プロローグ
やってきましたホラーの季節。
怖いかどうかは読み人まかせ。
頑張りますので御一読のほど
よろしくお願い致しますです。
会ったこともない友人曰く、夜中にアイスを食べたくなるのはフラグであるらしい。
なぜ? と打ち込めば、長文のお返事。
アメリカ由来の都市伝説と、小説原作のアニメの話がごちゃ混ぜになったそれを何とか噛み砕けば。
どうやらアイスを買いに行く途中で、遊びにきた友人からベッドの下に誰かいたと種明かしされたり、猫の集会に出会ってしまったりするそうな。
なんて事を考えているのには理由がある。
現在地、冷蔵庫前。
現在時、午前二時。
六月の時点で四十度に迫る勢いを発揮した気温は、梅雨の湿度も相まって、恐ろしいほどの寝苦しさをもたらしていた。
パソコンの前でカチャカチャとやっていた時には気にならなかったソレは、投稿終わりの解放感からスッといつの間にか入り込み、ベッドの上でベターっと音をさせて肌に貼りついたのだった。
「ないか~」
冷凍庫から漏れ出す冷気に一息ついたのもつかの間。目的の物は存在していなかった。
カップ、コーン、スティック。
これは! と手に取ったファミリー向けのボックスは空っぽ。
期待が外れて余計に食べたくなった私は、寝間着の上から上着を着込むという荒業を使い、スマホと財布をポケットに突っ込んだ。
カチャン! ガチャン!
・・・鍵に、車輪止めのロック。
日中は雑然にまぎれるが、夜中はそうはいかない。自転車は意外にバネが使われており、弾けるような鋭い音が響くたびに思わず首をすくめる。
家族はとうに寝ている時間。
起こしてしまえば「なにやってるの?」からお説教が始まるだろう。
幸いにして両親の寝室の灯りはつかず。
私は真夜中の街へとペダルを漕ぎだした。
黄、赤、青。
赤、青、点滅。
何も通らず、誰もいない道を照らす信号は働き者だ。
そして私は怠け者。
コンビニまで緩やかな坂なのを利用して、スイスイと足を動かさず、生暖かい風を切る。
帰り? それはそれで。
何しろ復路のカゴには目的のブツが入っているのだ。
怠け者でも御褒美があれば頑張れる、ハズ。
そんなチート中の私の目に青と白の看板が映る。
今は背を向けているコンビニの入り口が面しているのは幹線道路。
今までの小道とは違い、真夜中でも車通りがある車線の多い太い道だ。
減速しようとブレーキを握った私の両手に───
ブブツン!
───伝わってきたのは、なんともイヤな感触だった。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
「はぁあぁぁぁ?!!」
我ながら裏返った間抜けな声だった。
スカッ! スカ! スカ!
いつもなら手応えのあるレバーがやけに軽い。
って軽すぎぃ!
え? 切れた? ワイヤーが? 両方??!!
自動車ならギアを落としてエンジンブレーキかサイドブレーキを使うところだが、私が免許を取得するのは先のお話である。
・・・とか、考えている場合じゃない!
足をつく。
このスピードで?!
ムリムリ絶対転ぶ!
角を曲がる。
このスピードで?!
ムリムリ絶対転ぶ!
いつしか自転車の速度がゆっくりと感じられ幹線道路と交わる信号の赤色がやけに眩しく焼きつきその脇の点滅が収まりカチリとライトの切り替わり音が聞こえ永遠に続くと思われた黄色は横へとその輝きをゆずり。
「やた! 青!」
これなら!
幹線道路さえ過ぎてしまえば奥はまた住宅街で坂も終わってるから転びさえしなければ自然に止まれるってあれ?なんでまだゆっくり?うるさいなさっきからぷぁーぷぁーキキーッってヘッドライト?!なぜなになんでって左右確認そういえば黄色でもギリギリ突っ込んでくる車がいるから確認してから
ドンっ!
・・・
・・
・
あー。なるほど。車とぶつかるとこっちが飛ぶのかぁ。
よりによってトラックかよ~。
“はねられる” の意味を実感しながら、これで私も異世界行きかぁなどと考えたところで。
かろうじて保っていた意識はとぷんと闇に沈んでぷつりと途切れた。
┌┐~♪︎┌┐~♪︎┌┐~♪︎
ぴっ ぴっ ぴっ。
なんだ、うるさいな。
再び浮上した意識の第一声がこれである。
・・・やけに耳障りな電子音が止まる、いや、ぴーっと続くとヤバいと分かれば、そんな事は思いませんよ、と。誰にでもない言い訳をしたところで看護師さんと目があった。
「先生を呼んできますね」
そう言った彼女が慌てている風でもないので、もう二度と目覚めないほどの怪我じゃないなと自己診断。
ここが異世界でないなら、思い当たる場所は一つ。
市内に一つしかない総合病院だ。
清潔な白い天井もそれを裏付けている。
あ、知らない天井だって言い損ねた。
そこからは、またしてもノンブレーキ。
女医さんがなにやら指示して色々検査されて、眠くなって、起きたら家族に泣かれて、眠くなって、起きたら説教されて、また寝た。
右肩脱臼、右肋骨ひび、全身打撲。
そして一番ヤバかったのは頭蓋骨。
「玉子、もう玉子よ! ゴン! ってぶつけた」
身振り手振りを交えた母の力説───コン! じゃなくてゴン!が重要───によるとクモの巣状。
ガッツリと割れた頭蓋骨は、「俺の責務を全うする!」と叫んだのかは定かではないが、それでも立派に脳を守る役目を果たし、次の者へとつないでいたのだった。
「プレート内蔵かぁ」
グルグル巻きの包帯の下では、今一つ実感がないが、どうやら私も改造人間の仲間入りをしたらしい。
レントゲンでしか分からないだろうが、金属板を頭皮の下に隠し持っているのだ。
「術後の経過は、良いですね。なにか気になる事はありますか?」
朝一の回診、と言うのだろうか?
退院予定日も決まり、毎日お決まりの質問をするなんとなく疲れた顔の女医さんに「ありません」という答えを返しそうになるが、そうはいかない。
「声・・・」
「声?」
「聞こえるんです」
うん。言い方が悪かった。
女医さんが当たり前でしょ? って表情をしている。
「いや、なんていうのかな。そう、そこの壁。その中には人が入っていたり、スピーカーがついてたりしてないですよね?」
また女医さんが当たり前でしょ? って表情をしているが、今回は少し訝しげだ。
「・・・そこから聞こえるのね?」
どうやら言いたい事は伝わったらしい。
ICUから移動した一般病棟の大部屋。
病室と廊下を隔てる壁は薄いし、音響設備も見当たらない。
音なんか絶対に発生しないそこから聞こえるのだ。
いないはずの人の声と・・・。
・・・リクエストされた楽曲が。