Listen 1ー6 かみきり
どこまでも、どこまでも深い静寂。
こうなってくると、さっきまで追い詰めてきていらたあの音さえ懐かしくなってくるから不思議だ。
まあ、あるか、ないかと聞かれれば、答えはあるなんだけどさ。
ありがちなシチュエーション。トイレ、いや、カーテンでもいいけど。
区切られた空間に逃げ込んだ後で、端からバタン、シャッっと中を除かれていき───今ココ!─── 一つ手前で追っ手が止まるのは、よくある事だと言わざるをえない。
実際に自分で体験してみると、実にイヤなもの
だけである。
気になる。
実に、気になるのだ。
お約束では目を伏せていた逃亡者が、引き伸ばされた時間の流れのじれったさに耐えきれず、ふと顔をあげると。
目が合う。
扉やカーテンの上から見下ろしてくる追跡者・・・。
・・・うん。廊下からの光取りの窓にはいないな。
さらにお約束では、身動ぎさえできない逃亡者が、耐えきれず確認しに出ていってしまうのだ、よせばいいのに。
閉まっている扉やカーテンを開けようかと悩む逃亡者。
視点がずれて背後が明らかになるのと同時に、現れ見える、追跡者の姿・・・。
・・・うん。振り向いても、真っ暗になった外を背景に、制服姿のアイツがヤモリのように窓ガラスにへばりついたりしていない。
それにしても気になる、気になる。
私、となりの教室の扉、閉めたよね?
あー、確認したい。すっごく確認したい。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
とはいえ、そんなのものは死亡フラグ、デス旗。
行けば、鉢合わせするなんてのは目に見えている。
そして目に見えてなかったのは扉の横の黒板だ。
まあ、数ミリの出っ張りなんか、あえて開けている扉にいつ影がさすかに集中している私が気づけるはずないんだけど。
もし誰かが見ていたとしたら、こんな感じ。
キラリ。廊下から差し込む光を黒板から飛び出した、小さな小さな金属片が反射している。
その輝きは花火の一雫がしたたるようにすっとこぼれ、下から登ってきた片割れと合流して消える。
もう一度。
さらに横向き。
もう一度。
ここで挟むセリフは「志○後ろー!」・・・。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「ふえっ!?」
我ながら、悲鳴にもなってない間抜けな声だったと思う。
・・・だって仕方ないじゃない、
ばだーん!
バタン! ならともかく、それなりに詰まっている平面が倒れる音なんて、それほど聞く機会が無いし。
「な、何が?」と口には出したが、体は反応して教室後方の開けっぱなしの扉へと走り出していた、
「いやいや、無いでしょ! 壁切り抜くとかさぁ!」
どれだけ切れるんだあのハサミ。
違う、これは違う。
日本のホラーっていうのは、もっとしっとりしているもので。
海外製のザクッ! スパッ! ギャー!っていうのは違うんだってば!
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「あっ!」
しまった! 間違った!
アイツの登場が意外すぎたか。
頭のついていってなかった私の足は、自然とさっきとは違う階段へと踏み込んでいた。
まずいまずいマズイ!
階段はダメなんだってループしてるんだって!
戻る、必要はないか。
ループしてるんだろうから、駆け降りて、そのまま廊下を走るのが勢い的に正解だろう。
いつかは使わなきゃあいけないかもだけど、今じゃあないし、ここでもない。
・・・せめて、校舎が “コ” じゃあなくて、“ロ” の字型なら、余裕を持ってグルグル逃げられるんだけど、なんて考えていたのがいけなかったか。
見通しの悪い階段の踊場で。
壁の影にいた存在に。
私はがっしりと捕まった。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「んんん~? んー?!」
脇を閉めた腕で私の上半身をがっちりホールド。
その先、手のひらの合流点は私の顔の下半分。
「おとなしく、まずは暴れないでちょうだい」
姿は見えないがおちついた口調には、私を押さえつけている力みがまったく感じられない。
「んんんんん!」
「わかるわ。こんな状況におかれたんですものね。私の言葉が耳に入らなくても仕方ない」
「んんんん!!」
「でも何度でも言うわ。まずは静かに、落ち着いて」
「んんん!!!」
「貴女に危害を加える気は微塵も無いのよ。そこだけは信じてちょうだい」
「んん!!!!」
突然のホールドに驚いたのは事実だ。
最初、言葉が耳に入らなかったのも。
けど、私が、暴れて、いる、の、は。
「姉さん、姉さん」
「何?」
「押さえすぎ」
「仕方ないでしょ。暴れるんだから」
「違う、違う」
「何がよ?」
「場所、場所。押さえてる」
「だから、何がよ?」
あなた。口と一緒に。私の。
あんまり高く無い鼻も一緒に押さえてますよー。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
『ここで追加情報。最初にお悩み相談してくれたキリキリさんと、連絡がつきましぇん!』
誰の物真似だ。独特なアクセントと言い回しには覚えが・・・。
『なので念のため追加情報。キリキリさんはたぶん紙切り系の人。黒髪切りとも呼ばれるから昆虫じゃないよ。暴走しちゃうと見境が失くなるので髪の長い人は注意!』
・・・いや、短くてもいいみたいですよ?
『特に弱点、みたいのはないなぁ。ところで似たようなのに “網切り” っていうのがいるんだけど、ボクはヤマビエ=アマビエ説を押すね。かみきり、あみきり似てる・・・』
・・・いやいや、「ないなぁ」で済ますなよ!
「そこが一番重要でしょうがぁ!」
ばっ! と上半身を起こした私を、「何が?」と疑問符を浮かべて見下ろす、同じ制服姿が二人。
気を失う前の会話が幻聴でなければ、たぶん、姉妹。
「よかった。めがさめたのね。こんなことに、まきこまれたのだもの、きをうしなってもしかたないわ」
棒。若干、棒読み。
さっ! さっ!
そして泳ぐ目のスピードが早くて合わない。
うん。犯人はコイツだな?
「姉がすみません。でも、言ってた内容は本当なんですよ」
頭をかきかき謝ってくるのは妹さんか。
姉が長髪でおしとやかそう。
妹が短髪で活発そう。
第一印象はそんな感じ。よく見ると、顔もよく似ている。
「一応、助け? は違うか。時間稼ぎ? にきました?」
「ここは安心させる意味でも、助けにきたでいいでしょ」
あんまり性格は似ていないけど。
ああ、助けがきたのか。
・・・って、助け? この二人が?
どうみても普通の女子高生だけど・・・。
「それで、カミキさん、いえ貴女を襲ったヤツはどこ?」
なぜ、襲われたと? と自分の顔に書けば、長髪を指に巻かれた。
・・・うん。そだねー。
事後に見えますよねー。
私のベリーショート。
でも、やっぱり。
アイツの場所もわかんないのか。
これは、追いかけられる人数が増えただけでは?
って! 私、何分気絶してた?!
「すぐそこ! すぐそこにいるから!」
「えっ! 」
「・・・」
逃げないと! 私の焦りがお姉さんに伝染する。
妹さんはやっぱり落ち着いて・・・?
いや、落ち着いているというより、反応が・・・。
「どうしたの?」
そんな姉の問いに。
ごとり、と。
妹は。
重たくまあるいモノが。
床に当たる音で答えた。