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運命の番は呪いか祝福か?  作者: 重原水鳥
妹・雪菜と運命の番
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ブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランドの事情 07

 ペンバートン侯爵は倒れたまま、死んだとも、無事に山場を越えたとも、連絡がないまま一日が経過した。アリステラは何度か医務室に行ったが医術者以外は入室禁止で、医術者たちは誰ともまともな会話をしないでいた。その様子から侯爵の状況が予断を許さないものである事が分かり、宮殿内部は誰もが侯爵の続報に意識を割くようになっていた。

 国王の忠臣である侯爵は、国王の意思に沿う派閥の重要人物だ。彼と敵対する派閥の者からすれば、彼が仕事が出来ない状況の間に済ませてしまいたい事も多いのだろう。そしてそのような者たちの思惑に反発する者たちは、どうやってそんな動きを阻むかで誰もが頭を悩ませていた。


 ただ、どちらにせよペンバートン侯爵が無事に生き延びるのは難しいだろうという空気が漂っている。

 医務室に出入りする人間の雰囲気から察せれるものもあるし、ペンバートン侯爵自体がかなり高齢である事も理由だ。若かったならばともかく、侯爵は既に何十年とこの宮殿で働いてきている。以前より、そろそろ引退してはという声は上がっていた。そのタイミングで倒れたとなれば、このまま……と望む者も多い。


(そうだ。彼はもう年なのだから、このまま回復することもないかもしれない)


 そうなってくれたらという思いを、ブラッドリーは消す事が出来ない。ペンバートン侯爵が亡くなってしまえば、アリステラとの婚約もそのまま解消するだろう。ブラッドリーにとってそれは長年願っていた事だ。

 ペンバートン侯爵亡き後、彼と同じような役目を担ってくれる人間を探すのは難しい。それほどまでに国王にとって侯爵という人間は信頼の置ける存在であったのだ。もしかすればこの間にも国王は侯爵の代わりを探しているかもしれないが、それはブラッドリーたちも同じ事。

 国王が文句の言えない、国の利益になる結婚相手。アリステラが美しく、年々聡明さも取り上げられるようになったからこそ他国から婚約相手を見繕うのは難しい事ではなかった。

 王妃は未だに、アリステラの婚約を勝手に決定した国王に怒っている。それはブラッドリーが抱いている怒りとは種類が違う。兄として妹の未来を想い怒っているブラッドリーと違い、王妃の怒りは己の目的を遮られた事への怒りだ。王妃がアリステラの婚約を準備しているのを知りながら、ただ一言も断りもなく己の都合を通した国王へ怒りを抱いている。ブラッドリーと王妃の行動の大本は異なるが、それでも国王の行動に反する事を成そうとしている点では共通しており、ブラッドリーもその点では王妃を信用している。


 侯爵が倒れてから三日後には、風の噂で侯爵家が爵位継承の手続きを始めたと耳に入ってきた。侯爵家……当主である侯爵本人が倒れている今、彼らをまとめ上げるのは侯爵の息子であるドナルド・ペンバートンだ。彼は侯爵が最初に結婚した相手との間に出来た子供であり、侯爵が最終的に新しい妻を娶らなくなったのも、彼が無事成長し能力面でも不足が無かったからであった。ドナルドは既に結婚して子供もおり、その子らもブラッドリーたちと同じぐらいの年頃に育っている。ペンバートン侯爵家は、次代を心配する必要等なかった。であるのに、侯爵とアリステラの婚約が決まったものだから、ドナルドたちからすれば青天の霹靂。年齢で見ればアリステラはドナルドの子供の世代だ。そんな女性――しかも現状、唯一の王女である女性が義理の母になるとなれば、家の中で問題が起こらない方が難しい。万が一にも侯爵とアリステラの間に子供でも出来てしまえばお家騒動待ったなしである。立場は違えど、彼らもまた侯爵とアリステラの婚約に対して不満を抱いているという事は、ブラッドリーも前々から小耳にはさんではいた。


「ドナルド・ペンバートンは侯爵の容態が安定しない事を理由に、正式に爵位を引き継ぐ手筈を整えている」


 彼は大々的にではないものの、速やかに書類を揃えて宮殿へと持ってきた。国王の下に、侯爵位の引継ぎを求める書類が上がるのもそう未来の事ではない。そしてそれは何も法律や一般常識に反する事でもないのだ。法律では爵位の引継ぎは必ずしも前任者の死亡が求められている訳ではない。むしろ大半は生前のうちに次の代に爵位を引き継ぎ、気楽に余生を過ごしている。

 実際にペンバートン侯爵が亡くなった訳ではないにせよ、侯爵が倒れてから好転したという話も聞かぬ以上、侯爵家としては当に成人したドナルドに家内の実権は移して、他家――ここには王家も勿論含まれる――からの横やりを防ぎたいと考えるのは、なんら可笑しくはない。


 国王の思惑。

 王妃の思惑。

 侯爵家の思惑。

 その他の貴族たちの思惑。


 ペンバートン侯爵が倒れた一報が入ってからというものの、時代の変わる時が訪れたかのように宮殿は目まぐるしく人々の駆け引きが飛び交っていた。勿論ブラッドリーも完全に対岸の火事として見る事は出来ず、アリステラを守りながら日々忙しくしている。そんな日々の中、毎日侯爵が助かるようにと教会で祈るアリステラの横で、敬虔な顔をしてブラッドリーは祈っていた。


 どうかペンバートン侯爵が回復しませんように。


 ブラッドリーが覚えている限り、明確に個人の死を希望し、願い続けたのは、これが初めての事であった。

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