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雪菜の監禁は屋敷の関係者全体に伝えられた。
普段雪菜と接する事が多い侍女たちなどは殆どが外され、下手な同情を寄せる事がないように騎士たちが部屋の周りに固まっている。
そのような措置になった理由についても、王家や国の問題とすれば、個人として雪菜を哀れに思っても勝手な行動をする者はいない筈である。この話がしっかりと伝えられた時点で、雪菜が私を襲ったという話も広まっていたから、使用人たちの中に反発する者はいなかった。すくなくとも、表面上はそうだった。
とはいえ雪菜の事を知らない者だけにして、何かの変化に気が付かないのも恐ろしいという事であの子の乳母だった人とほんのわずかな使用人だけがそのまま雪菜の世話に関わる事になった。
アリステラ殿下は輿入れのためにアールストンを訪れていたのだから、あまり凍狼侯爵領に長くい続ける訳にもいかない。ただ、今彼らは護衛も、移動手段も、殆ど失っている。これがただの旅の人であれば我が家も簡単に手伝えたのだが、王族が関わっている事から王都にどのような対応をするべきか伺って、様子を見ている状況のままである。
……そんな訳で、何も前向きな変化の起きない日々が数日過ぎた。
私が見ている限りではブラッドリー殿下もアリステラ殿下も落ち着いて日々を過ごしておられるようだった。
これにはお母様がおられる影響と、直接的な力が働いているようだと私はすぐに気が付いた。
アールストンは獣人が建てた国である事もあり国民の殆どが何かしらの獣人だ。商いなどの関係で移り住んだ人間もいる事はいるけれど、この国で暮らしている人間は殆ど番で移り住んできた人々だろう。
そんな国内だから、人間相手のさじ加減というものが分からない獣人は多い。
そもそも獣人は種族によって特色が大きく異なるので、一度基準さえ分かればそれに合わせる柔軟性はあるのだが、それはつまり一度失敗するという事にもなってしまう。
その点、我が侯爵家の使用人たちは既に十何年も人間であるお母様と暮らしていて、人間への対応に慣れている。
こうした使用人たちの慣れに加えて、お母様は女主人として使用人たちに具体的な指示を出されていたらしい。私が一人、どうしようもない事に悩んでいた間に、お母様は淡々と自分のすべきことを成されていたのだ。それを知った時、ぐるぐると同じことばかり悩んでしまっていた自分を恥じた。
私は何のために沢山勉強したのか。色々な事に自分で対処できるように、自立できるようにではないか! と。
そんな訳で私はお母様の傍でどのような対応を取っているか――風呂や部屋の温度管理、食べ物や服、時には身を清めるために使う石鹸など様々な事だ――を見て覚えながら、アリステラ殿下の話し相手としても仕事を果たす。
同時に、今一度番や番渇望症などに関する書類も読み直す事にした。どのような反応が過去観測されていて、その症状の緩和にはどうするのが良いのかなど、少しでも雪菜のためになる事があればという一心で。
そうしながらも、きっと、屋敷の誰もが早い王都からの返事を待っていた。
凍狼家はローザスの人々を助けたのだから悪く言われる事はないだろうが、王子の番に関わる事だ。下手に王族の機嫌を損ねて妙な諍いも産みたくない。王族側からの、早い意思表示が切望されていた。
そしてついに待ち望んだ、王都からの返事を持った使いの騎士が帰ってきた。
――空から。
「我が愛しのアリステラはどこにおるっ!」
可哀想に足の間に自慢の尾をしまい込んだ侯爵家の使いは、完全に片手間で運ばれてきた荷物という風であった。晴れ渡った青空に浮かぶ大きな茶色の両翼を大きな音で羽ばたかせながら、侯爵家の屋敷に降り立った人を私は存じ上げていた。
「第三、王子、殿下!」




