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テンペスト  作者: 汪海妹
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1 鳩みたいな人気












   1 鳩みたいな人気












   












   中條太一












   

 僕は四日市で生まれた。そして小学校2年生の時に父の仕事の都合で香港へ移りました。中学2年生の終わりまで香港で過ごした後に日本に戻ってきた。東京で中学に通いそのまま高校へ進学した。香港でインターに通っていた姉は僕とは違って優秀な人で、僕が日本へ戻るのと時を同じくしてアメリカの大学に入学した。今は1人でアメリカに住んでいる。


 父は香港の次にミャンマーに駐在することになった。ミャンマーが香港と比べて住みづらい環境だったのと、僕を1人で置いておくわけにはいかないのもあって、母は僕と一緒に一旦日本に戻りました。そして、僕が高校を卒業して東京で大学に進学をするのと時を同じくしてミャンマーから次の赴任地であるベトナムへと移った父の元へと帰ることになりました。


 僕は大学生になって生まれて初めて一人暮らしをすることになった。それまで2人で過ごしていた時に使っていた家電や家具を一人暮らしには不要なものを中心に処分して、僕の部屋を決めてその家に運ぶ。引っ越しの時には父も仕事の合間をぬって日本に来てくれた。引っ越しが無事終わって父と共にベトナムへ戻る前に母は僕の心配をした。

 僕は空港へ見送りに来ていた。搭乗手続きを済ませた後に、まだ少し時間の余裕があって、親子3人で軽くお茶をしていた。


「太一、お母さんそばにいなくても大丈夫?」


 母は片手を自分の頬に当てて、眉を顰めて何度もそう言った。もう帰ることは決まってるのに、部屋まで決めておいて、それでもぎりぎりまでそんなことを言った。


「なつ、太一ももう大学生なるんだし、いつまでもベタベタとそばにいたら返ってダメになる」

「そう?」

「全然大丈夫だ。全く問題ない」

「そう?」


 父の言葉にそれでも眉を顰める母。


「な、太一?」

「……」

「おい、ここはうんというところだろ?」

「うん」


 母はため息をついた。


「太一、お米を洗うというけれど」

「……うん」


 なぜか唐突に米の話を始める母。


「洗剤を入れて洗うんじゃないわよ」

「……」


 いや、流石にそこまでバカではない。


「キャベツとレタスの違い、わかる?」

「ええっと……」

「そんなんわかんなくたって生活はできるよ」


 いや、うまく言葉で説明できなかっただけで、そのくらい分かります。お父さん。


「じゃあね。なんかあったらすぐ電話するのよ」


 空港まで見送った。2人が仲良く出国ゲートに入ってく背中を見た。ギリギリまで母は僕の心配をしていた。そして、僕は結構寂しかった。本当ならせいせいしたとか思うところなのかな?でも、母の心配そうな顔を見ていると寂しかったです。

 社会に出たわけじゃなかったけど、親と離れて初めて1人で暮らす。大人になった気がした。

 

 将来、また、お父さんやお母さんと暮らすことがあるだろうか?

 もっと2人が歳を取って、僕が結婚して子供がいて、そんな遠い日に。

 わからないけれど、でも、それは今までとはやっぱり違うだろう。

 僕はその時は子供として、庇護される対象として親と暮らすわけではないのだから。


 何と離れるのが寂しいのか、母と離れるの?でも、それともちょっと違った。自分の子供時代が完全に終わりを告げた気がした。そのことに感傷的になってたのだと思う。


 そして、僕は大学生になりました。


 部屋は大学の近くに借りていた。徒歩で行ける場所に。高校生とは違う大学生の世界に足を踏み入れた。大学には何人か高校の頃の同級生がいたけれど、同じ学部ではなかった。全く新しい人たちの間で新しい生活が始まった。


 感傷的になっていた僕の心は弾みました。

 これからずっとやりたかった建築の勉強ができる。授業の内容は僕のような人には難しかったけど、でも、全部が僕の夢のために必要な知識だと思って、頑張って勉強した。しばらくは学校生活に慣れるのに必死で過ごした。

 

 そんなある時、高校の同級生、将大まさひろから連絡が入った。


「太一、元気してる?」

「うん」

「今度ね、同じ高校の奴らでさ、近くにいる同士で集まろうって話があって、お前も来いよ」


 当日、指定されたお店に行くと、たった数ヶ月で見違えるようになったみんながいた。十数人の男女が集まって、端っこで賑やかに騒いでる。


「もう、遅い〜。中條君」

「ごめんごめん」

「みんなで噂してたんだけど、太一は絶対変わってないなって」

「え、そう?」

「うん、全然変わってない」


 みんなが笑った。


「だめだめ。太一君が変わっちゃったら、なんかやだ」


 そう言ってくれた女の子がいた。菜都美なつみちゃんだった。それに他の女子も同調する。


「そうそう。なんかやだ」

「まただ。いっつも女子に守られてんな」

「人気があるんだよ」


 将大に向かってとある女子が言い返す。

 苦笑いしながらみんなの話を聞く。確かに僕は人気があります。でも、それってなんかね、なんか……。例えていうなら、平和の象徴、鳩みたいな人気なんだよ。本人としては微妙です。


