ブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランドの事情 06
一年。王族の婚姻準備としては、少し短いかもしれない期間だ。とはいえ結婚相手は国外の要人ではなく国内の要人で、数年前から婚約関係を結んでいた事を考えれば、これぐらいは妥当かもしれない。
しかしブラッドリーにとっては短すぎた。
国王の決定を、真正面から跳ね返すのは難しいのだ。そもそも何故ペンバートン侯爵と? という疑問は二人の婚約が結ばれた時に散々出た議題である。それを国王はただ一言、「余の決定である」で跳ね付けている。そこから更に深堀しようとすれば、国王の怒りに触れるのは間違いないと誰もが口をつぐんだ。
もし今ブラッドリーが二人の結婚に対してあからさまな抵抗を見せれば、ブラッドリーはアリステラから引き離されて、妹を助ける事も出来なくなるだろう。兄王子たちはブラッドリーの行動を手助けはしてくれるものの、彼らが主体となってアリステラを助けようとはしていない。あくまでも、自分たちの治世において役立つだろうブラッドリーに恩を売るために行動しているに過ぎないのだ。ブラッドリーが下手を売って国王に遠ざけられた場合、身を挺してアリステラを助けてはくれないだろう。冷たいようだがブラッドリーは兄王子たちの選択に文句は言えない立場であるので、何も言えない。
どうすれば妹を助けられるのか……結婚のための準備を次第にし始めた妹の姿を見ながら、ブラッドリーは日々頭を悩ませていた。難しい顔をするブラッドリーを、周りは可愛い妹が嫁ぐから心配なのだろうと笑った。
「仲の良い御兄妹で微笑ましい事ですわ」
以前から仲良し兄妹として過ごしていたから、ブラッドリーの少しの異変はそんな風に笑い話になって終わりだった。
アリステラは兄が自分をいつまでも子ども扱いすると憤慨した。
「お兄様っ、私をいくつだと思っておいでなのですか? そのように難しい顔をして心配しないでくださいませ」
「……すまない。だが心配にもなる兄心を分かってくれ、アリステラ」
そう言えば優しいアリステラは少しだけ眉間に皺を寄せつつも、「仕方ありませんわね」と納得してくれた。
…………気温が高くなり湿気と共に暑さの増した季節の昼。宮殿に衝撃の一報が響き渡った。
ペンバートン侯爵が倒れた。
ブラッドリーはその一報を剣の稽古中に聞いた。
汗をぬぐったり着替えたりする手間を惜しみ、稽古恰好のままにブラッドリーは妹アリステラを探した。侍女たちから、アリステラは倒れたペンバートン侯爵の元に向かったと聞き、慌ててペンバートン侯爵が運び込まれた医務室へと向かった。
「アリステラッ!」
アリステラは青い顔をして椅子に腰かけていた。ブラッドリーの顔を見ると安堵したのか、その目から涙をこぼす。
「お兄様……」
ブラッドリーはアリステラの細い肩をそっと抱き寄せながら、医務室の中にいた医術者の一人に視線をやった。ローザスにはそう多くいない、癒しの魔法が使える医術者は事の経緯を二人に説明した。
いつもの通りに宮殿で仕事をしていたペンバートン侯爵が、何の前触れもなく倒れたのだという。すぐに医務室に運び込まれ、現在は治療中だと告げられた。
「治療が終わるまでは申し訳ありませんがどなたもお通しする事が出来ません。殿下方におかれましては、治療が終わり次第ご連絡を入れますので、どうかお部屋の方でお待ち頂きますよう」
「私は侯爵の婚約者です、先生」
「ご家族であろうとなんであろうと、治療中にそばにいる事は出来ません。どうぞ、お部屋でお待ちください」
アリステラはそれでも婚約者として侯爵の傍に……と言い募ったが医術者は頑なに拒絶した。偶然宮殿の傍まで来ていたという侯爵の息子が駆け付けても同じ言葉を告げたのを見て、アリステラはようやく医務室から離れる事に同意した。
ブラッドリーはその日する予定だった仕事のうち、今日中に片づけなければならないもの以外を明日に回して、不安がるアリステラに寄り添った。いつ連絡が来るのかと待ち続ける時間は、数倍遅く時が流れていると錯覚するほどだった。