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「梅、梅っ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
私は医術師から治療を受ける梅の横で、ずっと体を震わせていた。止めなければと思っても涙が止められず、ただただ私を庇って傷を負った梅に謝罪を続けていた。
そんな私を見て、一通り治療が終わった梅は困ったように眉を垂れ下げる。
「お嬢様。そう謝らないでください。大丈夫ですよ、ほら、こうして動けますし」
「傷痕がふさがるまでは数日安静にする必要はありますが、深手というほどでもありません。雪菜お嬢様は運動はお好きでしたが普段鍛えておられる訳ではありませんでしたからね」
梅の言葉に付け加えるように、我が家にいつも常駐してくれている医術師の牡丹先生が顔を出しながら言った。ウサギの獣人である牡丹先生は、私たちよりも遥かに大きな耳を色々な方向に動かしながら話す。
「まさかここまで騒ぎになるとは思いませんでしたが、被害がおひとりですんで良かったですよ」
牡丹先生の言葉に小さな声で「よくない」と反射でつぶやいてしまった。
そんな私に、牡丹先生はけれど冷静な声で言う。
「良かったですよ。もしこれで傷を負っていたのが雪花お嬢様だったら? ローザスの方々の誰かだったら? ……その時は、もっと大変な事になっていたでしょう」
私はともかく……もし襲われたのがローザスの人々の誰かだったなら、それは国際問題だ。そして先ほどの雪菜の反応からして、もし襲われるとしたら……それは……。
「アリステラ殿下が危ないわ……絶対に雪菜の傍に行かせては駄目ッ!」
素人考えでしかないが、雪菜が私に怒り狂ったのは、自分の番であるブラッドリー殿下に近づいた女だったから。男性である騎士の方々ならばまだ大丈夫かもしれないが、女性であるアリステラ殿下からブラッドリー殿下の匂いがよくするとなれば、冷静さを保てるとは到底思えない。思い返せば初めて会った時も、雪菜に驚いてアリステラ殿下がブラッドリー殿下に身を寄せた時も、アリステラ殿下に対して強い怒りを見せていた。
実の姉である私にですら怒りを向け爪を向けたのだ、アリステラ殿下に対して雪菜が抱く感情はもっと強いものとなるだろう。
私の言葉に、牡丹先生はゆったりを頷いた。
「勿論、分かっていますよ。ブラッドリー殿下はアリステラ殿下の身の安全を守るために、出来る限り傍にいる事をお選びされたそうですから、絶対に御二方と雪菜お嬢様をお会いさせてはならないと通達が出ています。アリステラ殿下を始めとしたローザスの方々には、雪菜お嬢様のお部屋付近は立ち入り禁止区域として説明させていただいておりますから」
「そう、だったの……」
良かったと思うと同時に、つい先ほど見た雪菜の状態を思い出して色々な感情が湧き出てくる。
「雪菜…………」
この後彼女がどういう扱いを受けるかは、お父様の判断次第だ。とはいえお父様はお母様の次に私たち子供を愛してくださっているし、今回の雪菜の暴走は番に会えない事による暴走だろうから、お父様の最初の反応からしてそこまで重い処罰にはならないだろう。ただ、私に対してもあれほどの攻撃性を見せた以上、アリステラ殿下たちが無事にここを出立するまでの間は二度と部屋からは出してもらえないかもしれない。
そんな事を考えていた私の耳に、牡丹先生の声が聞こえた。私に聞かせるためというよりも、つい漏れた独り言という声色だった。
「雪菜お嬢様は、運が悪い」
顔を上げて牡丹先生を見つめると、先生は自分の独り言がしっかり私に聞こえていた事に気が付き、少し恥ずかし気に耳を垂れ下げた。
「ああいえ、なんでもありません。お気になさらず」
「……運が悪いって……どうして?」
牡丹先生は私の質問に、視線を逸らす。どうこたえるべきか、それか私を誤魔化すべきか……悩むように、耳がピクピク動いている。
私はじっと先生の顔を見つめた。
暫くはお互いに無言だったが、私の訴えに観念したように、牡丹先生は言葉の真意を教えてくれた。
「雪菜お嬢様の番が獣人でなかった事が、運が悪かったと、一個人の考えとして思っていたのです」