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運命の番は呪いか祝福か?  作者: 重原水鳥
妹・雪菜と運命の番

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ブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランドの事情 10

 番。

 運命の番。

 獣人の、運命の番。


 それが何か、ブラッドリーは勿論知っていた。

 獣人が人間と違うと言われる最も大きな特徴だ。

 会場が静まり返っていた事もあり、伊空の言葉は一瞬で広まった。ついで、人々の驚いた声が様々な場所から上がる。

 様々な立場の人間の様々な言葉が満ちて四方八方から降りかかる。


「お、お待ちくださいっ、私はっ」


 アリステラも番については知っている。だからこそ、伊空の言葉を即座に飲み込む事が出来ずにいるようであった。彼が握っている手を慌てて手元に戻し、アリステラは数歩後ろに下がって見せた。

 伊空の顔は、先ほどまでの冷たさすら感じる顔の方が見間違いと思えるほどに甘く、蕩けていた。伊空は立ち上がると、アリステラが数歩かけて取った距離を一歩で詰めて見せた。行儀よく折りたたまれていた翼がアリステラを囲うように広げられる。


「ずっと探していたんだ……こんな遠くにいるとは思わなかったが……やっと出会えた」

「お止めくださいっ! 私には既に嫁ぐべき相手が居るのですッ」


 アリステラは人間として理性的な態度を求める言葉を告げただけであった。しかし、番に出会えた事で興奮している獣人には向けてはならない言葉だった。


「――嫁ぐ? 我ではない者に?」


 その声を聞いた近くにいた人間は全て震えあがった。伊空の視線はアリステラから外れ、周囲の男に向けられている。

 最初に向けられたのはブラッドリーだった。


「お前か」


 その瞬間、世界には彼と自分しかいないとブラッドリーは錯覚した。絶対的な強者が目の前にいると――そう、本能的に感じたのだ。


「わ、私は、アリステラの兄で――」


 兄と聞き、伊空の視線はブラッドリーから外され、プレッシャーからも解放された。膝から力が抜けそうになるのをなんとか耐えた。

 伊空は周囲を見渡す。ブラッドリーのように問うではなく近くにいた男性から順に視線を巡らせるだけであったが、誰もが震えあがってしまった。顔色を悪くして震えるだけで耐えられた者はまだ良い方で、反射的に逃げようとしてしまった者、その場で崩れ落ちてしまった者もいた。伊空はプレッシャーを与える相手を選べるのか、彼に視線を向けられて様子をおかしくしたのは男ばかりであった。


「誰だ。誰がお前を娶るというのだ。我ではない一体誰が……!」


 沸騰して器から溢れそうな水のような声が伊空の口から漏れる。アリステラは自分の失言を悟っていたが、どうすれば伊空を落ち着かせることが出来るか分からず動けないでいた。

 ブラッドリーは国王の傍に立つペンバートン侯爵を見た。当事者たる彼が今どんな顔をしているかを知りたかったのだ。

 国王と王妃は彼らのために用意された数段高くされた席に座していた。位置は少し離れていたが、彼らも今の会話は聞こえていたようで硬直している。国王のすぐ横で立っていたペンバートン侯爵は、目を軽く見開いてはいたものの、明らかに狼狽えた様子はない。それを認識した時だった。


「ぺ、ペンバートン侯爵……」


 周囲にいる誰かがいった。

 恐らく、自分が睨まれるぐらいならという気持ちだったのだろう。声の主が誰かは分からなかった。か細い声で、場は混沌としていた。


「ペンバートン」


 伊空は聞こえた声をハッキリと拾っていたらしく、一度その名前を口の中で転がしてから、迷いなく国王の横にいる侯爵を()()。仮にも国の代表として来ていたので、侯爵のような重要人物は把握していたのだろう。

 侯爵の額に、汗が浮かび上がるのをブラッドリーは始めてみた。


「あの男が? お前とあれほど年の離れた男が?」


 誰もが心の中で思う疑問を伊空は大きな声でつぶやく。

 彼はアリステラの傍を離れ、ペンバートン侯爵へと向かっていった。それはすなわち国王夫妻にも近づいていくという事。もはや殺気と表現して問題ないオーラを発しながら歩いてくる男に、国王たちを守る騎士たちは震えながらも武器を構えた。

 しかしそれすら、伊空の目には入っていなかった。伊空の目には、ただただペンバートン侯爵だけが入っている。


「お前が。お前が我が番を娶るという男か?」


 ペンバートン侯爵は何も答えない。答えられないのかもしれない。

 伊空はその場で一つ、深い呼吸をした。


大平(おおだいら)! 花をここに!」


 伊空の言葉に動いたのは、護衛の中でもひときわ体の大きな丸い耳を持つ者であった。彼は周囲を見渡す。ローザスはこの特別な日に向けて様々な花が育てられており、庭園も会場内もいたるところで花を見る事が出来た。

 大平は成人男性の指三本分ぐらいあるほど太い指で壁に飾られていた花を引き抜き、伊空の元へと運んだ。真っ赤な、シクラメンの花だ。


「貴国の流儀に従おう」


 その言葉で、ローザスの人々は伊空が何をしようとしているか理解できた。だが伊空を止める間もなく、彼はシクラメンの花をペンバートン侯爵に向けて掲げた。ペンバートン侯爵は目を見開き汗を流しながら、白い顔でその赤い花を見つめていた。


「アリステラ・アーリーン・ガートルード姫と結婚する権利をかけ、貴殿に決闘を申し込む」

 ローザスでは手袋やハンカチではなく、花を用いて決闘を申し込みます。

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