしまったようだった。


 それから王妃は国王を横において、アリステラをアールストンに嫁に出すという形で話を進める。伊空に異論がある訳はない。彼は嬉しそうに笑い、それからアリステラに熱い視線を向けてきた。当のアリステラはどうしたらいいか分からないのだろう。普段の彼女と比べれば大分引き攣ったような笑みを浮かべていた。


 国王は終始言葉を発さずにいた。ただ口を真横につぐんで、手を握って王妃の話を聞いていた。ペンバートン侯爵は度々国王の様子を伺っているようであったが、国王の代わりに口を開く事はなかった。


「今日は急な事で、アリステラも少し驚いています。また後日、詳しい事について両国揃ってお話させて頂きましょう」

「相分かった」


 この時点で、アリステラと侯爵の婚約は解消された。


 それはずっとブラッドリーが望んでいた事で、今彼は喜ぶべきだっただろう。

 だがブラッドリーの心に最初に浮かんだのはやったとか良かったとかではなく、不安であった。

 アリステラは祖父並に年の離れた男に嫁ぐ事もなく、嫁いだ先で実の父親に触られる事もないだろう。

 なのに、何故、心の底から喜べないのだろう。

 元々他国に嫁ぐ可能性が高いと分かっていた。侯爵との縁組が調う前に想像していたのと同じ結末にたどり着いたのだ。それなのに。


「アリステラ、と、呼ばせてくれ」


 ほんの数秒気を抜いていただけの間に伊空はアリステラのすぐ目の前に片膝をついてしゃがみ込んでいた。

 伊空の目は、どこまでもまっすぐだった。まっすぐに、彼の目にはアリステラ以外の何物も映り込んでいなかった。

 アリステラは一度だけ分かりやすく唇を震わせたが、次の瞬間には心の内が漏れないようにと取り繕った笑顔を浮かべていた。


 ――。


「良かったな」


 自分に対する声かけだと、ブラッドリーはすぐに気が付けなかった。ゆっくりと振り返れば、第二王子がそこにいた。

 今自分がどこにいて何をしていたかが、ブラッドリーは上手く思い出せないでいた。そんな異母弟の様子に気が付かず――いや、気が付かないフリをしたまま、第二王子は言葉を続ける。


「これでお前の望みは叶ったという事だ。獣人は番に対する執着が酷いが、一方で、離れようとする訳でなければ酷く甘くたいていの願いも叶えるという」


 そっと肩を持たれる。


「アリステラは実兄(おまえ)を大事に思っている。お前もアリステラも生きている限り、ローザスが枯れる事はないだろうな」


 その言葉を噛み砕いて理解した時には、第二王子も傍にはいなかった。ブラッドリーはただ一人、廊下に立っていたのだ。





「お兄様」


 愛しい妹の声でブラッドリーが視線を上げれば、アリステラは伊空の膝の上から心配げな目線を送っていた。


「どこか体調が悪いのですか?」

「いいや」


 ブラッドリーは否定した。


「少しだけ、考え事をしていただけだ」

「亡くなった騎士の件か」


 伊空が尋ねる。ブラッドリーはそれに答えず、黙っていた。正確には違うが、ここで否定してでは何を考えていたと問われては困るからだ。その沈黙から伊空は勝手に結論を出したらしく、ブラッドリーたちが聞いてもいないのに話を進める。


「亡くなった騎士の家族には、アールストンから見舞いを出そう。アリステラを守った者たちに渡すべき報酬なのだから、アリステラの番である我が出すべきだろう」


 アリステラの頭に鼻を埋めるようにしながら、伊空が言う。


 行動は些か不格好であるが、こういう事を、あっさりと言ってしまう男だった。

 大国の王子として生まれたが故の傲慢から来る余裕なのだろうか。こういう所のせいでブラッドリーの理性は彼を認めてしまうのだ。――アリステラが真摯に彼を愛する限り、伊空はアリステラだけを愛し続けて守り続けるだろうと。


 それは素晴らしい事であり少なからず、ブラッドリーが求めていた事の筈だ。


 素晴らしい事で、求めていた事の、筈だ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] まずアリステラ姫は獣人王子を愛してるのかな? そこがまだわからないからなんとも。 人間の場合、番だからって無条件で相手に惚れるわけではないのは、ブラッドリー本人が体験ずみだし。 ブ…
[一言] こっちも一波乱あるのかな どうなるか楽しみだわ
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