Listen 1ー2 ○み○○
『はぁい。一曲目終了。いつ聞いても良い曲ですねぇ!』
補講予定の伝達に御説教が少々。暗くなってしまった窓の外を横目に、人気の無い学校を教室のカバン目指して歩く私。
機械では無く、頭部に埋め込まれた金属で受信しているのに目をつぶれば、陽気なパーソナリティーの語りと軽快な楽曲は、うら寂しい道行きの同行者として悪くない。
例えそれが、某、妖怪アニメのオープニングをヘビロテしてきても。
パーソナリティーに言わせれば、放送時期によってそれぞれに違いがあるらしいが、よくわからない。歌詞が一緒の歌のイントロで聞き分けられるほど私はマニアでは無いのだ。
それでも。うらやましす。
学校も試験もないとは。
そんな事を考えているうちにもプログラムは進み、明るい声と共にジャジャジャンっぽいジングルが鳴り響く。
『それでは今日のお悩みそうだーん』『ヒトリメハァ』
一人のはずなのに声色は二色。
“にろ” という名前に聞き覚えは無いけど、声を自在に使い分けられるのは、ラジオパーソナリティーとしては強みに違いない。
普通の声がメインの進行とボケ、ややカン高い声が合いの手とツッコミを担当。聴取者を飽きさせないテクニックとしてはわりと上で声の御仕事には向いているのではないだろうか?
・・・たぶん、ギャラは一人分だろうし。
なんて考えていると、なっていたコール音がガチャリと途切れた。
『ラジオネーム、キリキリさんでOK?』
『はい』
『ご相談の内容はぁ~?』
チャラい。ちょっとチャラい。
私としては、にろさんは、あまり相談相手にしたくないタイプだ。
とはいえ、好みは人それぞれ。
軽い悩みを笑い飛ばして欲しい人だっているし──
「殺しちゃいそうなんです」
──悩みが重すぎて、誰でもって人もいる。
『そ・れ・は、深刻だねぇい、生まれ持った衝動を押さえきれないかんどぃぃ?』
『はい』
軽い。軽すぎる。そしてヘヴィ。
努めて軽く振る舞うパーソナリティーの発言がたった二音で完全に押さえつけられてる。
『私、仲の良い友達がいたんです。でもケンカしちゃって』
『あ~。かわいさ余って憎さ百倍、みとぁいな?』
『まさか! そんな事ありません』
『あれ? でもちょめちょめしたいってぇ?』
ラジオの放送コードは知らないが、あまり連呼していい単語でもないのだろう。
・・・代わりに使う言葉がそれでいいのかと、引っかかりつつ、続きに耳を澄ます。
『友達がさせてくれてた事があって。でもできなくなっちゃって。私、あれしないとダメなんです。少なくても一日一回』
『うん。うん。分かるよ! そういうのあるよねぇ。一人でやるんじゃダメなの?』
・・・ナニをだ。
少し、頬にほてりを感じるんですけど!
『色々、色々はしてみたんです。眺めるだけならって、気に入ったモノの持ち主に近づいてみたり、道具をカッテみたりして』
『そうなんだ』
『でも、でも! でぇも!! 本物じゃなきゃダメなんです。感触が違うんです。入れた時の』
『あー。かえって高ぶっちゃった、みとぁいな?』
『そうなんです。だから私我慢してるんです。でもでも限界なんですもう誰でもいいんですサクッとやりたいんです後ろからでも前からでもいいんですヤれるならならならぁ』
『落ち着いて、一旦落ち着いて』
『ふぅ。ふぅ。ふぅぅ』
一応聴こえてはいるのか、頭の中に響く吐息から熱が失われていく。
『・・・そのままぐぁわまんできない?』
『できるかぁぁぁぁ!』
ぶつん!
うん。
今のはにろさんが悪いよね・・・。
とはいえ私が気のなったのはそこじゃあない。
最後の絶叫、前からも聴こえたんだけど?
しかも、頭の中で響くより早くに。
つまりは、この先=私のカバンがある教室に相談者がいる。
のか、な?
『いやぁ失敗、失敗』
『ソレデ、スマスナヨ?』
『もちろん! ただいまの電話の発信源は○○高校。近くにいる方は、GOちゅうぅい、及びGOとぁいおうくぅださぁい』
『ソレダケカ!』
いや、まったく。
ラジオネームだから個人情報にはならないだろうが、何かとギリギリだ。
にろさん、ってどっちもか。
ツッコミ側をにろさんBとして、彼に完全同意。
とはいえ、スタジオにいるであろう彼にできる事も無いわけで。
「対応、は、無理だけど、注意、ぐらいなら」
そーっと教室の引戸にはめ殺されたガラス窓を覗く。
蛍光灯が点いてない室内は、私のいる廊下からの光でかろうじて物の輪郭が分かるぐらい。
整然と並べられた机、縛られたカーテン。
雑巾で拭かれた黒板は黒く深く。
隅で息を潜める常闇と星の見えな空の暗さと。
ナニカを静かに競っている。
その中で。
白く、ポツリと、くっきりと。
肩で息をする夏のセーラー服だけが浮かんで見える。
そして、激情のまま叩きつけたらしいスマホを拾おうと屈みこんだ先の机に。
血の気の無い首から上の白い白い顔が。
焦点のずれた虚ろな瞳を。
もう開く事の無い赤い唇を。
静かにこちらへと向けていた。