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2話 屁のツッパリはいらない男

 失神した俺は気付くと自宅におり、数日現実逃避のための幼児退行経て、明日の晩餐の高級肉を餌に釣られて正気に返ると、人の姿の親父は説明をしてくれた。

 聞き始めからまだどこかぼんやりしていたのでよく覚えていないし、思い返した内容が事実だったとしても全く理解できていない。二人分のコーヒーを淹れた親父は「ついにお前にこのころを話す日が来てしまった」として語り始めた。


「いいか祐志郎、この滝田の家はな、由緒正しい無職の家庭なんだ」


「は?親父、毎朝スーツ着て仕事行ってたじゃん」


「行ってない。パチンコ行ったり、漫画喫茶行ったり、お金のないときは公園で昼寝したりしてた」


「は?」


「お前が生まれてから、母さんと話しあってな、教育上良くないから働いている振りしようって決めたんだ」


「じゃあ、お金は大学とか。かあさん少しパートしてるのは知ってるけど、どうしてたの?この家とか」


 俺のうちは豪邸というほどではないが、無駄に広いし金のかかったような節が多々ある。天井は古い一本木が張りになっていて無駄に洒落ているし、俺はお遊戯室と呼んでいたが無駄に広い運動部屋があってトレーニング器具も充実している。ダイニング机はなんか高そうな木の板の洞のところに細工がしてあるやつだし。


「ご先祖様が残してくれたものと、あと我々を支援してくれる人たちがいるんだ。これは話すと長くなるが、ニートや無職が穀潰しといわれて後ろ指刺されるどころか、撃ち殺されても文句言えない時代に、苦労して苦労して必死に働かないでこの家を守ってきてくれた賜物なんだぞ。まあ言えることだけいうと、例えばこの天井の梁は竜の骨だ」


 そんな家のやつはみんな殺した方がいい。あ、俺、死んだ方がいい気がしてきた。世間様に申し訳が立たないから、って今、竜の骨って言ったか?


「え、なに、竜の骨って言った?」


「ああ、この机もだ。父さんもお前も竜族の血脈を身に宿し続けている示しとして、こういった祖先である竜の遺物をずっと引き継いできてるんだな………」


 そういうと親父は木の板、もとい竜の骨をしみじみと顔で撫でている。気でも狂ったのか。


「?????……????………????????」


「祖先を竜とすると言ったが、ご先祖様が神代が終わりに際して、神話の世界にいくか、人の理に沿って生きるかの選択を迫られたときから話は始まる」


 まったく理解できていないが、本題とばかりに神妙な顔で親父が語り始めたので、とりあえず頷く。ちなみに理解は全くできていない。


「結論から言うと、『世は新たになりけれど、生まれ来る子らには実の世に変わりなし、大いに生きるべし』との始祖様の命に従い、竜の一族の大半は人の理沿って生きることにした。始祖様というのは最初の竜で、一番最初のご先祖様で一番偉く強かった竜だ。そして、人の理に沿うということはつまりそれは人間にならなければならないということだ。そのときに、始祖様もうひとつ命を付け加えらえた、『竜か人かは命の置き所違いのみなれど、一切の形を失うも面白くなし、一族に竜の理を継ぐものをもうけ残り火とせん、世がまた新たなるとき必ずや竜と人の助けになるであろう』というものだ、祐志郎、これがどういうことか分かるか」


 分からない、俺はもうわからなくて泣きそうだった。落ち着くためにコーヒーを飲むために手に取るが、手が震えて両手で持ち直す。


「竜とは自然そのもの、自然とは泰然自若としてただそこにあり、在り様を変えることはなく、見え方が変わるのみ。人の本質とは役目を得、それを果たす事、すなわち職を持つこと、そう、つまり我々竜の一族は働かぬことで、竜の本質を継承してきたのだよ」


