Listen 1 か○○○
長期入院からの復帰一日目。
なんとなく、気まずい。
「おーっす。異世界帰り!」
おずおずと教室を覗き込んだ私の後ろから声をかけたのは、友達と言って差し支えのない○○だった。
あれ? ○○? 名前が出てこない。
校則違反にならないギリギリを攻めた茶髪も、ホームルーム前には戻すであろう、やっぱりギリギリ丈のミニスカ姿も、これでもかと知り合いだと主張しているのにだ。
「どした? 異世界帰り?」
「誰が、異世界帰りだ!」
う~ん。おかしいな?
記憶障害はなかったはずなんだけど。
異世界帰りと連呼するのは、投稿小説サイトの読み専=投稿せずに読むだけの人だから。
好きなジャンルはスローライフ系の異世界モノと、あんまりどろどろしてない悪役令嬢モノだと思い出せるのに名前だけが出てこない。
「あ、スカート直さなきゃ!」
小走りにトイレに向かう後ろ姿も見覚えがあるでしょって言ってるのに。
ホームルームで出席を取った担任は、私にノーコメントだった。
おお、きたのかという顔をしただけだ。
転校生じゃあ無いんだし、自己紹介はおかしいし、今さら引き合いに出して交通安全でもないのだろう。
それじゃあ「何を」と聞かれれば、言葉につまる。
と、思っていたら名前を呼ばれた。
「袋野、後で話がある」
呼び出し。
ヒューヒュー!
すかさず冷やかすような声が上がったのは、ここがほぼ女子高だからだ。
担任は男。
くたびれた中年で既婚者でも、思春期の妄想からはなかなか逃れられない。
「補習だ! 補習! 休んだ分の!」
・・・、デスヨネー。
いや、元から色っぽい話だとは思ってなかったけど。
ガラガラ、ピシャン! と担任が出ていくのと同時に私は机に突っ伏した。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「跳ねられたんだって?」
「夜中だったんでしょ?」
「どこ行く途中だったの?」
担任が淡白だったから油断していた。
事故でスマホがバッキバキになっていたせいもあって、クラスメイトの中では妄想が膨らみに膨らんだらしい。
親に反対されて仕方なく、真夜中に家を抜け出して盗んだ自転車で、彼の元に走る女子高生(一年)とは誰の事だろうか?
とりあえず主張できるのは、その人が家のママチャリ(整備不良)で、アイスを買いに行った私ではない事だ。
「なんだ~、アイスか~」
「いやいや、じ・つ・は」
「え~、店員さんと~?」
ないない、知らない。
よく行くコンビニだけど、覚えているのはカタコトのおねーさん店員だけだし。
というか、よくまあ話が元に戻るものだ。
こうして復帰一日目の私の休み時間は潰れに潰れ、帰りのホームルームで今か今度こそと待ちくたびれていた担任に、首根っこを捕まれる羽目になったのだった。
「プリント、小テスト、放課後補講~」
さらに夏休みにも、講習だ。
きちんと補習してくれるありがたさに軽い調子で節を着けてみたが、それでも気分は軽くはならない。
小説、集中して書こうと思ってたのになぁ。
がっくし。肩を落とした私の奥歯が噛み合わさる。
それと同時に聴こえてくるのは、ザーっというノイズだ。
ああ、まだ時間が早いんだなと、廊下の窓の外を見れば茜色。
ちょうど、同じような頃合いに言われた内容を思い出すには言い時間だ。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「ラジオを受信してる?」
にわかに信じられない内容を聞き直した私に、女医さんはうなずいた。
「埋め込まれた異なる金属が接触した時に、電波を受信してしまう事例がまれにあるみたいなの」
「はぁ。・・・異なる?」
「袋野さんの場合、頭蓋骨のプレートと奥歯の治療で使われた金属が該当するのね」
ちょんちょんと自分の頬をつつく女医さんが、なんか可愛い。
つまりこの怪奇現象の原因は、オカルトじゃなくて科学なのか。
「ちょっとぐっと噛み締めて!」
ザー。
「口を開けてみると?」
ピタッ。
「何か聞こえる?」
「止まりました」
予想通り、問題なし。
そんなやりきった顔で女医さんが立ち上がる。
って、困るんですけど!
「え、これ直らないんですか?」
心霊現象では無かったし、奥歯を離せば音は消えるけれども。
ずっと口を開けているのもなんだかな、だ。
「うちで直すとなると、プレートの入れ替えね。再手術だけど、そうする?」
プレートを金属意外、例えばセラミックにすれば解消できるが・・・。
最初からやり直しになると、当然入院期間と。
「たぶん、事故の保険は使えないから・・・、かかるわよ?」
お金が倍、どころではなくなるという事だ。
「まあ、歯を代えた方が、どちらの負担も軽く済むはずよ」
ソウデスネ。
でも、夜中に部屋にいたはずの私の事故連絡って青天の霹靂を食らった親は、怒ってスマホの修理代も出してくれないんスよ。
とは、口に出せなかった・・・。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「遅くなった、遅くなった!」
そんな事を思い出していると、窓の外の最後の赤色が空の端へと追いやられていた。
茜から紺へ。
何色も使われたグラデーションを見るのは好きだが、その中を歩くのはちょっと苦手だ。
長い蛍光灯の無機質な輝き。
こつり、こつり、と自分の足音が響く人
の気配が無い廊下なら尚更。
窓からの集光を考慮して設計された階段なんかはさらに薄暗く。
動けば足音はするんけど。
もし、相手が立ち止まっていたら・・・?
見えない踊場の向こうに、ぼーっと佇む長い黒髪はボサボサで。
なぜか顔の前にも垂らされた髪の隙間から覗く目は・・・。
「今日も! はっじまりました! たっそがれ、らでぃお~!」
「うひぃぃぃっ」
いきなりノイズから切り替わった陽気な声とジングルに思わず悲鳴が漏れた。
何もされて無いのにいきなり叫ぶ女子高生と、想像の産物。
端から見て怖いのはどっちだろうか?