ブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランドの事情 03
「王妃殿下、兄上方……アリステラがペンバートン侯爵と婚約するというのは、本当なのですかっ?!」
国王からの通達がなされた後、アリステラはあまりの事に意識を失って倒れてしまった。妹の護衛を従者たちに強く頼み、ブラッドリーは先触れも忘れて王妃の元を訪れたのだ。通常であれば追い返されただろうが、事が事だったために事前通達されていたのか、王妃を守る近衛兵たちはブラッドリーをあっさりと中に通した。
部屋の中には王妃のほかに、第一王子と第二王子もいた。どちらもブラッドリーより十以上年上のため、横に並ぶと兄弟というよりも親子に見えなくもない。大きな声を挙げながら入ってきたブラッドリーに対して三人は僅かに片眉を上げた。その動作はよく似ていて、三人が血の繋がった母子である事を感じさせる。
「ブラッドリー。そう声を荒げさせるな。座れ」
「は、はい兄上」
第二王子に促され、ブラッドリーは用意された椅子に腰かける。
王妃は表情を隠す扇を広げて口元を覆っていたけれど、鼻から上の顔が見えるだけでも十分に彼女の不快感が見て取れた。
「やられましたね母上」
第一王子は実母に冷静な声で言った。
「もう内内に決まっていたのですから、早く公表してしまえばよかったのです。無駄にタイミング等見計らっているから、父上に先手を取られてしまった。さて、あちらの国にはどう言い訳をしましょうか」
「黙りなさい。それは私がどうにかします」
王妃は不機嫌さを隠さずに第一王子を叱咤した。王妃のそんな態度を前にしても、第一王子は肩を竦めるだけだ。この王妃に対してこんな対応が出来るのは、ローザスでは国王か第一王子ぐらいのものだろう。
「アリステラは……ペンバートン侯爵と結婚しなければならないのでしょうか」
「父上の名で国中にお触れが出てしまった。今更婚約を覆すのは難しいな」
「そんな……五十も違うのです、ペンバートン侯爵はアリステラからすれば親どころか、祖父ぐらいの年で……」
確かに政略結婚では、必ずしも年が近い者と結ばれる訳ではない。そういうものよりも政略的なつながりを優先させるのだから。
それでも、多少は考慮される面もある。例えば初婚かどうかなども気にされるものだ。
ペンバートン侯爵は過去に二度、結婚の経験がある。しかしどちらも奥方からの希望で離縁している。幸いにも跡継ぎの息子がいるので妻がいなくても問題はないらしく、本人は二度も妻に逃げられている事を気にしている風はない。彼のつく地位は高く、周りも大きな声でその事を貶めるような言い方はしない。
ただ、対面上の傷は傷だ。アリステラは誰ともつながった事のない初婚だというのに、祖父ぐらいの年の差のあり、次は三度目の結婚になるペンバートン侯爵と結婚させるというのは酷い嫌がらせでしかない。余程問題を起こしている女性や家が金がない女性であれば、何かしらの目的でそういう男性と結婚させられる事もあるだろう。しかしアリステラはこれまで幼いながらも求められてきた王女としての仕事をしっかり全うしてきた。その結果がこの縁組というのは、十二歳の王女には残酷過ぎた。
「父上は……アリステラをそこまで疎んでいたのですか……?」
母の死後、正直に言って父から愛情らしいものを感じた事は少ない。それでも王子として王女としての役目をこなし、王族として認められていると思っていた。
けれどそうではなかったとすれば……実母の死後、王妃の庇護下に入って生きてきたブラッドリーとアリステラの行動は、国王にとって不愉快なものだったとすれば……。ならばアリステラが今こうして、あまりに酷い結婚を命じられたのは、王妃の庇護下に行くと決めたブラッドリーのせいという事になる。
愕然とするブラッドリーに、呆れたような王妃の声が届く。
「ブラッドリー・ジョージ・アンブローズ・バートランド。お前は聡明な決断を下せる割りには、まだまだ未熟ね」
「…………ど、ういう、事でしょうか?」
意味が分からず、なんとか顔を挙げれば、王妃はパチンと扇を閉じる所であった。
「あの男の事を何もわかっていないという事よ」
そう言葉を重ねられても、ブラッドリーには何がなんだか分からなかった。そんな異母弟を見た第一王子は、緩く首を横に振る。
「母上。普通、そのような事は思いつきません。ブラッドリーが分からないのは当然でしょう。……ブラッドリー。国王はアリステラを疎んでいるのではない。むしろ、愛していると言ってもいいだろう」
兄の言葉をブラッドリーは噛み砕けなかった。