「突っ立ってないで、座れよ」

「ああ」


 そう言った将大の横に行こうとしたら、


「だめだめ、こっちこっち」

「……」


そう言って横を指定してきた子がいて、ちょっと躊躇した後でその指定されたところに座った。席を指定してきた子の反対側にはさっき太一君が変わっちゃったらやだと言ってくれた菜都美ちゃんがいた。


「なっちゃん、久しぶり」

「久しぶりだね」


 隣の椅子を引いて座りながらそう言うと、なっちゃんはにっこりした。

 この子、うちのお母さんと漢字違いで名前が同じなんです。そのせいもあって高校の頃からちょっと親近感があった。それから久しぶりにあったみんなの近況を聞く。楽しかった。


「なんだ。太一、お前、バイトしてないの?」

「それどころじゃなくって」

「勉強、そんなに大変なの?バイトできないくらい?」


 なっちゃんに心配されてしまった。


「週に2、3回ならできるかなぁ?でも、バイトしたことないし、なんか不安っていうか」

「何言ってんだよ。情けないな」

「でも、なんか知らない人ばっかりのところもさ」

「わたしのバイトしてるとこ、今、募集しているよ」


 なっちゃんがニコニコしてる。


「なっちゃんどこでバイトしてんの?」

「うちの近くのファミレスでホールしてる。あ、でも、募集してるのはキッチンだけど」

「ファミレスってどこの?」


 自分のアパートの近くだった。


「なっちゃんちってうちの近所だったんだ」


 知らなかった。彼女は実家だったはず。


「紹介してあげる?」

「そんなに面倒みるのやめなよ。戸田ちゃん。太一がバイト先でなんか失敗したらどうするの?」

「……」


 反論できません。生まれてから今まで、様々なドジをしては周りに助けられて生きてきた。


「もう、なんで将大は人の親切にちゃちゃを入れるんだよ」


 横からまた別の女子が言う。確かに僕はいつも女の子に守られるんだよな。賑やかだった。高校の頃に戻ったみたい。受験も終わってみんなで過ごすのは楽しかったです。時間が経つのを忘れた。いつの間にか終電に近い時間になっていた。


「太一、お前、ちゃんと送っていけよ」


 将大になっちゃんを託された。2人で並んで電車に乗る。座ることができなくて、並んで立って、窓ガラスに映る自分達を眺めた。さっきまでペラペラ話してたなっちゃんはちょっと黙った。疲れたのかなと思って自分も合わせて黙った。黙って吊革にぶら下がっていた。


「ね、太一君ってさ」

「ん?」


 黙っていたなっちゃんが不意に口を開いた。


「椎名さんと今も付き合ってるの?遠恋中?」

「……」


 ちょっとぽかんとした。唐突にそんなこと聞かれたから。


「ごめん。聞いちゃいけなかった?」

「あ、いや、別にびっくりしただけ」


 ほんというと、里桜りおちゃんのこと、すっかり忘れてた。


「高校卒業するときに別れたよ。それっきり連絡も取ってない」

「そう、なんだ……」


 元気にしてるかな?こっちから連絡したら、怒るだろうか?分からない。もう少し時間が経ってからの方がいい気がした。


「じゃ、今、付き合ってる人とかいるの?」


 里桜ちゃんのことを思い出しながらぼんやりしていたら、なんか変なこと聞かれた気がした。聞き間違いだろうか。


「いるわけないじゃん」

「あ、ごめん。まだ、引きずってたか」

「いや、そうじゃなくて、僕なんかと付き合いたいって女の子、滅多にいないって」

「……」


 言ってから、ちょっと力説しすぎたと思った。


「あ、ごめん。怒ってるとかじゃないから、気にしないで」

「あ、うん……」


 ちょっと変な顔をされてしまった。


「でも、椎名さんは太一君と付き合いたかったわけでしょ?」

「あれは……」


 付き合ったと言っていいんでしょうか……。


「ま、とにかく60年に一度流星群が降るような珍しい出来事だったんだよ」

「60年って……」


 なっちゃんは一度目を丸くした後に、くすくすと笑い出した。


「60年……」

「60年は流石に言い過ぎだったかも」


 まだ笑ってる。彼女が笑っているうちに電車が僕たちの駅に着いた。連れ立ってホームに降りる。改札を出た後で彼女の家の近くまでちゃんと送りました。将大に言われていたので。別れ際になっちゃんは言った。


「ね、ほんとにうちでバイトする?」

「あ……」

「面接だけでも、受けてみる?」

「うん」

「じゃ、連絡するね」


 彼女はそういうと、バイバイと手を振ってからマンションの入り口の方へ消えていった。

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