なんだか、意味が分からなくやけくそな気持ちになってきた俺はある質問を飛ばした。


「じゃあ、俺も竜に返信できるってこと?」


「できる」


 できるだって、へー。俺すごくね。俺、竜になれるんだって。どらごん、がおー。

なるほどなるほどー


「うんち………うんちうんちうんちうんち!!!うんちーーーー!!!!!」


 俺は幼児退行すると、親父は呆れたような顔をしながら言った。


「まあ、ともかく明日一度竜になってみなさい、そうすれば分かるから」


「……うんち」


 馬鹿じゃねぇの、竜になればわかるんだって。はいはいうんちうんち。俺が何を考えようと木こりがパンツを食べて空を渡るような訳の分からないことを熱弁するおっさんには、リアクションは時間の無駄なんだ。


 今度はキャンプの用意をして再びあの場所へ向かった。

 前回と打って変わって陽気な両親であったが、俺だけは違う、突然住んでいるところが火星になってしまったようなものだ。所在がない。リアリティがない。


 俺ってば今人生で一番ヒロイックなんじゃない?

 とってもアナーキーな気分だぜ。

 話しかけられても気のない返事をするぜ。俺はいまキレてるしな、許さねえぜ。FACK!!


 お袋が車内で飴玉をくれようとしたがそれもお断りした。

 やさぐれた俺を気を使いつつ親父は手早くBBQの用意を整えている。俺は準備している間、アリの巣にポテチあげてた。高い肉を焼いて酒飲ませたくらいで俺の荒んだブレイクハートがメディックされるわけない。わけないもん。


 焼かれていく高級肉、滴り落ちる肉汁、立ち上る香り、あ、高い焼肉のたれじゃん、あ、岩塩ね、うーん、うまいっちゃあうまい。

 何食っても砂のよう、なんてことは微塵もなかった。


「美味いっす美味いっす!」


「そうかそうかどんどん食え」


「美味いっす美味いっす!」


「お父さん奮発してよかったわねー」


 日も高いうちから飲み始めて、日差しの作る陽炎が酔いを加速させる。

 なれる! 俺ドラゴンになれる! このまま行っちゃお、このまま行っちゃおう!


「よーし、いっちょやってみますか!」


「おし、じゃあ服脱げ!」


 しかし両親に見守られながら服を脱ぐというのはどうだ、泣きたくなってくる。俺は泣きたくなってくるんだぜ! 

 チノパンを投げ捨てたところで親父が寄ってきて耳元で何かを呟き始めた。


「(ごにょごにょごにょごにょ)」


 何を言っているのか聞き取れなかったが、途端に身体が火照り始める。夏の日差しでとか酔いとかでなく、身体の内側から火を焚き付けられているように瞬時に耐えがたいものに変わった。


「なんだこれっってなんだこれ熱ッアッツう!!」


 立っていられなくなり、膝から崩れ落ちてその場で身悶える。血が沸騰する、電子レンジに掛けられているのかと錯覚する。何かが細かく千切れる音がする。


「ッ助けて熱ッいオヤジィああつ」


 助けを求めようと親父の姿を首を捩って探すと親父はお袋と小走りに退避していくのが見えた。


「なああああああぁぁあああぁんもおおおぉおおぉおおおおおおお!!!!」


 プツっと何かが弾ける音がして、視界が真っ白になった。

 

(あ、これ俺が光ってんだな)


 極度の苦痛から解放されて一秒満たないであろうその瞬間を俺は知覚していた。するとすぐさま雷に打たれたような衝撃、電気ショック、声を出す間もない。すぅっと意識が遠のいた。遠雷のような音が聞こえる。




―――




(おい、おい大丈夫か……祐志郎……)


 あ、親父の声だ。


 今、息を吹き返したかのようにパチリと目を開けた。咳き込む。呼吸も止まっていたんじゃなかろうか。親父が俺の顔を覗き込んでいる。


 ひどい目にあった。


 でも、どれどれ俺はどんな竜に変身したのだろう。クリスマスの朝に似た期待感が先ほどの苦痛よりも優先された。横たえた身を起こしてみる。視界が低い。おかしい。しゃがんでいる親父の顔が目の前にある。これ以上首は伸びない。近くでお袋も俺を見下ろしている。


(え、おれ変身出来なかったの?)


