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運命の番は呪いか祝福か?  作者: 重原水鳥
妹・雪菜と運命の番
3/44

03

 私と雪菜は森の中を走っていた。


 凍狼(とうろう)族の名の由来は「凍るほど寒い中を走る狼」といわれていて、私たちが暮らしている領地の殆どは秋の後半から春の前半まで、かなり長い期間が雪に覆われる。なのでこの地域で暮らしていくには、森の中を迷ったりしない方向感覚や、寒さに耐えられる頑強さがなければ生きていけない。


 今の季節は夏の手前、流石に雪が残っているのは年中解けない氷がある地域ぐらいだ。私はこの時期に走る方が好きだった。雪の中を走るのも悪くはないけれど、雪を踏みしめるよりも、芽吹く草の上を駆ける方が好みなのだ。


 森の中を疾走しているのは私たち二人だけではない。

 獣人だろうとなんだろうと、私たちは一族を治める侯爵家の娘だ。単独で外を自由に走り回る事は許されない。

 そういう訳で、私たちの斜め前を走る護衛が二人に、後ろからついてくる護衛が二人。合計四人、一人当たり二人の護衛が付いた状態で走っていた。

 しかし綺麗な隊列だったのは走り出してから数十分程度。


「お姉様、遅いですよぉ~!」


 私より数メートル先を走っている雪菜の声が、前の方から掠れて聞こえてくる。

 確かに私と雪菜では、雪菜の方が走るのが速い。認めよう。姉といえど一歳しか違わなくて、殆ど年の差等無いようなものだしという言い訳はさておき、そもそも普段から運動量の差がある。

 侯爵令嬢として私も雪菜も教育は受けているけれど、座学多めでそちらに力を入れている私と、ダンス等の体を動かす科目の方を特に好んでいる雪菜では、基礎体力の差が激しくなるのも致し方なし。

 本来なら私と雪菜を中心に円を描くような隊列で走りたいだろうに、私が雪菜に追いつけないためにそれが不可能になっている。雪菜に付いてきている護衛二人のうち、雪菜の後ろを走っている護衛が私より五メートルほど前にいる辺りから、姉妹の距離も分かるというもの。ここまで離れてしまえば、むしろ別々に走って護衛したほうがやりやすいだろうとすら思った。

 私の横を走っていた護衛の梅は、私の真横を並走しながら口を開いた。


「雪花お嬢様、走る速度を落とされてはどうでしょうか」


 隊列のため……というよりも、雪菜に追いつこうとして普段よりペースを上げて、息切れしそうになっている私を心配しての言葉だった。


「そう、ね、雪菜には、ちょっと、追いつけ、ないわ」


 私は護衛の提案に同意して、速度を落とした。雪菜たちとの距離はさらに離れて、妹の後ろを走る護衛がかろうじて見えるぐらいになった。それでも速度を落としたお陰で、大分楽にはなった。


「駄目ね、雪菜にあんなに離されてしまって」

「そんな事ございません。遠出は速さを競うものではなく、楽しむものですから」

「…………確かに」


 護衛の励ましの言葉に、私は笑みを浮かべた。


 それから、殆ど雪菜とは別行動のまま十分程度走っただろうか。私たちを置いてかなり前を走っていた筈の雪菜たちが立ち止まっているのが見えた。護衛たちが耳をピンと立てて周囲を警戒しているのが分かる。


「雪菜。どうかしたの?」

「何かあったのか?」


 私と私のもう一人の護衛の藤次郎がそう問いかけると、護衛たちに守られるように挟まれていた雪菜が私の傍に駆け寄ってきた。


「変な音が聞こえるの」


 雪菜の護衛たちも同意するように頷く。私は雪菜の言葉に耳を澄ませた。

 風の音、草花のこすれる音、かすかに聞こえる水音……それに交じって、確かに遠く遠くから自然由来ではない音が聞こえてくる。この音は……。


「金属のぶつかる、音?」


 お兄様が剣の稽古をしている時にたまに聞く音に近い。そう思いながら呟けば、護衛たちも頷く。


「確かにこれは剣の音だ」

「しかも獣を狩っている音ではない」

「つまり、誰かが争っている?」


 護衛たちは私と雪菜の頭上で声を潜めながらそう会話をした後、私たちを見下ろして言った。


「ここは危険かもしれません。直に帰りましょう」


 護衛の言葉に頷こうとしたが、それを雪菜が遮った。


「待って! もし本当に争っているのなら、凍狼(とうろう)の娘として、見過ごす事は出来ないわ!」

「ですが危険です。我々も戦う事は出来ますが、本格的な戦闘になればお二人を守りながらでは不利です」


 護衛として付いてきている以上、勿論彼らは戦える。とはいえ遠出……つまり走る速度も必要なため、四人の恰好はどちらかといえば軽装よりだ。護衛の言う通りもしこの音の発生源が、本格的な武器防具をそろえていたならば、それらと戦闘になったらこちらが不利だ。そもそも護衛は対象を危険から遠ざける事が仕事なので、危険があるかもしれない場所にみすみす私たちを近づけたいはずもない。

 渋い顔をする護衛たちだったけれど、雪菜も頑固な所があるので簡単には折れない。このままでは話が平行線になりそうだと私は口を開いた。


「ではこうしましょう、私たちが()()()()見たりして状況の分かる範囲まで近づくの。状況が分かったら、お父様たちに報告するためにすぐに帰る。勿論、相手が動いてこちらに近づいてきそうになったりしたら、すぐに帰るわ。これが納得できないのなら、護衛たちの言う通りに今すぐ帰らなくては駄目」


 獣人は視力・聴力ともに優れている。なので辛うじて分かる程度ならば、立地の問題がなければそこまで近くはならない、はず。

 私の提案は雪菜も護衛たちも完全に受け入れられるものではなかったみたいだけれど、対立している意見の中で咄嗟に出せる妥協案として、最終的には受け入れられた。

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