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ホッとして微笑んでいたアリステラ殿下とブラッドリー殿下は、揃って固まって私の顔を凝視してきた。その顔が本当によく似ていて、二対の紺碧に見つめられると身が竦みそうになる。しかしそれに負けぬように逆立ちそうな毛を抑え、私はお二人の顔を見つめた。
お二人は王族であられるが、私とて、凍狼侯爵家の長女なのだ。簡単に押し負ける事は出来ないし、お二人に対して失礼にならないよう、機嫌を損ねぬようには気を付けるが、ただへりくだるだけで良い訳がない。
私はあえてお二人の事は意識から外し、兄が渡してくれた入学届の事を思い出しながら少し囁くようにお伝えした。
「実は、まだ決まったばかりなのですが……次の秋から、プラリウス王立学園に行く事が決まったのです。勿論、幾度か帰郷はいたしますが、王都に行くかは分からないのです」
何を考えているのか分からない、深い二対の青が、瞬いて柔らかくなる。二人の顔はほんの僅かな時間だが、突然の予想していなかった言葉によって、普段対人で外せないのだろう微笑みの仮面が外れていた。後ろに控えている騎士たちもポカンという顔をさらしている。ここが個室で、私たちしかいないから見せれたものだろう。
先に我に返られたのは、ブラッドリー殿下だった。
「プラリウス、王立…………という、と、クライストリーの?」
「はい」
「驚いた。年に見合わぬ聡明さだとは感じていたが、あそこに合格しているとは……」
ブラッドリー殿下は本当に感心したようにつぶやかれる。まるで自慢をしたようになってしまい、少し恥ずかしくなった。
「それは素晴らしい話だ。会ったばかりの我々が言うのもおかしいかもしれないが……是非頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
ブラッドリー殿下の言葉からは不機嫌さも不愉快さもなく、素直に応援してくださっていると感じた。
アリステラ殿下も、ニコニコと微笑んでいる。
良かった。彼らの希望には添えないけれど、どうにか気を悪くはしなかったようだ。
その後も私はお二人と暫く会話を続け、それから途中でブラッドリー殿下がアリステラ殿下を連れて退出していった。そもそもはアリステラ殿下を呼びに来られた訳だが、流れで私と会話をする事になり、それが盛り上がってしまったらしい。引き止めてしまったようで申し訳なくなって謝罪したが、話したく思い残ったのは我々だとお二人は特に気にしていない風であった。
王族方の対応がとりあえずは終わり、私は体中のこわばりを解いた。お二人は相手に圧迫感を与えるような雰囲気はそうそうないが、それでも目上の方と二人きりで会話をするというのは緊張してしまうものだ。
体中を震わせ、両手で頭上の耳を揉む。それからお尻に手を回し、尻尾の毛を少し梳いた。
気持ちを切り替えた所で、私は部屋の外へ出た。どうしようか。本を読もうか、それとも外に出ようか。いや外は駄目だ、ただでさえ屋敷はざわついて皆忙しくしているのだから、それの邪魔になるような事はしたくない。となるとやはり、一人大人しく部屋で本を読んでいるのが丁度良いだろう。
そう思いながら歩いていた時、遠くで聞きなれた声の、癇癪を起こした騒ぎ声が聞こえてきた。
雪菜だ。
それを理解すると同時に、私は走り始めていた。
雪菜は一応、今も部屋で軟禁扱いとなっている。彼女の前向きな行動によって我が国の王子殿下の番の命が助かったのだから、自由にすべきという話にもなったようだが、未だに部屋の外に出してはならないという指示は続いていた。
だからきっとまた、ブラッドリー殿下に会わせてくれという癇癪だとは思う。
正直、今でも、雪菜の状況を弁えない行動には不快さが残っているが、十分に叱り本人が理解してくれればそれでいいと私は考えていた。……十分、叱られはしたはずで、だから本人が落ち着いてくれさえすれば、もう部屋に閉じ込める必要はないのではないか? と思いながら、雪菜の元に向かった私は、全くわかっていなかった。
運命の番に対する獣人の感情の強さを、しつこさを、思いの丈を、何一つ分かっていなかった。
雪菜は私と目が合い、そして大きく鼻をひきつかせた後、目の色を変えた。そして……。
「アアアアアアア!!!!」
妹の聞いたことのないような怒声と共に、鮮血が舞い、私は床に倒れこんだのだ。