 視線を落としてみると俺は半裸で、人間の手足で、パンツの柄も変わっていなかった。


 えー。


 あんな痛い思いしてまじかよ、え、ほんとに?

 何故だかすごくショックだ。


「どゆこと?」


「……祐志郎、お前隠れて就職とかしてないよな」


「してない」


「バイトは?」


「してない」


 こんな寒い話はない。

 パンツ一丁で放心状態になる俺、それを残念そうに見つめる父、訳もなく慌てている母親。


「大丈夫よ!祐ちゃん! もうちょっとだった! もうちょっとだったよ!」


 お袋、よしてくれ。


 そういえばさっきからケツがもごもごするんだ、苦痛のあまり脱糞してしまったかも知れない。こんな状況が隠しようもない。一体何だこれは、泣けてくる……。

 理由を模索するように屈み込んで目の前から動かない親父がいたが、俺はある可能性に賭けて自分の尻をまさぐった。


(もしかしたら勘違いかもしれない)


 希望的な観測に縋った愚行、ダウトの場合真っ茶色に染まった手が白昼に晒される、えんがちょ大パニック、末代までの恥、しかし俺の手を待ち受けていたのはそれではなかった。


(ゴム?)


 何かが生えている?

 前のが回り込んでいるわけではない、そんなにデカくはない。それに二つ生えている。

 ケツの割れ目の両横から二つ。平たい?


(もしかして内臓?)

(……イボ?)

(ケツが二つに割れている?)


 津波のような?マークの前に思考能力は根こそぎ奪い去られて、おもむろに後ろのパンツのゴムを伸ばし、尻を親父に見せた。

 唐突に蘇る過去の光景、デジャビュ。まだ毛の生えそろっていなかった頃。


「(おとーさーん、ぼくのね、大人の毛のね、いつね、生えるのかなー?)」


 数秒尻を出しているのも忘れて想いでに浸ってしまった。

 親父は俺の尻をまじまじと見つめながら、


「……副翼?」


 と呟いた。


「動かせるか?」


 依然、真剣な顔で俺の尻を見つめながら親父が言った。


(フクヨク? 動かす? これをか?)


 何かが出ないように慎重に慎重に、尻の突起物を意識して徐々に力を込めてみる。


 ブブブブブブブブ……。


 尻のそれは激しい蠕動を始めたかと思うと、身体がケツに吊られるように浮き始めた。


「もういい、分かった! やめろ!!」


 親父が静止しようとしたが、俺も驚いてしまって無意識に尻に力が入ってしまった。

 先ほどより勢いよく浮かび上がる。

 7、8mほどだろうか、三階くらいの高さで上昇はひとまず止まる。


「わーすごい! 祐ちゃん飛んだぁ!」


 お袋が嬉しそうな顔をして叫んでいる。これは飛んでいるというのだろうか、腹を引っ掛けられて釣り上げられた魚の心持ちだ。

 親父はなんとも言えない顔で俺を見上げている。

 なんとか上体と足を使って、バランス取るよう試みる。


(足はがに股、手は前に伸ばして、顔も上げた方が安定するな)


 姿勢を安定させてから意識すると容易く前に進んだ。この格好、往年の大ヒーロー、屁のツッパリはイランですよの人にそっくりだ。俺は遠くに行かないように、二人の頭の上を旋回した。

 おふくろはすごいすごーいと無邪気にはしゃいでいる。

 親父は何も言わずに煙草を吹かし始めた。

 俺は金玉袋の裏がそよそよした。


 こうして俺は少しだけ竜になったのだった。(?)

キン肉マンは好きです。


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