Listen 1ー8 ○け○び
ガラスの割り方一つとっても、性格は出てしまうんだなぁ。
ぐっ、ぱき。ぐっ、ぱき。
窓ガラスに向かって椅子を振りかぶったのが、遠い昔のようだと、目を細めた私の先で展開されたのは “必要最低限” とタイトルをつけられそうな光景だった。
力任せではなく、コンパクトに構えられたのは、やはり椅子。その足二本をそっとあてがい、ぐっと体重をかけるようにすると、ぱきりと渇いた音と共に力が加えられた二点間を結ぶ、ほぼ直線のヒビが入る。
ぐっ、ぱき。ぐっ、ぱき。
手慣れたようすでそれが四本。結ばれたところで、一番最初に貼った(なんと! 良く見れば折り返して持ち手付き!)テープごとガラスを剥がせば、内と外を結ぶ、透明なトンネルの開通だ。
いや、トンネルというには薄すぎるけど。
そして。
そこから。
異形のモノは。
あらわれいでた。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「いやー。まさか、ああなるとはね。参った、参った」
手があるなら、照れ隠しに後頭部でも掻いていそうな、明るい声は出会った時と変わらない。
その発せられている位置も、だ。
「・・・」
では何が。
私に沈黙を強いているのかと言えば “事実”。
彼女の首が体に支えられていないという事実、だ。
見覚えのある顔は確かに妹さん。
彼女の生首は、音もなく。
いや。
ペラペラと明るく喋りながら。
宙をふわりふわりと漂っていた。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「ひぃゃ むぐっ!」
「冷や麦?」
・・・この状況で、叫ぶと思うか?
夏によく食べる細い麺類の名前を。
悲鳴の途中で口を塞がれるのは、もう何回目だろうか?
いい加減思う存分叫びたくもなるが、叫べばどうなるか(たぶん、アイツやってきて叫び放題になると)わかる私は、シーッと唇に人差し指をあてがう姉に向かって、疲労感を覚えつつ、こくこくと頷いた。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
異常、というのはいつまで続くものなのだろう。
その対義語が正常ならば、それが正しいと受け入れるまでなのか。
「・・・」「・・・」「・・・」
他の二人?(一人は首から上しかない)が何を考えているのかは不明だが、私が考えていたのはそんな事で、それは沈黙が破られるまで、ぐるぐる、グルグルと頭の中を回っていた。
「私の自己紹介はいらないわね、袋野魅魅さん」
「いえ、できればして欲しいです」
おっと。間髪入れず否定してしまった。
なぜ、いらないと思った?
なぜ、私を知っている?
「自意識過剰~」
そんな姉と私のやり取りをからかうように、机の上からケラケラと笑い出したのは妹さんの生首。
どうやら、浮くにも体力? (体、は無いから頭力?) がいるようで、ストン! と机の上に着地した姿に、デジャブをおぼえる。
いや、どこでみたか、記憶を振り返るまでもないか。
この出来事の発端、机の上に載っていたマネキンの首と違うのは、髪があって、全体的にイキイキとしているところだ。
生首だけに。
生首は生ってついてるけど実際には生きてないけどなんで生首いやいや生首以外例えば干首とか塩漬けとかあったなそれに対しての・・・。
「うるさいわよマイ」
再びぐるぐると私の思考が回りそうになったのを止めたのは、ちょっと苛立ちを含んだ姉の一声だった。
そうか、妹さんはマイって言うのか。
「私は被塚伸子。生徒会長をしているわ。愛称はビッカ」
なるほど、生徒会長さんでしたか。
毎日欠かさずブラッシングしているのだろう。
腰少し上まで伸ばした髪は艶めき、やや固い印象を与えてくる眼鏡も良く似合っている。
全校生徒から選ばれた存在ともなれば、私が知っていると考えても不思議じゃあ無い。
「立候補者が一人だけで無投票だったけどね」
うん。なんで知っていると思っているのか不思議しかない。
・・・愛称まで言ってきたのもだけど。
あれか? あれだろうか? 呼んで欲しいのか?
「じゃあ、会長って呼ぶね」
あ。ガクンって肩が落ちた。
でも、いきなりニックネームはハードルが・・・。
「私は舞子、マイって呼んで!」
「はい」
妹さんの提案には素直に頷けるんだけど。
いや、そんな恨めしげな目で見上げられましても。
名字だとどちらかわからないし、マイって呼びやすいし、仕方ないですよね?
「私は」
「知っている、袋野さん」
だから、なぜ二人とも一生徒にしか過ぎない私を知ってるんだろう?
はっ! もしかして読者?
投稿している小説の読者?
いやいや、ペンネームは使っているしブックマークは少ないし、いやいやそんな・・・。
「トラックに跳ねられて入院してた人だよね?」
「・・・はい」
ああ。
私、有名人でしたね。
「良くバラバラにならなかったよね~」
ええ。ホントに。
・・・首から上しかない人に言われると、説得力あるなぁ。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「で、マイちゃん、は、なんで生きてる? のかなぁー。なんて」
うわー聞きづらい。本当に聞きづらい。
「抜け首だから」
言い出しづらい言葉を無理に押し出した、私の質問の答えはあっけらかんとしていた。
ぬけくび、ぬけくび、飛頭蛮。
一応、なろう作家のはしくれである私には記憶がある。
というか、有名作品にも登場しているので知っている人は意外と多そうな妖怪である。
呼んで字の如くに首から先が抜ける妖怪。
そして、謎パワーで頭だけで飛び回る存在でもある。
「ああ。だからか」
ようやく、感じていた違和感の正体が判明。
そういえば、スプラッタじゃあ無かった。
心臓が動いている状態で頸動脈が切断されればどうなるか。
あの場所は噴き出す血液で染められた、真っ赤に染められたカスケードになっていないとおかしかったのだ。
まあ、そうなると、私の意識は速やかにシャットダウンされただろうけど。
ん? あれ? あの後・・・。
「抜け首、なんだよね?」
「そうだよ。断面見る?」
気管、ぶっとい動脈、静脈、筋肉頸骨。
「うっ」
・・・想像するだけで、込み上げるモノがある。
物理的に。
「趣味の悪いジョークは止めなさい。笑えないから」
姉が妹の頭にチョップを落とした。わりと重めの。
いやホントに勘弁して欲しい。
こちとら、色々ありすぎてちょっと弱っているのだ。
それでも。
「あの後、体って」
聞いておかなきゃいけない事はある。